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3.侯爵家のベビーシッターになる

王宮、侯爵家、伯爵家に騎士団、それから商家の仕事まである。

つい最近まで伯爵家の娘だったリリスは当然王都の学園にも通っていた。大人しい性格に加えて目立たない容姿でもある。その為友人は少ない。破産するしか無くなった時に婚約者と友人に別れを告げた。

優しい友人はいつでも頼れと言ってくれたが彼女の両親はいい顔をしないだろう。

だからもう会うつもりはない。


(髪を切って染めたから名前を変えれば気づかれないかも知れないわ。侯爵家なら交流は無かったしいいかも知れないわね。)


「言葉遣いも立ち振る舞いも綺麗ね。貴方なら選び放題よと言いたいけれど何の仕事を探しているの?」

「どんなお仕事があるのですか?」

「まあ色々あるけれど住み込みと通いどちらにするの?それから決めないと始まらないわね。」

「住み込みで探しています。お掃除などの仕事があれば。」

「住み込みね、これがおすすめなんだけど短期なのよ。短期の仕事を繰り返して自分に合う仕事を見つけるって手もあるわ。まずは面接に行ってみない?侯爵家のベビーシッターよ。ベビーと言ってももうすぐ6歳になる坊やなんだけど。」



申し込みの用紙に名前を書いた。

リンジー、これが新しい名前だ。

自分で決めたのではなくクリスティンがくれた通帳の名前がリンジーになっていたからだった。



侯爵家は王都で1.2を争うほど広大な敷地の中に建っていた。門から屋敷まで歩く距離は住んでいた家から学園へ行くよりも遠かった。


「ふむ、若くて体力がありそうだな。息子はなにしろやんちゃ盛りでね。妻も私も仕事で朝から晩までかまってやれないんだ。週末は私も妻もいるから休みをあげるよ。半年間だけでいいんだ。半年すれば学園の寮に入れるからね。」


半年間住み込みで働けばいくら貯まるだろうかと考えながら宜しくお願いしますと返事をした。

この屋敷のメイド服は黒のスタンドカラーで汗で染粉が付いても平気そうだった。

何より大きな白いエプロンと足首の出る丈のふわふわのスカートが可愛い。


リリスはその日の夕方には小さな部屋を与えられた。

食事も貰えるし寝床もある。自分の事だけ考えれば良いなんて此処は天国かと大の字でベッドに倒れ込みそのまま朝まで眠ってしまった。



翌朝初めて会う坊ちゃんはくるくるの淡い茶色の巻き毛がよく似合う利発そうな子だった。


(私の髪色に似てるわね。今は焦茶に染めてしまったけれど)



「リンジー!どうしてリスはあんなに口に入れられるの?僕もやってみたらお父様がお医者を呼んで大騒ぎになったんだよ!」

「リンジーは空を飛ぼうと考えた事はない?僕はあるよ!大きな葉っぱを腕に付けて木から飛んだんだ!でもね、目覚めたらベッドの上にいたの。長い間動けなかったんだよ。そのときもお医者を呼んだんだ。」

「リンジーは目の見えない人の気持ちを考えた事がある?僕はどんな気持ちか知りたくて目隠しをして歩いたんだ。そしたらあの階段から落ちちゃってお母様に凄く叱られたの。その時はいつもと違うお医者が来たの。そんなに悪い事だと思う?」


ジェレミー坊やが大変知りたがりで大変活発で大変行動力がある事がわかった。

メイドがしょっちゅう変わるのは注意不届と言われて解雇されたからかも知れない。大切な息子さまに怪我をさせたら首になるのも当然だ。



「ジェレミー様は好奇心旺盛なのですね。これからは怪我をしてしまう前によく考えてみましょう。怪我をしてしまっては大切な楽しい時間を無駄に過ごす事になってしまいますからね。私はそのお手伝いをしに参りました。」


無邪気な坊ちゃんはリリスが気に入ったのか首に細い腕を巻きつけ飛びつくように抱きついた。

砂糖菓子の甘い匂いの坊ちゃんはリリスの頬にキスをするとよろしくねと言った。

どうやら合格点が貰えたようだ。


その日からリリスはずっと坊ちゃんの世話係になった。

朝起こしてから朝食も昼食も時々夕食までも共にし風呂に入れて眠りにつくまで側にいた。

朝から晩まで質問攻めなのだがリリスはゆっくり考えひとつずつ丁寧に返事をする。

ひと月が過ぎる頃になるとジェレミーはあまり聞いてこなくなり頭の中でゆっくり考える事を覚えたように見えた。

その代わりにリリスの事を知りたがる。


「ねえ、リンジーは独りぼっちなの?父上と母上はいないの?学園には行かないでいいの?家がないから僕の家に住んでいるの?ずっと僕の側にいてくれる?」

「ジェレミー様、私の両親は離婚しました。離婚はわかりますか?別々に暮らすという事です。両親が離婚したから住んでいた家を売りましたのでお仕事を探していたらウエッジウッド侯爵家を紹介して頂いたのです。ですからこうして可愛らしい坊ちゃんにお仕えする事が出来るのです。」


ぎゅっと抱きしめるとジェレミーはふにゃふにゃの笑顔を返してくれる。

本当に可愛い坊ちゃんなのだ。


「大好きだよ、リンジー。」

「ありがとうございます。私もジェレミー坊ちゃんが大好きです。坊ちゃんが学園の寮に入るまではずっとお側でお世話させてくださいね。」


寮の事は侯爵様から聞いているのでジェレミーは唇を噛み締めた。


「休暇で帰って来た時にはリンジーはもういないの?」

「まだわかりません。私のお仕事はジェレミー様が学園に入園するまでお側にいる事です。ジェレミー様、学園の楽しい事をかんがえましょう。私が新入生の時には歓迎会がありましたよ。もちろんお勉強もありますが遠足にも行きましたし狩りに行った上級生がバーベキューをしてくださいます。網で焼いたお肉は美味しいですよ。」


学園の楽しい行事の話をしてやるといつもの陽気なジェレミーに戻る。


(ジェレミー様は寂しいのね。ご両親は起きている間に帰って来ないんだもの。両親というものは居ても居なくても厄介ね。)


赤ちゃんのように不思議なポーズで眠るジェレミーに布団をかけると部屋を出た。

侍女頭に眠ったと報告をすればリリスの仕事が終わるのだ。


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