28.陛下
マクドゥウェル伯爵家の馬車でリリスは母と王宮に向かった。
クリスからは淡い色のドレスを薦められたのだが今着ているのはジ・ゼラル・ローシャンで着ていたブラウスとスカートだ。複雑で凝った作りの個性的な服はとても気に入っているのだが王宮向きではない。スカートもふくらはぎの半分くらいは出ているし何より生地が綿なのだ。
「お母様、これ気に入っているし可愛いんだけど陛下にお会いするのに向いてなくない?」
「そう?可愛いから良いじゃない。似合うわよそれ。私も買いに行きたいわ。」
「わあ!一緒に買いに行きましょう。ついでにお父様のお墓参りも出来るしね。」
「ぷっ、ふ、ふふっ。」
「なによー、私何か変だった?」
「変じゃないわ。あの人のお墓参りが服を買うついでなのが笑えただけよ。」
「だって形だけのお墓だもの。」
明るく笑う母も着ている服はめちゃくちゃ普段着だった。
なんなら朝食べたジャムをこぼして拭いた跡まで残っている。
「久しいな。なんと呼べば良いのだろうか。」
「そうね、もう離婚してますしロズウェルの名はもうありませんしね。平民と変わりありませんので昔みたいにシェリルと呼んでくださってもかまいませんわ。」
「平民ではないだろう?実家に戻ったと聞いている。」
「避難していただけです。リリスと同様姓はありません。ちょっと王子様?リリスから離れてくださいません?」
陛下と母が対面で座る部屋の窓際でリリスとアスランは二人を見守る様にしてソファに浅く腰掛けていた。
ずっと手を繋いでいるのを母は見逃さない。
「シェリルは何故二人の結婚に反対なのだ?我々の仲とは関係ないであろう。」
「誤解を招く言い方は相変わらずですわね。私達は何の関係もありません。」
「シェリル、冷たい事を言わないでくれ。私の初恋は叶わなかったが君を大切に想う心は変わっていない。」
「うわっ、きったなーい!」
陛下の言葉でアスランが紅茶を吹いたのだ。
ジェレミーの好きな娯楽本に同じような絵があったがまさか実際に見るとは思わなかった。
「すすすすまん、ち、父上?」
「あら、聞いていないの?陛下の初恋は私なのよ。ずっと求婚されていたけれどずっとお断りをしていたの。」
「お前が王妃などになりたくないと言うからだ!側妃に迎えたいと何度も頼んだろう?」
「いまだに飲み込みが悪いのねぇ。王妃にも側妃にもなりたくないし好きな人がいるから無理だと言ったでしょう?」
「ロズウェルなどと結婚しやがって!頭は良いかも知れんがあんな地味な男と!」
「陛下もまあまあ地味なお顔ですわよ。なんならレイリーのがミルクティー色の髪で華やかだったわ。」
リリスは恐れ知らずの母が陛下の後ろの護衛に斬られるのではと思った。
アスランは口をあんぐり開けたままびっくり顔をしている。
結婚に反対する訳がわかった気がする。
父の元にアマベルを送り込んだのは陛下だったのだ。
父と母の仲を拗らせるだけのつもりが取り返しの付かない事件になるとは思いもよらなかったのだろう。
拗らせて離婚した母を陛下はどうするつもりだったのかはわからない。
「あの女が捕まったならそれでいいわ。ロズウェルの名はもういりません。それからリリスは大学へ行かせます。結婚はそのあと考えましょう。」
「そうか。シェリル、大学の費用は王家が
「結構です。私を誰だと思っているの?さ、帰るわよリリス。」
背筋を伸ばし普段着を着たままの母が意気消沈した陛下よりも威厳があったのは確かだ。
そのせいでアスランまでも萎縮してしまっていた。
「アスラン、明日あの屋敷に会いに行くわ。待ってて。」
リリスは泣きそうなアスランの頬にキスをした。




