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第二話

 ……暑くて熱くて、どうにも寝付けなかった。羊は布団を抜け出し、喉を潤そうと一人自販機コーナーへと向かった。夜の船内は照明が落とされていた。橙色の光が仄かに廊下を照らしている。何だかホラー映画のワンシーンみたいだ。小さく影を揺らしながら、スマホの時刻を確認すると、

23:45

になっていた。長時間横になっていた気がするが、まだ日付を跨いでいないらしい。羊は驚いた。


 廊下では誰ともすれ違わなかった。自販機でお茶を買い、そのまま階段を上がってデッキへと向かう。深夜に何とかという有名な橋の下を通ることもあり、デッキは24時間開放されていた。これがちょっとした観光スポットみたいになっていて、夜中に起きて、ライトアップされた橋を見学している客も少なくないらしい。階段の張り紙を見ると

1:05 

※※大橋通過予定(往路)

と書かれていた。


 潮風に当たり、気分転換でもしよう。そう思い、羊が3階まで到達した時、ふと聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「……さん! 蛭間さん! 蛭間会長!」


 男が小さく叫ぶ声と、それから扉を激しく叩く音が聞こえる。顔を覗かせると、廊下の先に、先ほどの蛇遣い同好会の面々……清水明美、森山翔、香鳥圭太郎……の3人が集まっているのが見えた。何やら困惑しているような、そんな表情を浮かべている。こんな夜中に何をしているんだろう。羊は気になって彼らに近づいた。


「どうしました?」

「え? あ……君はさっきの」

「荒草君ね?」はい、と羊は頷いた。

 若い男・森山翔が眉をひそめて口を尖らせた。

「どうもこうもないよ。今夜0時に、ミーティングするから部屋に集まってくれってメールが来てて……なのに当の本人が音沙汰無しなんだよ」

「外出中なんじゃないですか?」

「そんなはずないわ。内側から鍵がかかってるもの。ほら」


 清水がドアノブを握り締めガチャガチャとやった。扉はごく普通の、手前に開くタイプで、しかし鍵穴ではなくカードをタッチするパネルが付いていた。ビジネスホテルなどに良くある奴だ。外に出ると、カードキーを所定の場所から取ると勝手に電気が消えるタイプだった。


 304号室

 と書かれた扉は、確かにロックがかかっていた。それに、覗き穴に目を当てると、向こうからほんのりと灯りが漏れているのが見えた。確かに中にいるようだ。


「ま、夜中だしな。きっと寝てるんだろ」

 香鳥が少し眠そうに欠伸をすると、

「それか酒呑んでるか」清水も呆れたように首を振り、もらい欠伸した。

「困るなぁ。あの人、ちゃんとミーティングしないとアドリブが酷いんだもの。大体年に一回の集まりでさ、阿吽の呼吸を合わせろって方が無理なんだよ……ったく」

 同好会では笛吹き担当の森山が愚痴っていた、その時だった。


 ドサッ……


 と、扉の向こうから、何かが床に落ちる音がした。確かに聞こえた。何か重いものが落ちる音。それに、気のせいか何やら呻き声のようなものも……羊たちは思わず固まり、顔を見合わせた。


「……今のって」


 さらに、ズルッ、ズルッ……と何かを引きずるような音が。羊を除く3人の顔が険しくなった。多分彼らにしてみたら、聞き覚えのある音だったに違いない。それも、出来れば聞きたくない、本能的に鳥肌が立つような。まさか……羊は思わず身をすくめた。


 ※余談だが、ニホンマムシによる咬傷は年間2000〜3000件発生し、そのうち約10名程度が死亡している。北海道から九州まで広く分布し、山だけでなく、藪の中や水田にも生息している。


 特に高齢者の場合、受傷から6時間以内に抗毒投与しても死亡するケースもあり、いくら血清があるとはいえ、油断は禁物である。


 一口に毒と言っても出血が止まらなくなる出血毒や、呼吸困難や麻痺を引き起こす神経毒があり、さらにその両方を兼ね備えた混同毒などもある。そしてニホンマムシの約800倍……インランドタイパンは混合毒である。大の大人でも、噛まれたら45分以内には死亡するとされている。


「オイ……何か不味くないか!?」

 暗がりの廊下がたちまち騒がしくなった。

「蛭間さん……!?」

「僕、事情を説明して、鍵借りて来ます!」


 森山が逃げるように廊下を駆け出した。香鳥が激しく扉を叩いたが、相変わらず応答はない。いつの間にかズルッ、ズルッと言う音は消えていた。消えた? 一体何処に? 確か窓はハメ殺しだったはず……分からない。羊はちょっと眩暈がした。まさか、換気口から抜け出たってことか? それとも……。


 心なしか波の揺れが激しくなる。いつの間にか時刻は0時を過ぎていた。そのうちに船員の一人と森山が戻ってきた。神狩(かがり)と言う名札の付いた船員が、神妙な面持ちでカードキーをタッチパネルにかざした。羊は生唾を飲み込んだ。


 鍵を開ける。


 扉は重かった。どうやら気圧差で重くなっているらしい。

「むぅ……!」

 腰を落とし、大人二人が綱引きのように力を込める。開いた。中を見ようと首を伸ばした羊に、向こうから熱風が押し寄せてきた。羊は思わず目を瞬かせた。


 扉の向こうで待っていたのは、蛇遣い同好会会長・蛭間恵介の、変わり果てた姿だった。羊たちの沈黙が惨劇の舞台となった部屋に広がった。


 それからもう一つ。

 部屋から蛇がいなくなっていた。


 史上最大の毒を持つという、インランドタイパン……通称・ヴェルムの姿が。

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