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7.部署が変わりました

心がどんよりしていても必ず朝はやってくる。


「ねえねえ、リンジー。王族の方々のお召し物の洗濯係に立候補しない?シーツより楽らしいのよ。前の係の子が何かやらかしたらしくてさ。」


同室のサリーはリリスより二つ年上の明るいお姉さんだ。

美人で明るい上に要領も良く手の抜き方も教えてくれる。


「いいですね。毎日白い布ばかりで飽きてきましたし。」

「メイド長の所に行こう。早くしないと他の人に決まっちゃうから。」


サリーとリリスはリネン室から王族の下着を洗う係にすんなり配属が変わった。


「結局白い布ですね。」

「でもシーツより軽くて小さいから楽だわ。お湯で洗えるし石鹸がいい香りだしね。」

「香りは良いですが手が益々荒れそうですね。」


この密室空間は嬉しい。外の仕事はうっかり顔見知りに会う可能性もなくはない。

王族の下着を干す場所も厳重な見張りが付いている。


「ねえ、新人さん。ドレスを洗うのを手伝ってくれない?」


隣室ではドレスを洗っていた。

シルクの生地は扱いが難しく汚れの激しい裾を何人かで揉み洗いしている。


「このボーンを外してはいけませんか?」


リリスが聞くと驚いた顔をされる。


「これ外せるの?」

「これは外せますよ。縫い込まれたものは外せませんがこのドレスはここのボタンをこうして、ほら。」

「よく知っていたわね。」

「最近のドレスはこの型が多いそうです。昔のドレスは骨組みを別に身に着けていたそうですよ。鳥籠のパニエとか可愛いですよね。」


昨日針子と店主から聞いたばかりなのだ。

ドレス係に誘われたが下着の方が簡単そうなので断った。


「男性のも私達が洗うのですね。」

「誰のかがわからないようになっているみたいよ。」


目印に刺繍でもされているのかと思いくまなく見たが刺繍も名前も入っていない。


「下着に王子の名前があったら興醒めよね。干す列を絶対間違うなっていうくらいだから順番が決まっているのよ。」


なるほど、上手く出来ている。

二人は慣れてくると段々と色々な事がわかってきた。


「このお方はお盛んみたいね。女性との逢瀬を楽しんでいて結構なことね。」

「たまにガピガピなのがあるわ。すぐに湯に浸けてくださればいいのに。」

「リンジー、それは思春期の王子様のものよ。黙って洗って差し上げましょう。」


王子様達の顔を知らなくて良かったとリリスは思った。

この下着の中にシン王子やきらきら王子の物もあるのだろうがあれからお呼びもかからないしもう会う事はないと思っていた。


「リンジー、侍女長がお呼びよ。あんた何かやらかしたの?おとなしいあんたがやらかす訳ないわよねえ?」


やらかしでは無かったが先日の侍女が待っていた。彼女は侍女頭でありきらきら王子の専属の侍女も兼ねている。


「久しぶりね、リンジー。貴方に頼みたい仕事があるのよ。ミハイル王子からのご指名よ。」

「ミカエル?」

「ミハイル王子よ。ちょっと!心配になるじゃないの。耳掃除もしてあげるわ。毛先も揃えてあげるから座りなさい。髪は染めるのをやめたのね。」

「はい。先輩が元の髪の方が可愛いと言ってくれましたので。染粉を買いに行くのにいちいち変装するのが嫌になったのも理由です。」


天使の名前なんてお似合いできらきら王子にピッタリだと思ったが違ったようだ。侍女頭の膝に頭を乗せると器用に耳の掃除をしてくれた。


「わー、見る?」

「すごいの出ましたか?」

「すっごいのが出たわー。興奮して素の自分が出ちゃったわよ。私耳掃除が好きなのよ。はい、反対向いて。」


小さな頃を思い出すとまた目が潤んでしまう。


「私は貴方を泣かせる天才みたいね。もうすぐ坊ちゃんが来るからこっちに座りなさい。お茶はどう?」


普段なら断るのだが何故かこの侍女頭の言葉には従ってしまう。


「紅茶美味しいです。」

「そう、この茶葉は好き嫌いが分かれるの。何の茶葉が好き?」

「・・・紅茶よりも珈琲をよく飲む家でした。ですが母はこの茶葉が好きで。」


続きを話す前に王子が入って来た。

侍女頭はリリスを眺めながら茶葉よりも高価で珍しい珈琲を嗜む家ならば良い暮らしをしていたのだと簡単に想像がついた。

髪を染めてまでひっそり働く若い娘に胸が締め付けられる。


(坊ちゃんが見初めたりしないかしら。並んで立つとお似合いだわ。)


恋愛小説の大好きな彼女はそっと祈りを捧げた。



「久しぶりだな、髪を戻したのか。明るい髪が似合っている。」

「はい。ありがとうございます。」

「実はな、頼みがあるんだが。来週末に王宮で夜会が開かれる。諸外国の客人の通訳をして貰えないかと思ってな。」

「申し訳ございません。夜会の様な宴に顔を出せる身分ではありません。」

「そう言わずに考えてくれないか。報酬ははずもう。金だけでなく欲しいものがあれば言ってくれ。大切な客人なのだ。」

「いいえ。私の望みはひっそりと今の仕事をしながら生きる事でございます。」

「一生シーツに囲まれて生きるつもりか?」

「あの、今は部署が変わりましてお洗濯の部署におります。シーツではなく主に肌着などをお洗濯する部署で前よりずっと体が楽になりました。」

「な、な、」

「な?」

「若い娘の仕事じゃないだろう!誰が選んだのだ!配置換えだ。お前は夜会に通訳として出ろ!命令だ!」



リリスは冗談じゃない!とまた髪を染めた。真っ黒の墨のような液体はリリスの細い髪をめちゃくちゃに傷つけた。


(これならば人前に出られないわ。)


彼女は傷んでボサボサの髪に加え更に頬に草の汁を塗り付けた。

ミハイル王子が呼び付けた時にリリスの顔は赤く腫れ上がり黒髪も相まって見るも無惨な姿になっていた。

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