6.元婚約者
リリスと別れてから成績は下がる一方だ。
基礎が出来ていないからどこまで遡って勉強すればいいのかわからない。
何よりわからない箇所もわからないのだ。
詰みである事すらわかっていない。
(この前のテストは散々だった。リリスめ、出鱈目なノートを寄越しやがって!成績が下がったのはアイツのせいだ。今まではギリギリの点数は取れていたのに!)
リリスのノートを試験の前日に頭に叩き込めば何とか追試を免れる事が出来ていた。
婚約破棄などせずに卒業までは側に置いておくべきだったと後悔しリリスを探そうと思った。
屋敷の執事にこっそり調べさせたら母親の実家には行っていないと言う。
ならばここしかないと思いオーウェンはリリスの友人だったクリスティンに話しかけた。
リリスと同じく大人しい彼女ならば居場所を教えてくれるだろう。
「なぁ、リリスの居場所知らない?ちょっと頼みたい事があるんだよね。」
気安く話しかけてきたリリスの元婚約者に対して嫌そうな顔は隠し切れない。侮蔑の表情でその場がピリつく。
「す、すまない。クリスティン・マクドウェル伯爵令嬢。リリスの居場所を教えて貰えないだろうか。貴方は仲が良かったでしょう。」
「・・・貴方とリリスは婚約解消が成立していた。にもかかわらず皆の前で婚約破棄をされただの傷ものだのと貶めた事を覚えているかしら?覚えていたとしたら今更リリスの居場所を聞こうなんて思わないわね。残念な記憶力ですこと。」
侮蔑の眼差しでいかにも嫌そうに答えるクリスティンに怒りをぶつけて来たのはクリスティンの元婚約者のパウエルだった。
「クリスティン!君が口を挟む事ではないだろう?」
「お前もな。」
「は?」
「私と貴方も婚約破棄が成立しておりますので名前で呼ばれたくはありませんしこうして会話をするのも苦痛です。」
お前呼ばわりされた元婚約者は真っ赤な顔で怒りに震えている。
少し前までなら同じ伯爵家として対等な立場でいられたのだがマクドウェル家は今では国で一、二を争う大企業の主なのだ。クリスティンはその一部を16歳という若さで経営していると聞く。パウエルは両親からこっ酷く叱られた。婚約破棄した理由が友人のオーウェンのせいなのは納得いかない。確かにリリスが没落した事を笑っていたしあちこちでペラペラ話したりもした。傷もの令嬢はまともな結婚相手も見つからないから親戚の叔父でも紹介してやろうかと言って笑った記憶もある。だが事実だろう?俺は何も悪くない。
「・・・リリスの居場所を教えて貰えないだろうか。」
「リリスのまとめたノートは私から見ても神の領域でしたわ。私もよくお世話になりましたから。ですがあなた方お二人の最下位の成績はもうどう足掻いても無駄じゃなくて?教師が匙を投げるカウントダウンが始まっていると気が付いていて?」
同級生はとうの昔に気づいている。
教室では話すがプライベートでの交流は無い事に気づいていない様子だ。
この二人以外は茶会を開き親睦を深めているというのに。
「この学園は貴族なら誰でも入学出来るけれど卒業するのにはそれなりの成績が必要なのよ。幼稚舎卒の学歴にならないといいですわね。」
(ざまぁ)
クリスティンはこれ以降触れたら切れるジャックナイフと呼ばれる様になりこの話は後に王族にも届く事になる。
だが面の皮が厚いオーウェンとパウエルは高位貴族の婚約者を探し始めた。
婿養子に入ればなんとか生きていけるだろうと考えたからだ。
「今度の夜会に出れば父上か母上が誰かを紹介してくれると思う。どちらかが上手くいけばその友人を紹介する事にしようじゃないか。叔父上や叔母上も来るんだ、同じ歳でなくとも歳上でも歳下でもかまわない。」
「そうだな、歳上の女性なら行き遅れを気にして決断は早いと思う。」
どうしようもない二人は夜会の為に髪や肌を整えた。