六芒星会議(2)
立ち上がる菊子。
荷物を持ち上げて「帰らせていただくわ」と言い出すが扉の前には他の五家の護衛が立つ。
菊子が連れてきた使用人は、困惑。
人数的に不利。
顔を見合わせて、どうするべきなのかを菊子に意見を仰ごうとするが、菊子はガタガタと震えて明確に様子がおかしい。
「まさか、その言い分が通ると本気で思っておられたのですか? “中身”がそれだけ表面化しているのではないですか?」
「お名前は言えますか?」
理人と、悪魔祓い師の宇治家草真が立ち上がり、菊子に左右から近づく。
『六芒星』の家の中でもっとも力を持って安倍家の当主と、悪魔祓いの専門家。
繰り返し、名前を告げるように要求する。
悪魔は名前を隠す。
菊子の中の悪魔が、内面から溢れ出している。
だから理性的な判断ができなくなっているのだ。
理性的な判断ができたなら、まだ“家の中”で抑えるだろう。
もうそれができなくなっている。
そこに考えが至らないほど、判断力が鈍っているのだから。
「言えないのですか? ご自分の名前を」
「言ってください? 言えるのなら。言えないのでしたら跪いて手を合わせてください」
「フ、フーーーッ、フーーーッ……う、うるさいわね! もう不愉快だわ! 帰らせてもらいます!」
「来たばかりですよ。それに、どうして名前を言うだけのことができないのですか?」
一歩、また一歩と近づいてくる理人と草真に、ギリギリと睨みつける菊子。
いや、菊子の体をしている“なにか”。
途端に菊子の中のそれが焦り始めたのか、顔を歪める。
この会場の人間は誰しも彼女が彼女の中のモノが悪魔だと気づいていだ。
当然だ、この場の全員、そういう仕事をしている。
しかし悪魔に理性まで侵食されている身でよく逃げずにここまで出てきたものだ。
そこは菊子のプライドの高さが影響したのかもしれない。
どんなに理性まで侵食されていようとも、元来の強い虚栄心までは抑え込めなかったのだろう。
逃げも隠れもしない、と。
しかし、ここに来てさらに表面化してきている。
「名前は言えますか?」
「名前を言えないのであれば、しっかりと“治療”を受けていただきたい」
「どきなさい! 結構よ! ううう……ヴヴヴヴヴヴ……うるさい! うるさぁい!」
唸り声のようなモノが漏れ始めた。
大離神家、善岩寺家の代表がお経を読み始めたからだろう。
数珠を擦り、その音もまた追い討ちとなる。
テーブルを両手で殴り、音とお経を妨害する菊子の形相は、もう元の彼女とはかけ離れ始めていた。
「やめろ! うるさい! わたくしは、これでいいのよぉ! この子はわたくしのモノ! うるさいうるさい黙れぇ! 読むのをやめろぉ!」
「名前を言えますか?」
「言えるわよぉ! わたくしはぁ……きくこ、きくこごおぉ! ほらもういいでしょう……!」
「苗字と名前を両方を言ってください」
「うるさいっつってんだろおおお!」
ドン、ドン、ドン、と両手でテーブルを殴り続ける。
このままでは菊子の体が怪我してしまう、と理人と草真はアイコンタクトして頷き合い、左右から腕を掴む。
拘束されて驚いたのか、慌てたのか、菊子が手足をじたばたとさせて暴れ始めた。
「やめろ! 離せ! これはわたくしのモノ! 離さないわよ!」
「違いますよ。あなたの中のそれはあなたのものではないです。いい加減、その子を解放してください」
「菊子」
ゆっくり立ち上がったのは千頭山道。
菊子を早々に見放して逃げ出した男。
しかし、だからこそと言わんばかりに駆け寄る。
「すまない。俺が逃げたせいだな」
「そうですよ」
「そうだな、本当にすまない。……菊子。もう、やめなさい。礼一郎も、そんな姿のままではいつまでも自由になれない」
「当たり前よ! この子は、礼一郎は永遠にわたくしのモノだもの! だからお前たちはわたくしに触る権利なんてないのよ! ああもううるさい! 黙りなさいよ! わたくしはこの子とずっと一緒にいるのよ! お前はもういらないの! わたくしから逃げたくせに今更声わけてくるんじゃないわ、裏切り者が!」
逃げた、裏切り者……と言うのは道に対してだ。
確かに妻を捨てて、愛人と事実婚状態になり家庭を築いた道は裏切り者以外の何者でもない。
そして――
「れいいちろう……? どなたですか?」
「礼一郎は――俺と菊子の、長男です」
突然出てきた名前に困惑するその場の者たち。
この場には来ていない、千頭山家の次期当主予定は千頭山礼次郎。
名前は似ているが、別人。
礼一郎は結界の外に派遣され、定住した――と言われている。
当然ながら、誰もその話を信じていない。
最悪、亡くなっているだろう――と。
「そうよ、礼一郎はわたくしのモノ。永遠にわたくしの一番近くにいるのよ。だってわたくしが産んだんだもの! わたくしのモノよ! 礼一郎も、礼次郎も、二人ともわたくしのもの! あははははは!」
「――――――」
「ぐ、う、ぐうう! うるさい! うるさぁぁい! 読むな! うるさい!」
お経を読む人数が増えていく。
叫び、悶絶する菊子は大声で叫びながらさらに暴れる。
菊子の体から立ち上る、黒い靄。
「わたくしのモノ! 礼一郎も礼次郎も、どっちもわたくしのモノ! 逃がさないわよ! あああがぁぁ! うるさいい! うるさい! ぎいいいい!」
「本格的に出てきたな」




