19.爆誕!気狂いオーウェン
婚約者が決まらない。
オーウェンは顔には出さないもののかなり焦っていた。
リリスと婚約していた時でさえ釣書が届いていたというのに。
ホワイト伯爵家は指折りの古い名家だ。
国で一番大きな領地を持つ父親のホワイト伯爵は領地で過ごす事も多かったが厳格な伯爵は妻に子供の教育を任せきりにせず立派に育て上げたつもりだった。
だが蓋を開ければどうしようもない息子に育ってしまった。一体どこでどう間違えてしまったのだろう。
「くそっ、将来ホワイト伯爵夫人になれるんだぞ、何が不満なんだ!」
クリスティンに婚約破棄をされた友人は先日婚約が決まった。王都では良い縁談は望めず母方の遠縁にあたる商家の娘に白羽の矢が立った。
楽して生きて行きたい彼は喜んでその話に飛びついた。勉強は出来ないがお喋り上手なあいつにはピッタリだと思う。
(俺は王都から出たくない。父上の後継は俺しかいない。)
それでも卒業できなければ話にならない。
オーウェンの父は仕方なく家庭教師を雇った。
これ以上馬鹿が外にバレない様に親類から一番出来の良い者を探してきたのだ。
親類にあたる家庭教師はお喋りな部類の人間で知りうる限りの話をしてくる。子爵家の次男なのだが兄が後継ぎの為仕方なく働いているのだ。
お喋りは人の気を引きたいが為の彼なりの処世術なのだろう。
「たしかロズウェル伯爵家のご令嬢と婚約されていましたよね?少し前にお見かけしましたよ。」
「どこで見たんだ?」
「大通りですよ。ほら、高級な店が並んでいる方の。一際大きなドレスショップから出て来たのをみたんです。」
(まだ王都にいるのか、母君と王都に戻って来たのか?)
「とてもお綺麗なお嬢様ですね。ミルクティー色の髪がお美しい。従者を連れてお買い物をされていましたよ。」
「従者?」
「はい。侍女らしき女性とあとは荷物を持たされた従者が何人かいましたが。」
オーウェンは心の中でほくそ笑んだ。
リリスが貴族として返り咲いたならまた婚約を結べば良い。従者がいるならば前よりも良い暮らしをしている筈だ。それならば父も手放しで喜んでくれる筈だ。
(あの辺りの屋敷を探せばすぐに見つかるだろう。)
だが何処を探してもリリスは見つからない。
オーウェンはクラスメイトや知り合いの茶会に積極的に顔を出すがリリスは見当たらなかった。
「オーウェン、リリス嬢を探し回っているらしいな。何故だ?」
「父上、やはり私にはリリスしかおりません。大人しく従順な彼女ならば私の妻に相応しいかと。」
「そう思ったからこそ婚約を結んでやったのだ。お前が解消の話を断りさえしなければあの娘は婚約者でいられたのだ。苦労する事なく我が家に迎え入れるつもりだったのだ。お前が余計なことをしなければな。」
「ならば探してまた婚約を。」
「探しても見つからんのだろう?みっともなく探し回るのは止めてくれ。お前の相手は母方の親族から選ぶつもりだ。」
父上にピシャリと言われたら終わりだ。もう探す事も許されない。あとは知らぬ娘と番になるだけだ。
オーウェンの気持ちは彼の中で大きく膨らんでいた。
彼の頭の中はリリスの笑顔で溢れていた。
実際リリスはオーウェンに笑顔など向けた事はないのだが美化され妄想のリリスは透けそうなドレスに腰まで届く長く淡い髪を靡かせオーウェンの腹に跨っている。
妄想の中のリリスを撫で回すといくらか気分が落ち着く。
「もしや何処かに嫁がされたのか、望みもしない結婚など、俺が助けてやらなければ、待っていろ、リリス。探し出してやるからな。」
父親があちこち奔走して息子のやらかしの尻拭いをしている事など知る訳もなくオーウェンはリリスの事しか考えられなくなって行った。
人前では辛うじて意識は保っているが屋敷では誰が見てもおかしい。
ぶつぶつとリリスの名を呟き部屋やバスルームを汚す事が増えて行く。
ホワイト伯爵は取り敢えずリリスを探す事にした。
あわよくば息子の嫁に、それが不可能ならば暫くの間婚約者のふりをしてもらおう。
こうしてリリスは密かに捜索願いが出されていたのだ。