六芒星会議(3)
奇声を上げながら、口から泡を噴かしながら、菊子の形相はますます変化していく。
中に入っているモノが、まさに表面化してきている証だ。
その形相は、もはや菊子のものではない。
「れ……礼一郎……」
呟いたのは道だ。
親子なのだから、似ていて当然ではある。
しかし、明確に別人の顔。
女ではなく男の顔になっていく。
それこそ、骨格まで変わった。
「おげええええ!」
「う、うわ!」
「離すな! 悪魔のいつもの手だ!」
泡を噴いていた口から、今度は嘔吐。
左右から抱えていた理人が腕を外しそうになるのを、慌てて草真が制す。
悪魔は自由になるために、嘔吐や脱糞、失禁も辞さない。
人としての尊厳など持ち合わせていないからだ。
いくらでも憑依している人間を貶める。
憑り殺すつもりなのだから当たり前だ。
「うがぁああぁ! 離せぇ! クズ人間どもが! こんなクズ女を、助けようとするなぁーーー!」
「うるさい! お前にとってどんなに憎い相手だとしても! 死んだあとまで呪うなんて――」
「うるさい! 引き離せるものなら引き離してくれよ! 僕はもうこの女から自由になりたいんだよおおおお!」
そう叫び、涙を流しながらさらに暴れ始める。
ボディーガードたちも抑え込むのに参戦して、六人がかりで一人のか細い女が暴れるのを引き止めようとする絵面。
礼一郎は、菊子と道の第一子。
なぜ彼がここまで叫び、暴れるのか。
その場の全員、彼の悲痛な叫びに眉を寄せながらお経を読み上げ続けた。
伝わってくるのだ、霊力を通して。
悪魔の言葉など普段誰も耳を傾けることなどない。
しかし、この悪魔は普通の悪魔とは明確に違っていた。
この悪魔は、菊子の悪意を吸い上げて悪魔になったのだ。
礼一郎は菊子の言う通りに結界の外に追放され、そこで亡くなる。
葬儀を家の中で、身内だけで執り行うも魂を菊子の中に取り込まれた。
それはもはや、妄執。
夫に裏切られて捨てられた女にとって、息子は心の拠り所。
自分から逃れることを絶対に許せなかった。
死してなお、礼一郎は母に取り込まれてその負の気を徹底的に吸収させられる。
菊子の生まれながらの祈祷師としての能力が、別のモノへ負の気を流し込むもの。
正しく使われれば、害のない人形なり壺なりに負の気を溜めてお焚き上げなどをして浄化ができる。
稀有で、有能な能力であった。
だが、その能力を悪質な方に発揮する。
よりにもよって、負の気を注ぐ相手を“人間”にした。
自分の負の気を取り込んだ息子の魂に注ぎ続けて、ついに悪魔にしてしまったのだ。
その悪魔が負の気を菊子へと返し、さらに負の気が悪魔へと流れ込む。
最悪の永久機関が完成してしまった。
だが、礼一郎の側からすれば死後まで母親に拘束されて、悪魔になるまで負の気を注がれて。
なぜ、そこまでのことをされねばならないのか。
悪魔になれば母に復讐ができると母の気を吸い上げても、悪意が注がれて人として転生することがどんどん叶わない状況になる。
望んで悪魔になったわけではなく、人間の人格と理性が残ったまま悪魔に変質していく自分を客観的に眺める地獄。
実にあべこべな状況。
だがそれは、菊子自身が|生きながらに化け物になっている《・・・・・・・・・・・・・・・》からに他ならない。
呪いを生み出し続け、生きながらに人ではなくなったモノ。
呪い屋の末路と言われているが、まさか千頭山家の当主がそれになるなんて誰が思うだろうか。
生きたまま人間をやめた者は祓うことができない。
死後は妖怪にならず、悪魔になる。
それまで――生きたまま化け物のまま、社会に溶け込んで生きなければならないが、こうして結局は犯罪にまで手を染めるのだから黙ってはおけない。
「君のことは可哀想だと思う。だが、それで姪を命の危険に晒していいわけではないだろう!?」
「知らねぇよ! それはこのババアがやったことだ! こんなババア、さっさと死んで悪魔になっちまえ! そして、祓われろ! 俺を自由にしろ! このクソババアアァ!」
じたばたと暴れ続ける悪魔の、心からの叫び。
生きていた頃から母に束縛されて、死後も悪魔になるほど悪意を注がれ続ける。
同情を禁じ得ない。
ここまで悪魔を哀れだと思う事案は初めてだ。
悪魔になる者は、基本的に自業自得。
礼一郎の事案はレアケース。
彼を自由にするには、彼自身を祓わなければならない。
祓えば彼は消える。
魂のかけらだけ残して。
そこから再び人間として転生できるまでに、数百年はかかる。
親から逃走できなかったというだけで、なぜ彼がそこまでの咎を受けねばならないのか。
そう思うが、悪魔になってしまったのだから仕方ない。
そして、菊子。
彼女はすでに人間をやめている。
死後、悪魔として爆誕することが決まっている彼女は生きているうちから結界の中で過ごさねばなるまい。
ここから人間に戻ることはないのだ。
この、彼らの目の前にいる存在は――。
「礼一郎、君を祓う。せめて、俺の手で……」
「元はと言えばお前がこのババアを捨てて逃げたからだろう! なんで俺が消えなきゃいけないんだ! 恨む……恨む恨む恨む恨む恨む恨む! 絶対に許さねぇ!」
「……ああ、それでもいい」
道が俯きながら何度も頷く。
涙を滲ませながら、手を合わせて悪魔祓いの儀式が始まる。
逃げ場もなく、礼一郎は消滅。
悪魔を抜かれた菊子は力なく抱えられ、そのまま別室へと連れて行かれる。
彼女はすでに人間ではない。
この先、結界の中に監禁され一生出ることは叶わない。
千頭山がどうなるのかは、それこそこれから話し合いだ。




