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3.”冷酷貴族”な旦那様が豹変してしまった

翌週。

朝に医師から通常の生活に戻ってもいいと許可をとったリアは、真っ先にレオナルドのもとへ向かっていた。

1週間も勉強をお休みしてしまったことについての謝罪と、そしてこの1週間毎朝毎昼毎夕毎夜、様子を見に来てくれたことにお礼を言うためだ。


――この1週間、かかさず来てくれたのよね……


リアの想像以上に体調不良は深刻だったようで、最初の3日ほどは体を動かすどころか目を開くのさえだるかった。

4日目以降から徐々に快方に向かっていったのだが、よく見ると部屋の中には綺麗な花や風邪に効くという薬草が、いたるところに置かれていた。

フローラに聞いたところ、これらがどうやらレオナルドが持ってきてくれたものということだった。

それ以降は、ベッドの住人になりながら彼の見舞いを受けたのだが、これも本当にすごかった。


朝一で見舞いに来たと思ったら出立の時間を過ぎても居残り、迎えに引きずられて部屋を出ていく。

昼にまた顔を出したと思ったら、仕事場を抜けてきたと言い、再び迎えに引きずられて部屋を出ていく。

夕方に顔を出したと思ったら、仕事は早退してきたと豪語し、背後から突如現れたこの国の宰相に怒られ邸内の書斎へ戻っていく。

そしてその仕事が終わったら、また応接室へやってきて、私の手をぎゅっと握りながら様子を見続ける……

残りの3日間は、まるで愛しい者同士の逢瀬のように、たいそう甘かった。


――政略結婚でもそんな風に振る舞わないといけないなんて……世の旦那様ってとても大変なのね。


というわけで謝罪と感謝のために、リアは朝一で医師の診察を受けて、その足で彼に会いに行こうとしていたわけだった。

フローラによると、レオナルドは書斎にいるらしい。レオナルドの書斎は、侯爵邸の最上階である3階に位置する。

リアは濃茶色の重厚な扉の前に立ち、コンコン、と控え目にノックをした。


『入れ』


即座に返答があったが、いつもよりもぶっきらぼうに感じた。


「失礼いたします、旦那様」


そう言ってドアノブに手をかける。

しかしその瞬間、部屋の中から凄まじい物音が聞こえてきた。

何か大きなものが倒れる音、書類などの大量の紙がまき散らされる音、そして「熱っ!」というレオナルドの声。


「だ、大丈夫ですか!?」


家庭教師から習ったとおりにゆっくり動いていたリアだったが、さすがにそんなことを聞いて落ち着いているわけにもいかず、勢いよく扉を開け書斎の中に入った。

リアの視界にまず入ったのは、明るい朝日に照らされた落ち着きのある部屋だった。

華美なものはなく、しかし地味ながらも緻密な装飾が施された家具や、細かな柄が描かれた壁紙、肌触りの良さそうなラグなど、どれも質の高そうなものが配置されている。


そして今、執務机は綺麗に横倒しになっていた。

机の上にあっただろう書類は床にまき散らされ、その上に紅茶がふりかかっている。

高級そうな白磁のカップとソーサーが割れていないのが幸いだろう。


「旦那様!」


レオナルドはそんな横倒しになった机の横で、脇腹をおさえてうずくまっていた。

どうしてこんな状況になったのかはわからないが、おそらくリアの返事をしたあと立ち上がろうとして、誤ってぶつかってしまったのかもしれない。

リアは急いで彼のもとに駆け寄った。


「お怪我はな――」

「リア! 体調は大丈夫なのか!?」


心配をしようとしたら、言葉を遮られて、逆に体調を心配されてしまった。


――それはこちらの台詞なのだけど……


「え、ええ。私はもう回復いたしました。それよりも旦那様、どこかにお怪我を」

「あ、ああ! 良かった! 本当に良かったよリア!」

「わっ、きゃっ!!」


レオナルドの顔を覗き込もうとしたリアだったが、すぐにレオナルドにぎゅっと抱きしめられて、思わず声を上げてしまった。

体に回された手と腕の力は思いのほか強く、少し痛いほどだったが、不快なものではなかった。


「ずっと心配していたんだ……、君が目覚めなかったらどうしようって」

「そんな大袈裟な……」

「愛しいリア、よかった……」

「あ、あの……旦那様……?」


レオナルドはリアの肩口に顔をうずめ、ふたたびぎゅっとリアを抱きしめた。

その様子を見ながら、リアの脳内は疑問符で埋め尽くされていた。


――思っていた様子と違うのだけど!?


リアは、レオナルドに会うなり怒られると思っていた。

何せ、自分が1週間寝込んでいたことで侍女たちに追加の仕事を与えてしまったし、勉強も滞ってしまった。

見舞いをしてくれたときにはフローラがそばにいたから、夫のように振る舞っていたが、二人きりになったら、夫として振る舞わなくてもいい。

“冷酷貴族”と噂されるレオナルドのことだ、二人きりになった瞬間いつものような無表情に戻り、叱責をしてくるのでは、と……思っていたのだが。


――二人きりだというのに、むしろお見舞いのときと全然違いますわ……!


リアが呆然としていると、レオナルドはハッと顔を上げた。


「す、すまない。こんな床でやるものではなかったな。愛しい君が元気になったのを見て、つい嬉しくて」

「は、はぁ……」

「さ、こちらのソファに座ってくれ。美しい君に汚れでもついたら大変だ」


そう言い、レオナルドはにっこりと微笑む。

優雅にエスコートされ、書斎のおそらく応接用のソファに案内された。


「本当に、今日もとても綺麗だね、リア。まるで女神が君臨したようにキラキラしている。侍女を呼ぶから、少し待っててほしい」

「は、はいぃ……」


先ほどから矢継ぎ早に褒められて、顔が沸騰しそうなほど熱かった。


――いったい、どういうことなの……!?


結婚当初の厳しい様子も、噂から推測していた未来もなかった。

いたのは、甘くリアを見つめ、まるで壊れ物のように触れ、愛を囁いてくるレオナルドだ。


それからリアは侍女がお茶を用意しに来てくれるまで、向かいに座ったレオナルドの甘い褒め言葉を聞く羽目になったのであった。

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