23.退職
リリスについて緊急で会議が開かれたのはシンのひとことが原因だった。
「父上、私はリリスを妻に迎えようと思います。婚約の許しを得たく参りました。」
陛下には正妻と四人の側妃がいる。
寵愛する正妃だけと共に生きたかったのだがそれは許されなかった。
王族として世継ぎを設けねばならなかったのだ。
陛下は愛する正妃を娶ると仕方なく同時に四人の側妃を迎え入れた。
次々と子宝に恵まれたが陛下は正妃との間に産まれた三人の子供だけを特別扱いする事で正妃を寵愛している事を示した。
陛下を父上と呼べるのは三人の子供しかいない。
だがシンは陛下を父上と呼んだ。それだけの覚悟を持って妻に迎えたいという事だ。
「何故ロズウェル伯爵令嬢なのだ。」
陛下はゆっくりと茶を飲みながらシンに尋ねる。
「ロズウェルの血を引く正当な後継者です。私はその血を守りたい。」
「お前の妻になるという事は社交界という表舞台には立てぬ、それを承知で娶るのか。」
「はい。既に彼女は平民ですし問題ありません。元々社交界などに興味もない筈です。」
リリスの父、ロズウェル伯爵は全くの無実が証明された。証明されたところで既にこの世から去ってしまっている。
だがやはりロズウェルの血筋は魅力的なのかリリスに縁談がいくつも届いているのが現実だ。
「お前の気持ちは心に留めておこう。」
陛下はリリスの身元引受人と四人の側妃、侯爵や伯爵を集めて話し合いをする事にした。
「はい、反対を向いてちょうだい。」
「寝ちゃいそうです、アリシア様。」
リリスは呑気に侍女頭に耳掃除をしてもらっていた。
帰国してからクリスに会おうと仕事終わりの夕方から出掛ける許可を貰いに行くとミハイル王子が王宮に来て貰えと言うので来てもらった。
ご丁寧にサロンを用意してくれたばかりか軽食まで並べられていた。
と、思ったらクリスとの楽しい逢瀬にミハイル王子も同席したのだ。
内緒の話などないのでいてもらっても困らないのだが同席する理由がわからない。
「あ、そうだ。ミハイル様、私王宮でのお仕事を辞めて街で働きたいんです。仕事はクリスに紹介してもらえるのでご心配なく。」
「変な仕事はさせませんのでご安心を。」
クリスティンは辞めさせるけど何か文句あるかしらと言う顔でミハイル王子を見る。
彼は何故か頬を赤らめてクリスティンを見つめていた。
「ならばリリスがいる間は毎日来てくれないか。」
「無理ですわ。私も色々と仕事がありますしこれでも学生なのです。大学へ行く準備もありますので。」
「では私が会いにいこう。食事をしながら話をしようではないか。」
ミハイル王子はクリスだけを見つめている。
リリスがピンときたくらいだからアリシアも気がついただろう。
(いつ好きになったのかしら)
「では私は退職して宜しいのですか?」
「うむ、致し方ない。やりたい仕事があれば引き留める理由もなかろう。」
「ありがとうございます。では退職の手続きをお願いします。」
こうして引き留められもせず簡単に退職が決まり少し寂しい気もしたが色々な面倒事に巻き込まれる事もなくなりスッキリしたのも確かだ。
「クリスティン嬢、私が君に会いたい時はどうすれば良い?」
(おぉ!ぐいぐいくるわ)
リリスの目が確かならばクリスは嫌がっていない。寧ろぐいぐいストレートは好きな筈だ。
「学園が終わる時間に迎えに来て頂けるなら少しくらいお茶を飲む時間はありますわ。私とリリスの大切な時間を奪わない事が前提ですけれど。」
「君達の友情の邪魔はしないよ。だから私との時間を作ってくれ。」
「承知しました。」
部屋の外に待機していたアリシアはもうリリスなど眼中にない。
大切な坊ちゃんの初恋(初恋かどうかは知らないが)を成就する使命感に燃えている。
こうしてリリスはサリーよりひと足早く退職する事が出来たのだ。
クリスにお願いしていたのは街中の家だ。国一番の大企業の娘は前から決まっていたかの様にリリスの部屋を用意してくれた。
「あの新婚さんの近くがいいんでしょ?空き店舗があるからその上に住みなさいよ。お店は暫く空けたままにするから騒いでも大丈夫よ。私もしょっちゅう寄るから家具は一緒に決めましょう。家賃なんか要らないわ。私の稼ぎがどのくらいあるか想像出来るでしょ?」
陛下よりも裕福なクリスに甘える事にしたリリスはうきうきと街をぶらつく。
一生懸命に働いてきたし少し休んでクリスと勉強をするのも楽しいかなと考えていたら腕を掴まれた。
「みーっけ、会いに来てって言ったのに冷たいなー。」
金色の短い髪をしたアスランだった。
短い髪のせいで今まで隠れていた瞳がはっきりと見える。
「一瞬誰かわかりませんでした。オッドアイなんて珍しいですね、アスランにピッタリです。」
「ありがとー、リリスならそう言ってくれると思った。にこにこしながら歩いてるなんて珍しいよね。何かいい事あった?」
「はい。王宮のお仕事を辞めました。これで面倒な事に巻き込まれるのはおしまいです。」
面倒な事。
アスランは頭の中で呟いた。