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1.美貌の侯爵に嫁いだ結果、死にたがりの自殺志願者になってしまった

「女王陛下。その化粧は、あなたにまったく合っていません」


 絢爛豪華な大広間の、女王陛下の誕生パーティー。

 玉座に座るルールグロウ王国の女王に挨拶しようとしたとき、隣の男がそうのたまったものだから、彼の妻――リアは絶句し目を剥いた。


 たしかに女王の化粧はお世辞にも上手いとは言えない。

 ファンデーションはよれているし、コンシーラーは変に明るいし、チークはなんだか妙に鮮やかな色でクッキリしている。

 瞼の上に載せたラメが左右非対称だし、アイラインはなぜかとんでもなく長いし、そもそもスモーキーにしたアイシャドウは華やかな場には向いていない。

 少なくとも、若くして戴冠した少女のような面持ちの彼女には、まったくといって言いほどこの化粧は合っていない。

 だとしても、リアの夫でありこの爆弾発言の主――レオナルドは、この華やかで明るい場所でそんなことを言うべきではなかった。


「あ、あの、女王陛、下っ!」


 なんとかリアはフォローを試みるも、時すでに遅し。

 女王はわなわなと震えはじめたかと思うと、右手に持っていた錫杖をドンと勢いよく地面に打ち付けた。

 音楽が響くように設計された大広間にはよく響く。

 そして目を大きく見開き、眉間と鼻筋には深いしわを刻み、唾が飛び散らん勢いで叫び出した。


「不敬な! 衛兵、この男を即刻捕らえて、刑に処せ!!! 妻も同罪じゃ!」

「はっ!」

「わらわに恥をかかせるなぞ、死刑が妥当! とっとと目の前からいなくなれ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そうは言っても、女王の命令はこの国では絶対。

 衛兵はすぐさまリアとレオナルドを捕らえ、手首を体の後ろで縛りつけた。


「ふむ。私がいなくなればこの国は瞬く間に瓦解してしまいますが……もしかして女王陛下は、馬鹿なのでしょうか」

「何言ってんの!?」


 不敬に不敬を重ねる夫に、リアは思わず言ってしまった。

 しかしレオナルドの口撃はとどまることを知らない。


「やはり、若くして戴冠させたのは間違いでしたか。常識も知らないようでは、女王など不適。早くそこから降りるのがよいでしょう」


 レオナルドはリアと同じく後ろ手で拘束され、衛兵に無理やりその場から立ち去らされようとしているというのに、無表情で淡々と続ける。

 その姿にリアも堪忍袋の緒が切れ、衛兵が体を押さえつけようとするのに抵抗して、レオナルドのほうに向き、声を荒らげた。


「どう考えてもあんたのほうが常識――」



「――ないでしょ!!!!!」


 自分の声で、リアは目を覚ました。

 汗をかき、息も荒い。

 彼女はどくどくと脈打つ胸元を押さえ、良かった夢か……、と独り言ちた。

 窓の外は朝焼けが消えかかっているころで、もうそろそろ朝食の時間だ。隣で寝ていた夫はすでにいない。出立の時間が早いと聞いていたから、すでに朝食を食べているのかもしれない。

 リアはメイドを呼んで身支度を済ませると、すぐに食堂へ向かった。


 ***


「顔色が悪い、リア。体調が悪いのであれば、もう少し寝ていたほうがいい」

「そんなことありませんわ、旦那様」


 食堂に着くと、すでにレオナルドは仕事用の服に着替え、朝食を食べ終えて新聞を読んでいた。

 夢で見た姿と同じ彼を見るなり、リアは少しだけドキリとする。

 そんな彼女に投げられたのが、そんな言葉だった。

 レオナルド・オーデムランツ侯爵。

 若くして両親から爵位を継ぎ、仕事も確実にこなす優秀な貴族。

 目鼻立ちはたいそう秀でていて、綺麗に短く揃えられた黒髪と、その前髪から見える切れ長の目つきは、世の女性たちを虜にしていた。

 身長も世の男性よりも一回り大きく、剣や槍などの武芸も嗜み、この国でも一、二を争うほどの実力の持ち主だ。

 だが、そんな優秀な逸材は、補ってあまりあるほどの悪評が存在する。


「そんなに体調が悪そうでは、周りの人間が気を遣ってしまう。今日は仕事を休んで、休養するといい」

「……お気遣い、ありがとうございますわ」

「いや、君のためもあるが、周りの人間のためでもある。気にするな」


 そうしてレオナルドは席を立ち、仕事に向かうべく執事とともにエントランスホールへと向かった。

 お見送りをしないと、とも思ったが、「体調が悪い人に見送ってもらう必要はない。食事を終えたら、早く自室に戻って休め」と言い、こちらを手で制して行ってしまった。

 その背中を見て、リアは彼の悪評をしみじみと実感していた。


 レオナルドの悪評――それは、まったくと言っていいほど言葉を選ばないということだ。

 自分にも他人にも厳しい彼は、一切言葉を選ぶことなく、ストレートに伝わる言葉しか話さない。

 それが同僚、仕事先の上司、他国の大使、そして女王相手だとしても。

 悪いことがあれば悪いと言い、自分に危害が及ぼうとも思ったことや上がってきたことを報告する。しかもまったく言葉を選ばずに。

 そのおかげで陰では、冷酷貴族だなんて愛称すらあったし、彼と敵対する貴族は山ほどいるとも言われていた。


 リアは夢で見たあの光景をふと思い出す。

 実は、レオナルドが女王に「化粧が合わない」と言ったのは、現実だ。しかも、つい昨日の話。

 実際の女王は朗々と笑い、そうかそうか、と言って許してくれたものの、夢のような流れになってもまったくおかしくなかった。

 けれどそれは、彼が女王に気に入られているだけで、女王の気分が変わったり、代替わりがあったりすれば、話は変わるはず。

 リアはふるりと体を震わせた。

 レオナルド・オーデムランツは、死に一番近いお人だ、と。おそらく数年後には不敬罪で処刑されるとまことしやかに囁かれている。

 さらに彼に嫁ぐ人間は、死にたがりの自殺志願者だとも。


「まさか、私が……ね」


 そしてリアはそんな彼に一昨日、嫁いでしまった。恋愛結婚ではなく政略結婚ではあるものの、どちらも妻になったことには変わりない。


「はぁ…………」

「奥様。ご体調は大丈夫そうでしょうか。必要があればご朝食を変えさせていただきますが」

「いえ、大丈夫よ」


 メイド長が心配そうにそう問いかけてくるのを、リアはかぶりを振って答える。

 夢見が悪かっただけで、別に風邪を引いているわけではない。

 そうしてリアは、あまり食欲が湧かないながらも出された食事を無事に終え、すぐに侯爵夫人としての勉強を始めた。


 なるべく死期を遠ざけるため。

 なるべくレオナルドが何かをしでかしても、対処できるように。

 そして彼の隣にいて、彼のフォローができるように。

 もともと男爵家という下位の貴族だったリアは、婚前に家庭教師から習ったとはいえ、貴族の常識や知識というものにまだまだ疎い。


 だからこそ、死にたくないがために、死に物狂いで勉強をするのであった。

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