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ナマエノチカラ  作者: ハル
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第1話 名を与える者たち


最初に名前をくれたのは、母だったと思う。

たぶん、まだ俺が言葉も分からなかった頃。

優しくて、ぬくもりのある声で、何度も、何度も呼んでくれたはずだ。


名前は、生まれた証。

でもこの世界では、それが――死の引き金だ。


だから人々は、名前を失くした。

誰もが番号で呼ばれ、目を合わせることさえ怖れ、

声を潜めて生きている。


それが、《カナノオト》の後の、世界だった。


――現在。


重たい目を開けた瞬間、天井が歪んで見えた。

鉄とコンクリートがむき出しの、広大なドームの中。

空調もなく、ただ無音だけが満ちていた。


体を起こすと、手首に違和感がある。

黒く無骨な装置が巻かれていた。表面には、数字が表示されていた。


「……47……?」


自分の仮名だろうか。思考が追いつかない。

記憶はあいまいで、最後に誰と話していたのかさえ思い出せない。


だが次の瞬間、耳元で機械音声が囁いた。


〈プレイヤー:ID47番 起動確認〉

〈N-CORE:接続完了〉

〈通信:孤立モード〉

〈ゲーム開始時刻:現在〉


「……ゲーム?」


言葉を発した瞬間、天井のスピーカーから重低音が響いた。


〈ナマエ・ロワイヤル、起動〉

〈全99名のプレイヤーがエントリーされました〉

〈勝利条件は以下のいずれかです〉


〈一:最後の生存者になること〉

〈二:99人分の“ネームカード”を所持すること〉


〈殺害方法は二通り〉

〈一:対象の顔を視認し、真名フルネームを発声することで“名殺”〉

〈二:物理的手段で対象を死亡させる“武殺”〉


〈殺害時、対象のネームカードがドロップされます〉

〈ネームカードはN-COREに登録可能。最大9枚まで保持できます〉


〈現在のあなたの状態〉

 ・所持カード:0

 ・能力:未発現

 ・戦闘タイプ:不明

 ・通信範囲:限定


その情報の洪水の中で、名前だけが残った。


ナマエ・ロワイヤル――

名前を、奪い合うゲーム。


【第2章:再会の名】


「ミナ……」

その名を呟いた直後、ハルの耳に――乾いた足音が届いた。

静かなドームに、誰かの足音だけが響いている。

鋭い反応で身を翻し、物陰に身を潜める。

その足音が通路の奥から近づいてくる気配。

鉄の靴底がアスファルトを擦る音。やがて足音は止まった。

現れたのは、一人の青年だった。

深紅の短髪が光を反射し、くすんだレザージャケットを羽織った姿。

視線は鋭く、全身に緊張を纏っていたが、その動きにはどこか見覚えがあった。

「……誰かいるのか?」

声がした。

低く、警戒と懐かしさが交じる響き。

――ケイト?

確信が持てないまま、ハルは物陰から姿を現した。

ケイトの視線がハルを射抜く。

風に揺れる黒髪。赤いラインが入った黒のパーカーに包まれた細身の身体。

無駄のない姿勢、張り詰めた目つき。全てが、かつての“ハル”そのままだった。

ケイトは、ふっと口元を緩めた。

「……ハル、か?」

その名を呼ばれた瞬間、ハルの胸が震えた。

「ケイト……?」

「まさか本当に……生きてたか」

「お前も……ここにいたんだな……」

言葉よりも先に、胸の奥に安堵が走る。

だが、すぐにケイトは片腕を前に出した。

「動くな。まずは、お前のN-COREを見せろ」

ハルは静かに頷き、自分の手首を差し出した。

黒い端末の画面には“ID:47”と表示されている。

ケイトも同様に、“ID:13”の端末を示す。

確認の後、ケイトは無言で拳を差し出した。

ハルも黙ってそれに拳を重ねる。

その瞬間、確かに――言葉を超えた“再会”が、成立した。

「誰か他に見たか?」

「いや。お前が最初だ」

「なら説明しとく。ルール、見ただろ。“名前”で殺せる。“真名”を、言うだけで」

「……ああ」

「記憶、曖昧だよな。俺もそうだ。でも断片だけ、残ってる気がする。顔とか、名前とか……」

ハルの脳裏に、“ミナ”の名が再びよぎった。

その時だった――

「失礼。お話中、すまないね」

割り込むような声が通路を裂いた。

2人が振り返ると、白衣を纏った男が立っていた。


その男の姿は、一見して異質だった。

運営関係者を思わせる白衣。胸元の金属バッジ。

そして――顔を覆う半透明のフェイスシールド。

「警戒しなくていい。私は運営側の者だ」

ケイトが鋭く目を細める。

「運営……?」

「私は、“管理監査部”所属。現場での“離脱申請”処理を担当している」

男は黒い端末を取り出した。N-COREによく似ているが、違和感のあるデザイン。

「記憶が不安定な君たちのような参加者は、一時的に排除対象になりうる。

ここに真名を入力して“確定”を押すだけでいい。声も顔も必要ない。

ただ、記録のために入力するだけ。君をここから外に出すことができる」

ハルは端末を見つめ、静かに手を伸ばした。

その瞬間――


■ 能力発動:共鳴視レゾナンス・サイト

【発動者】ハル(ID:47)

【条件】真名の痕跡を持つ対象への接触

【効果】記憶の断片を視覚として読み取る


視界が白く焼かれる。

──記憶の中。

暗い部屋。震える若者。白衣を纏った男――同じくフェイスシールドを着けている。

「ここに名前を入れて、確定を押してくれ。これで、終わりだ」

若者は迷いながらも、自分の真名を入力する。

〈しもむら とうる〉

男は画面を覗き込み、静かに頷いた。

若者が顔を上げる。

「……下村 透」

男がその名を発声した瞬間、若者の身体が崩れ落ちる。

端末には赤い文字が残された。

〈対象死亡:下村 透〉

〈実行者:伊波 誠一郎〉


■ 共鳴終了

現実に戻ったハルの呼吸は荒く、顔色が青ざめていた。

「……こいつ、運営なんかじゃない……」

「なんだって?」

「“伊波 誠一郎”。偽装して……名前を言って、殺してる。

偽の端末で、真名を入力させて……その名を見て、言って、殺してるんだ」

ケイトの目が鋭く光った。

「なら――名殺で……!」

「できない。顔が見えない……シールドだ。

さっきの記憶でも今も……あいつの顔は“視認”できてない」

伊波の目元がわずかに笑んだように揺れた。

「優秀すぎるな、“共鳴視”。だが……視すぎた者は、記録される前に“処理”しなくてはならない」

白衣の内ポケットからナイフが抜き取られる。

ケイトが一歩前に出た。

「やっぱり……テメェ、敵だな」

その言葉と同時に、伊波の姿が揺れる。

白衣が翻り、ナイフがケイトの喉元を正確に狙ってくる。

「……チッ!」

ケイトは体をひねり、ギリギリで刃をかわす。

裂かれたジャケットの袖から、鮮血がにじんだ。

すぐさま反撃。しかし伊波は一歩、距離を取る。

その動きは無駄がなく、訓練された動作だった。

「こいつ、素人じゃねぇな……」

ケイトが低く呟く。

ハルは鉄パイプを拾いながら、周囲の構造を把握する。

遮蔽はない。逃げ道もほとんどない。

伊波の目がケイトを追う。その視線は冷静で、確実に急所を探っていた。

ナイフが再び閃く。

ケイトは今度、刃の軌道に逆らわず受け流す――先ほど伊波が使った動作と酷似している。

「……今の動き、まさか」

「ああ。“反響鎖エコー・リンク”。俺の能力だ」

視認した動きを、一時的に模倣する。

相手の癖ごと、“再現”するスキル。

「ハル。共鳴視で、こいつの動き……何か、見えたか?」

「左足に重心が寄ったとき、右肘がわずかに上がる。それが、刺突の合図だ」

「上等」

ケイトが地を蹴った。

伊波の右肘がわずかに動く――

ケイトの身体が一瞬、低く沈んでから伸びる。

その拳が、一直線に伊波の顔面を捉えた。

ガコン、と鈍い破砕音。

フェイスシールドが砕け、細かい破片が宙を舞う。

その向こうに、初めて露わになった“素顔”。

ハルの目が、それを捉えた。

ためらいはなかった。

「伊波 誠一郎」

静かに、その名を発する。

伊波の身体が、重力に引かれるように崩れ落ちた。

白衣が舞い、沈黙が訪れる。


伊波の身体が沈黙に包まれる中、腕のN-COREが赤く点滅した。

【ネームカード回収完了:伊波 誠一郎】

【現在の保有数:1】

ケイトの端末にも同じ表示が浮かび、微かに振動する。

「……落としたな。これが“ネームカード”ってやつか」

ケイトが地面に落ちたカードを拾い上げる。

厚みのある黒いプレートには、確かに“伊波 誠一郎”の名が刻まれていた。

「これで……ひとり」

ハルが静かに呟く。

目を伏せ、カードを見つめた。

あの瞬間、なぜ“殺せた”のか。

なぜ迷わなかったのか。自分の中の何かが、動いていた。

遠くで電子音が鳴る。

スタジアムの照明が少しずつ点滅し始めた。

ケイトが立ち上がる。

「行こう。……次は、こっちが生き延びる番だ」

その言葉に、ハルは小さく頷いた。

歩き出す足音の中、ふと胸の奥に――

また、“あの名前”が浮かんだ。

――ミナ。

なぜだろう。思い出せそうで、届かない。

彼女は、敵か。味方か。

あるいは、すでに――

その想いを胸に、2人は次のエリアへと歩みを進めた。

静寂の中、N-COREが赤く点滅していた。

2人の足音だけが、崩れたスタジアムに響いていた。

その背中を、無数の名前たちが見つめている。

――これは、名前に支配された世界の物語。

そして、名を奪い、生き残る者たちの記録。

次回、

「第2話:渦動の記名」

“名”を知り、“敵”を知り、“自分”を知るとき、

さらなる真実が、その姿を現す――。


「第2話へつづく――」







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