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ナマエノチカラ  作者: ハル
6/9

第6話 名づけの代償

第6話「名づけの代償」

静けさの中に、細かなノイズが混じっていた。

電子音でも機械音でもない。だが、確かに“記録される”音。


ハルたちが再びアーカイブを離れ、地下施設の別棟――旧・心理統制局セクターへと踏み込んだのは、ミナの痕跡を辿るためだった。


「ユキトが言ってた。“名を与える”ことは、このゲームの構造にとって“異常”だって」

「だからこそ、ミナは消された。……あるいは、自らを消した」


そう、あのハクと出会ったあと。

ハルの中に湧き上がったのは、彼女を守れたことの安堵ではなく――

“次は誰が、奪われるのか”という恐怖だった。


名を与えることで、何かが生まれた。

だがそれは、“代償”でもある。


*  *  *


崩壊しかけた構造物の影から、一人の人物が現れた。

白黒のジャケット、ゴーグル、手に万年筆型の装置。

その足取りは軽く、どこか遊歩のようだった。


「……やあ。」


突然の出現に、ケイトが即座に前に出て構える。


「誰だ、お前は」

低く、威圧を込めた声だった。


「ID22、“ヨツギ”って呼ばれてる」

男はゴーグル越しに笑みを浮かべた。


同時に、全員のN-COREが警告音を発する。


〈N-CORE:対象照合〉

【ID:22】

分類:知略型

能力:縁筆ノム・ザ・ナマエ

・条件:対象が一定距離にいる場合、自身の筆記具を用いて書記を行う

・効果:対象の記憶・過去の発言・名にまつわる情報を“自動筆記”として抽出


ケイトがN-COREの画面を睨み、眉をひそめた。


「……なんでこいつの能力はちゃんと出てんだ?

伊波のときは表示されなかったし、お前ら三人のも“未確定”のままだろ」


ユキトが、肩をすくめる。


「伊波は偽装端末を使ってたから、そもそも正式な照合じゃなかった。

僕とシノ、それにハクの表示が出ないのは――僕の能力でフィルタしてるからさ。

N-CORE上には情報がある。でも、君たちには“見えない”ようにしてるだけ」


ケイトが舌打ちする。


「……ふざけた仕組みだな。能力の表示すら操作できるとか、こんなのが“ルール”かよ」


ユキトは微笑を浮かべ、軽く肩をすくめた。


「“公正さ”なんて、最初から期待してないよ。

それに――この世界じゃ、嘘をつける奴が強いんだ」


そして、目線をハクに流す。


「もっとも――ハクちゃんの能力は、“それ以上”かもしれないけどね」


ハルが一瞬、視線を向ける。


ハクは小さくなんのことかわからない様子で。


「能力...?]


その間にも、ヨツギは黙ってメモ帳に万年筆を走らせていた。

だがそれは誰かを見ているのではない。

彼の記録は、空間に残された“痕跡”――かつて語られた名の残響に反応していた。


〈自動筆記:記録断片抽出中〉

〈関連情報:波長痕跡/記憶由来/発言断片〉


「“名”は、語られずとも、そこに残る」

ヨツギはようやく口を開いた。

「……風の音、壁の染み、そして心の揺れ。記録される“名”は、そこに浮かぶ」


ハルが警戒を強める。


「誰の名を――追ってる」


ヨツギはゴーグルの奥で、目を細める。


ハルの問いに、ヨツギはペンを止め、紙を見下ろしたまま呟いた。


「……特定の誰かじゃない。

過去に“記された”名の断片。

このエリアの過去ログ――構造物の振動記録や、アーカイブの一部――そこに滲んでいた“言葉”を拾ってるだけさ」


彼が掲げた紙には、意味を成さない言葉の断片が乱雑に走っていた。

整った記述ではない。だが、どこか執着のようなリズムがあった。


「“名”は、語られた瞬間に残る。誰かの声に乗って、誰かの目を通して。

記録とは、そういうものだ。……誰が発したかは関係ない。

重要なのは、“残された”こと。だから僕は、それを拾い集めてる」


ケイトが鋭く返す。


「それで、“誰かが死ぬ”可能性があるってのにか?」


「あるかもしれないし、ないかもしれない」

ヨツギはごく自然に言った。

「でも、語られた名は、誰かの中に留まる。

だったら、僕はそれを形にしたい。――それだけさ」


沈黙が落ちる。


ハルはじっとヨツギを見ていた。

その言葉の端々から、“殺意”は感じられない。

だが、“危うさ”は確かにあった。


ヨツギは小さく笑う。


「君たちは、“名前”をどう思ってる?」


誰も答えない。


ヨツギは続ける。


「言葉は道具だ。刃にもなるし、橋にもなる。

でも、“名”だけは違う。

あれは、意志と記録が交差する一点――“存在の証明”だ」


彼はメモを閉じ、胸ポケットに収めた。


「……そう思うから、僕は“記録する”。

名を語ることで、誰かを“終わらせる”んじゃなくて――“残す”ためにね」


その言葉に、ハルの胸にかすかな重みが生まれた。


名を“奪う”のではなく、“残す”。


その違いが、どれほどの意味を持つのか――まだ分からない。

だが、ヨツギの危うい均衡は、明らかに彼らの“常識”と衝突していた。

第6話「名づけの代償」【3/3・最終決定版】

「さて……君たちと関わるのは、もう少し後でいいかな」

ヨツギは一歩、後ずさると、懐から記録媒体を指で弾いた。


「“名前の声”が聞こえる場所があるんだ。

“名づけ”という罪が、また一つ、生まれそうだからね」


「待て」


ハルが静かに呼び止めた。


「――ミナのことを知っているか?」


その名に、ヨツギの動きが止まる。

瞬間、空気がひび割れたように緊張する。


「……“知っていた”よ」

ヨツギはゴーグルの奥で目を細めた。

「だが今、僕の中には“その記録”がない。正確には――失われているんだと思う」


ハルの眉が動いた。


「記録が……消えた?」


「いや、削除された形跡もない。ただ、ぽっかりと“空白”になっている。

思い出そうとしても、映像も、音声も、記録の糸すら辿れない。

……まるで、最初から“記録されていなかった”かのように」


「でも、それはおかしい」

ユキトが小さく呟く。

「僕の履歴からも、彼女のログが一部欠損している。

N-COREのアクセスログも確認したが、明らかな編集跡はない。……けど、確かに“空いてる”」


シノも目を伏せるようにして言葉を継いだ。


「……波長履歴にも、同様の空白があります。

“ミナ”に関連するはずの時間帯だけ、解析が不能です」


ケイトが苦々しげに唸る。


「名前が、記録から“すり抜けた”ってことかよ……」


「可能性としては、一つ考えられる」

ユキトが、ハクを見やった。

「“名を与える”という行為。それが、記録構造に影響を与えた。

……ハクに名を与えた“代償”として、誰かの記憶が――ミナに関する記録が、歪んだんだ」


「そんなことが……ありえるのか」


「“名”とは、それほどの干渉力を持つ。

このゲームの根幹は、“名前”で殺し、“名前”で守り、“名前”で操ることだから」


沈黙が落ちる。


ヨツギはその空気を見つめるように、静かに言った。


「彼女は消えていない。ただ、“存在の輪郭”が曖昧になっただけだ。

――思い出せないのに、確かに“いた”と感じてしまう。

それこそが、“名”の不完全な記憶だよ」


ハルは、口元を引き結ぶ。


ミナは、いなくなってなどいない。

ただ、誰の記憶にも――正しく、いなくなった。


「……取り戻せるのか? その記憶を」


「それを探す旅が、これから始まるんじゃないのか?」

ヨツギが微笑む。

「“名を与えたこと”の意味を、君たち自身が知るために――」


ヨツギの姿は、すでに通路の奥に消えていた。

だが、言葉だけが、この空間に残響のように漂っていた。


「――“名を与える”という行為には、対価がある」

彼の声が頭の奥にこだまする。


誰かの名前が、誰かの記憶を塗り替える。

名を奪う者、名を守る者、名に喪われる者。


そして今、ハルたちはその狭間に立たされている。


沈黙の中、誰も言葉を発さなかった。

だが、その沈黙こそが、名の重さを語っていた。


ハルは静かに目を伏せた。


思い出せない。けれど、忘れてはいけない。


――“名”は、ただの記号なんかじゃない。


それが、誰かの存在そのものだった。


(第6話 完)

(つづく第7話「静かなる継承」)


ほんっとにすみません!

自分で読み返してて意味わからなかったり矛盾点多すぎたので6話大幅改変致しました!

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