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4.侯爵家での勤めを終えたリリス

半年などあっという間に過ぎる。

リリスはジェレミーに制服を着せてやっていた。


「着る順番を覚えてくださいね。ボタンは上手です!お利口ですね。」

「馬鹿にするなよ、リンジー!あとはネクタイだけだからな!」


侯爵様やそのご友人に制服姿をお披露目するのだ。

隣室に丸聞こえなのだがジェレミーは一生懸命ネクタイと戦っている。




「あの怪獣坊主を良くあそこまで育てたな。まだ16かそこらだろう?」

「有り難いよ。息子があんなに懐くなんて初めてなんだ。何回シッターを変えた事か。」


そんな会話が聞こえてくる。

こんな小娘に大事な一人息子を任せきりにして親としてどうなのかとリリスは思う。

忙しいのはわかる。

だが息子を思うなら夫婦のどちらかだけでも眠る前に帰り抱きしめてやればそれだけでジェレミーも安心するのではなかろうか。

休日も屋敷にいて同じ部屋にいるのにジェレミーの話に頷くだけだと聞いた。

これはジェレミーが悲しそうに話していたので真実なのだろう。

それでいて二人目を作ろうかと話していたのを聞いた時にはひっくり返りそうになった。


(夫婦の仲が良ければ子供は良い子に育つのかしら)



侯爵家はリリスに大変良くしてくれた。

給金はとても良かったし週末の休みの日には邸の図書室を自由に使わせてくれた。

此処にはとても高価な珍しい書物が沢山あり休日でも行く当てのないリリスの唯一の憩いの場になったのだ。


「ふぅん、君この本が読めるんだね。」


うっかり寝落ちしてしまった時に話しかけてきた男性はいまだに誰だかはわからない。



(寝起きで顔を覚えていないけれど既婚者って感じじゃなかった気がするわ)


「ジェレミー、いつまでも泣かないのよ。リンジーが困ってしまうじゃないの。」

「そうだ、ジェレミー。リンジーに叱られたくないだろう?」


リリスはジェレミーが泣いても困らないし叱ったりなどしない。我が子を慰めるのに他人を使うのは卑怯な気がする。


(行きたくないと泣いて抱きついているのが自分達でない事は何とも思わないのかしら。)


ジェレミーが泣いて泣いてリリスのお仕着せを涙でぐしょぐしょにし、引き剥がさねばならない程抵抗をし漸く彼は学園に連れて行かれた。

売られて行く子牛のようなジェレミーを見送りながらもう会えないだろうなと寂しさが心にのし掛かる。

だからまた会えますよとは言えなかった。



リリスは明日から違う職場へ行く事になった。

所作も言葉遣いも合格だったので王宮の仕事を紹介して貰えたのだ。

他国の文字が読める事が知られて文官の補佐の仕事を勧められたがリリスは荷が重すぎると辞退してリネン室のメイドを選んだ。


「リンジー、今までありがとう。君には大変感謝している。これは謝礼だよ。給金とは別のね。明日からは王宮で働くんだ。リネン室の仕事はきついって聞くけど大丈夫かい?続きそうも無かったら部署替えを申請するといい。」

「リンジー、本当に貴方にはお世話になったわ。ジェレミーにとって貴方はとても良いお手本だったわね。明日から王宮勤務になるのでしょう?可愛い服を見つけたからプレゼントするわ。持って行ってね。」

「ありがとうございます。侯爵様、侯爵夫人。大変お世話になりました。お身体に気をつけてご自愛ください。」


忙しい夫妻の手間を取らせるわけにはいかないし、これ以上話す事もない。

リリスはすぐに王宮へ向かった。殆ど何も入っていない小さな鞄しか持っていなかったのに半年経った今は奥様から頂いた服の詰まった大きな鞄に変わり侯爵家を後にした。

不安でいっぱいだったあの頃より少しだけ自信がつき生きる気力も湧いたリリスは次の仕事も頑張ろうと思えた。



お祖父様、お祖母様、お母様


私は元気にやっています。もうそちらの領地で暮らす事はありません。平民になり仕事も見つけました。お母様、私の事は心配しないでください。そちらで幸せに暮らせますよう祈っています。返信は結構です。また手紙を書きます。お元気で。


リリス



リリスは王都の街で無事を知らせる手紙を出した。リリスが来るのを待っていただろうがどうせ戻っても婚約破棄された娘に良い縁談など無いだろうし領地の学校に行っても根掘り葉掘り聞かれて疲れるだけだ。


(もうどうでもいいわ。ひとりで生きるって決めたから。)


銀行で貯まった現金を預けて通帳を開くとリリスはニンマリと笑った。

貯金という趣味が出来た瞬間だった。


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