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8.ミハイル王子

リリスの元にすぐに医官が連れて来られた。塗り薬と飲み薬を与えられ誰にやられたのだと壮年の医官は身体も診ようとしたので仕方なく自分でやりましたと話さざるを得なかった。

側で見ていたミハイル王子は深い溜息を吐いて眉間に皺を寄せている。


「夜会に出たくないからか。」

「はい。お許しください。」

「わかった、もうよい。薬はちゃんと飲めよ。」

「はい。あの、お薬のお代はどこにお支払いに行けば良いのですか。」

「薬代などいらん。毎日診てもらえ、いいな?東側の2階に医局がある。王宮専属の医師が常駐しているから少しでも異変があったらすぐに行けよ。」

「はい。ありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました。」


ミハイル王子はリリスがそこまでして夜会に出たくない理由が分からなかった。

清楚な可愛らしい年頃の娘が顔を爛れさせるなんて、元に戻らないかも知れないとは考えなかったのか。


「治るのか。」

「治ります。幸いにも手当が早く出来ましたからね。一日遅れたらもっと酷くなっていたでしょう。」

「治してやってくれ。俺が嫌がる仕事を頼んだせいだ。」

「かしこまりました。」


ミハイル王子は部屋に戻ると椅子に倒れ込む様に座り長い足をテーブルに投げ出した。


「アリシア、あの娘はどんな過去を背負っているんだ。人前に出られない程の罪でも犯したのか?」

「いいえ、坊ちゃん。罪などひとつも犯しておりません。リンジーはロズウェル伯爵家のご令嬢でした。伯爵の借金が原因で爵位を返上した後に両親は離縁しているようです。」

「あー、ロズウェル博士か。浮ついた噂が絶えないお方だったな。今は行方不明だと聞いている。あの娘は何故奥方の元に身を寄せない?苦労をする必要はなかろう?」

「本人にしかわからない何かがあるのでしょう。それにしても頑固なお嬢さんですね。せっかくの可愛らしい容姿なのに。それにロズウェルの血を引いたなら納得です。異国語もペラペラでしたしね。私の元に置いておける仕事はないものかしら。」


アリシアもリンジーを気に入っているようだ。

若い娘は気まぐれで扱いにくいから得意ではないと言っていたが情が湧いたのだろうか。

有能な彼女ならば使い道も色々あるので是非とも側に置きたいのはミハイルも同じである。


(簡単に側に置く方法がありますよ、坊ちゃん。その容姿をフル活用してくださればいいのに。)


だらし無く寝転び伏せた瞼に長い睫毛が光っている。金褐色の髪は母君に似ているが整った精悍な顔立ちは父親である陛下に似ている。

若い頃陛下にほんのり憧れに近い恋心を抱いていたアリシアは王子たちの中で陛下に一番よく似たミハイル王子にお仕えが出来て幸せだと思った。

坊ちゃんが幸せになってくれれば良いのだが20歳を超えても婚約者すら決めずに仕事ばかりしている。


(そんな坊ちゃんがあれだけ気にかけるのも珍しい。)




その日の夕方リリスは医務室に来ていた。

先輩に引っ張って連れて来られたのだ。


「お医者さま、この子泣いてしまうからせっかくの薬が流れてしまうんです。なんとかなりませんか?涙の塩分で悪化してしまわないかと心配なんです。」

「どれ、薬は飲んだかい?確かに泣いたら効果が薄れてしまうからね。少しベタつくが薬を変えてあげよう。包帯を巻くから大袈裟に見えるかも知れんが我慢をしておくれ。」


痛々しい顔は一週間もすると腫れも引き包帯も要らなくなった。

毎日顔を見せに来るようにと侍女頭に言われているので医局の帰りに侍女頭の執務室へ行くと彼女ではなくミハイル王子が待っていた。


「包帯はとれたんだな。赤味も引いたしあと少しだ。」 


ミハイル王子は無遠慮にリリスの顎を持ち顔を近づけてくる。あまりの近さに吐息の匂いまでする。甘い匂いからしてケーキでも召し上がったのだろうか。


「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」

「全くだ。・・・リンジー、悪いがお前の家の事情は調べさせて貰ったよ。詮索しないと言っておいてすまないが顔に痕が残るようならご両親に詫びねばならんからな。お前はなぜ母君を頼らない?」

「父とも母ともあまり良い関係を築けませんでしたし祖父母は領地で親類の誰かと婚姻をさせると言っていましたがいい加減な父の血を引く娘など欲しがる方も居ないでしょう。元より婚約破棄された娘として知られております。これ以上醜聞を晒すくらいならと平民になりました。ですから夜会などで見知った顔を見たくないのです。」

「そうだな、会えば嫌味を言う輩もいるかも知れん。それでも母君は心配しておられるだろう。」

「平民になり働いている事は知らせました。他国へ行ったきりの兄上の心配もしなかった親です。私の心配などしているとは思えません。」

「事情はわかった。夜会には出なくとも良いが客人が困った時には助けて貰えると嬉しいのだが。人手不足なんだよ。」


それならばとリリスは二つ返事で了承をした。

ここまで嫌がれば無理に連れ出されたりはしないだろう。

これ以上の事を頼まれるなら他に仕事を見つけて王宮を出ようとリリスは思った。


「シンからも誘われていたそうだな。あれは優秀だが損得で動くやつだ。利用される可能性もあるぞ。」

「そうですか、私などに何の価値もありませんが。夜会の日はメイドのお仕着せを着ていればいいですか?」

「あぁ、だが夜会用のお仕着せがあるんだ。それを着てくれ。それから髪をどうにかしろ。」

「洗いましたがどうにもなりませんでした。」


いつもならこんなに会話をしないのだが茶まで出された上に二人きりで非常に居心地が悪い。


「・・・お前着替えて来い。ちょっと出掛けよう。普通の服は持っているか?」

「え、あの、持っていますが殿下と並んで歩けるような服ではありません。」

「気にするな、着替えたら此処に戻って来い。早くしろよ。」


いつの間にか来ていた侍女のにやにや顔に見送られ連れて行かれた先はなんだかよくわからない怪しい建物だった。

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