日和と千頭山家の当主(2)
ボディーガードたちが小声で「日和様」と制止してくる。
いい判断だ。
日和の性格をよく理解している。
いや、安部家や大離神家の人間のことをよくわかっている。
惚れた女を蔑ろにされた時、沸点が非常に低いのを知っているからだろう。
立ち上がりかけて、腰を下ろす。
「そんな理由が通用するとおもっているのですか?」
「我が家の教育方針です」
ぴしゃりと言い放つ菊子。
ジッと睨みつける日和。
数年前、千頭山家から安部家に嫁いだ女性がいた。
理人の妻、春月。
彼女も実家では相当な扱いを受けていたと聞いている。
春月が理人によって安部家に連れてこられた時から『六芒星』の家々に『千頭山菊子はおかしいのではないか』と囁かれていた。
そしてその頃から、菊子は表舞台に出てこなくなったのだ。
「これ以上は他家への干渉と見做します。お父様には正式に文書で抗議させていただきますわね」
「では、あの男はこちらで警察に引き渡してもいいのですね?」
「勝手になさればいいわ。我が家には関係のないことです」
またもきっぱりと言い切る。
切り捨てられた犯人もこうなることは承知の上だと思っていたが、だいぶ横暴だ。
「誘拐を指示したと認めた上で、関係ないことだとおっしゃるのですね?」
「ええ。本当に実行したのは男の判断でしょう? それになにより、子どもということは我が家と関係のない子どもを誘拐したのではない? もし千頭山真宵と名乗っている小娘だったとしても、我が家ではあの娘を我が家の一員として認めてはいません。まあ、今回の不審者を装った男を撃退できたのでしたら、我が家の一員として認めてもいいですが」
空気が、停止した。
なんという身勝手な言い分だろうか。
男を雇って、真宵を誘拐させること自体は認めるが、それは『千頭山家の人間として認めるための試験であり躾であった』と言い張る。
そして『もしも雇った男が真宵以外を拐かしたのならそれは男の責任で当家は関係ない」と。
(そんな理屈が罷り通るわけがない)
そう、普通ならば罷り通るわけがないのだ。
しかし、相手は千頭山家。
『六芒星』の家の頂点。
もちろん、安倍家と大離神家が糾弾すればひとたまりもないだろう。
しかし、誘拐を企てた不審者を捕らえただけでは千頭山家を糾弾できない。
それは日和の父にも事前に言われている。
『いくつかの理由を話された場合、当家でも千頭山家を糾弾することはできない』
そう言われており、菊子の回答はそれに該当するものだった。
眉を寄せたまま、ただ睨みつける。
日和もまだ子ども。
詰め方が甘かった。
仕方ない。
父にも『たとえ追求に失敗したとしても、勉強だと思って退きなさい』と言い含められている。
だから今回は、日和の負け。
(対人は苦手だと自覚してはいるけれど……)
こうも横暴が罷り通るモノなのか。
真宵が怯えているモノ。
彼女が安心して過ごすには、絶対的に障害となるモノ。
一度溜息を吐き出して、会釈する。
「ご説明ありがとうございます。もう十分です」
「わかっていただけたならいいのよ」
手のひらを返したように微笑む菊子。
そのあまりの気持ちの悪い笑みに、吐き気がした。
拳で僅かに下がり、頭を下げて立ち上がる。
襖が使用人により開き、ボディガードたちとともに廊下に出た。
「ああ、そうだ。大離神の坊ちゃん」
「なんでしょうか?」
「もしも日和坊ちゃんが世話してくださるというのでしたら、真宵を大離神家にいずれ嫁として嫁がせることも吝かではございません。頭の片隅にでも留めておいてくださいな。日和坊ちゃんが世話してくださるというのなら、アレを千頭山家の娘として扱ってもよいと思っておりますから」
「っ……」
いずれ彼女を妻に、と思っていた身としては渡りに船と思われる申し出。
しかし、怯える彼女の表情。
姉の強い制止の言葉。
父からも『よいと思ったお嬢さんがいるのはいいことだが、菊子様の甘言に乗せられてはいけないよ』と言われている。
ここで話に飛びつけば、なにか――自分にとっても彼女にとっても悪いことが起こるだろう。
周りがそれほどまでに止めるのだから。
「魅力的な申し出ですが……若輩の身でそのようなことを一人で決めることはできません。父にもそういう話は、一度親に相談せよと強く言い含められております。もしも積極的にお話を進めたいとおっしゃるのでしたら、大離神家の方にお問い合わせください」
「あらそう? まあ、まだ小学生ですものね。お見送りできませんが、どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」
先程までと同じ人間とは思えない楽しげな笑み。
襖が閉じられるまで笑顔で日和たちに手を振っていた。
屋敷の女主人として、客を見送ることもないとは。
「お気をつけてお帰りくださいませ」
「お邪魔しました」
頭を下げて、玄関門を出る。
息を吐き出すと、ボディガードの一人が本家に終了の電話を入れていた。
「自分はまだまだということか」
「初めてにしては十分でございましょう。それに……」
「お館様にご報告いたしましょう」
「そうだな」
噂――千頭山菊子は悪魔に取り憑かれている。
その噂が、真実だったこと。
『六芒星』の家の一つの当主に悪魔が取り憑いている
なんて、絶対に放置できない。




