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4.もしかしたら誤解だったのかもしれない

 甘く蕩けるような視線を受けながら飲む紅茶は、香り豊かで美味しいはずなのに、なかなか味がわからないもの。

 リアがそんな感想を覚えながらちらりと前を見ると、やはり嬉しそうにしているレオナルドの姿が視界に入った。


 ――なんだか、調子が狂うわ……


 テーブルにカップを置き、さっそく本題に入ろうとする。カチャ、と音を立ててしまい肩がひくりと震えてしまう。

 その直後、レオナルドが口を開いた。


「リア。君のために東方から取り寄せたお茶だ。後味がそんなに強くない、さっぱりしたものが好きだと思ったのだが、どうだろう?」


 所作を注意されると思って身構えたリアだが、どうやら違ったようだ。

 家庭教師からは常になるべく音を立てないようにしろ、と教わっていたが、レオナルド的にはこれは音がしていない範囲に入るのだろう。

 ホッと一息ついたものの、すぐに疑問が浮かんだ。


 ――どうして旦那様は、私のお茶の好みを知ってるのかしら……?


 リアが体調を崩すまで、そして結婚をするまで、レオナルドと自分たちの趣味について話したことはない。

 というよりも、そもそもレオナルドとあまり話したことがない。

 もしかしたら結婚を取り決めるまでの間に、リアの父から聞いたのだろうか。

 ただ、それだと少し疑問が残る。

 実はリアは、両親にお茶の好みを誤魔化して伝えているのだ。


「君の家ではもう少し味の強いお茶が出ていたと記憶しているが……こちらも気に入ってくれると嬉しいな」

「い、いえ……とても美味しいです……」


 レオナルドの言葉に、リアの頬が少し赤くなった。

 もともとリアの家ではどちらかというと味が濃くクセが強めのお茶を好んでいた。

 父親やリア以外の家族はとくにそれを好むことから、家にはそのお茶の在庫しかない。だが、彼女はあまりこのお茶が好きではなかった。

 もちろん、それ以外のお茶を買うことはできたものの、わざわざそうする勇気もなく、出されたものを美味しそうに飲むのが日課だった。


「私、こういったさっぱりしたお茶が好きなんです」

「ふむ、ならよかった。実は君の家のお茶は個人的には合わなかったから、君がこれを嫌ったらどうしようかと思っていた」


 肩をすくめてそう話すレオナルドを見て、リアは少し笑ってしまった。

 ここまであけすけに話す人は、そういないだろう。


「それでは、おのおの別のお茶を飲んだらいかがでしょう?」


 リアが言えなかっただけで、家族で別のお茶を飲む、というのは貴族の中ではそう珍しいことではない。

 しかしリアの言葉を聞くなり、レオナルドは軽く口を尖らせた。


「……君と同じ一緒にいるなら、君と同じ味を楽しみたいじゃないか」

「――っ!」


 なんだかレオナルドが子供のように振る舞うものだから、驚きのあまり目を見開き、そしてときめいてしまう。

 これまで聞いていた噂と、差がかなり大きいからだろうか。

 心臓が早鐘を打っている。これ以上レオナルドと話していたら、勉強で培ったリアの振る舞いにボロが出そうだった。

 そろそろ本題に入ろう。そしてはやく書斎から出よう。

 火照る顔をかすかに俯かせつつ、リアは少し早口で話し始めた。


「旦那様、今日お訪ねした理由なのですが……」

「あぁ、そうだった。君がここに顔を出すのは初めてだから、つい嬉しくなってしまった」

「あの……体調を崩してしまったことで勉強の時間に穴を開けてしまったことを、謝罪しようと……」

「…………ふむ?」


 上がっていたレオナルドの口角が少しずつ下がっていく。

 リアはなるべく怒られる回数が少ないようにと、返事も待たずに言い募った。


「それに私のお見舞いに、旦那様の貴重なお時間を使わせてしまいました……。私が体調を崩していなければ、それも必要なかったと考えると……」


 リアの顔がどんどん俯いて、とうとう真下を見てしまった。

 言葉の最後のほうもほとんど聞こえないくらい小さくなり、声の震えすら聞こえる始末だった。


「次回以降、旦那様のお手を煩わせないよう、気を付けます……」

「…………」


 なんとか最後まで言い終えたが、レオナルドは黙ったまま。

 とはいえリアも顔を上げる勇気などまったくなく、じっと下を見つめたままだった。

 それから何分経っただろうか。

 リアにしてみれば数時間ほど頭を下げていたような気がしなくもないが、テーブルの上のお茶がまた湯気を立てているから、そう経っていないかもしれない。


 ――どうして……旦那様は黙ったままなのかしら……?


 とくにレオナルドにおしゃべりという印象は持っていないが、理不尽に相手を無視する人だとも思っていない。

 いや、もしかしたらかなり怒っているのかもしれない。

 それこそ、怒りすぎて言葉が出ないほど。

 だとすると、自分が怒られるまではこの沈黙は終わらないだろう。

 意を決して、リアはちらりとレオナルドを見た。


「――っ!?」

「やっとこちらを見たな」


 レオナルドは、じっとこちらを見つめていた。

 その表情には怒りなどなく、目尻を下げ、微笑ましくリアを見るような様子だった。


「それに返答する前に1つ聞きたいことがあるのだが」

「はい……」


 何を聞かれるのだろう。

 びくびくするあまり、再び顔を下げて自身の膝を見つめる。

 今度のレオナルドはそこで黙らず、話を続けた。


「君は風で髪が乱れたとき、風に向かって怒るか?」

「……はい?」


 よくわからない問いに思わずリアは顔を上げ、怪訝な表情をレオナルドに向けてしまう。

 しかし彼はいたって真面目な顔だった。


 ――なぞなぞ? それとも、何か言葉に裏があるということ……?


 ただこの場でなぞなぞを出される意味はわからないし、こんな真面目な顔でそれを聞くような人ではない。

 ではそのままの意味なのだろうか?


 ――とりあえず、答えるしかないわよね!


「いえ、自然の現象ですから、怒ることなんてしませんわ」

「そうか。なら、大丈夫だ」


 そう言うなり、レオナルドはすくっと立ち上がる。

 そしていつもながらに優雅な所作で二人の間にあったローテーブルを回ると、リアのもとにやってきて床に膝をついて腰を下ろし、彼女の手をとった。


「君が雨の中薄着で外に出回ったり、夜更かししたりしていないのは知っている。今回体調を崩したことに君に非はないのだから、君が謝らなければいけないことはない」


 そしてその手に、口づけを落とした。


「むしろ、こちらが気づかなくてすまなかった」

「旦那様……」


 そこでリアは、ふと思った。


 ――もしかしたら私、旦那様を誤解していたかもしれないわ。


 心配そうにリアを見上げるレオナルドの顔に、侮蔑も、落胆も、冗談めいたものも、一切なかったのだから。

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