18.クリスティンの心配事
第二王子ミハイル
二番目に妃となったシェリルの第一子である。
双子で産まれた女児の身体が弱くミハイルはずっと祖父母の元に預けられ育った。
学園に入る年に漸く王宮の母の宮で住むことになりその頃から今の侍女アリシアが世話をしている。
飄々としたアリシアは侍女の仕事をしているだけではなさそうに見えた。
だが常にミハイルを中心として動いているのはわかる。
ミハイルに関わりを持つ人間はアリシアの行動に表れているからだ。
アリシアが心許した者に害はない。
彼女の相手に対する接し方から同じ様に接すれば良い。
(だから私に優しい。アリシアが私を気に入っているから。)
「アンジェリーナ様のお兄様から夜会のパートナーの申し込みをされたわ。」
「そっか、15歳から社交界デビューって言っていたわね。ドレスの色を合わせるの?クリスはあれを着るんでしょ?あのセクシーなやつ。」
「そうなのよ、あれは私が開発したとっておきの生地なのよ。今までのドレスよりも露出が多めだけどいやらしくないでしょう?あれに12センチのヒールを合わせて作ったのよ。わかる?」
なるほど、リリスよりも少し背の高いクリスがピンヒールを履くと王子の身長を超えてしまう。
まだ15歳のフェリクス王子は成長過程にあり身長は高いとは言えないがそのぶん顔はとびきり整っている。
二人で険しい顔をして唸っているとミハイルがやって来た。
クリスと再会してからベッタリくっついているので向こうから会話に参加しにやって来るのだ。
意外と寂しがりの彼は今日はフェリクス王子もアンジェリーナも一緒だ。
「わあ!クリスティン様、着てみてくださらない?素晴らしいわ!この光沢!うっとりしてしまいます。私も15になったら同じ物を作ってくださらない?」
「姫様がデビューする頃にはもっと別な流行があるかも知れませんよ。もっと素敵な生地が生まれるでしょうし。」
「それでもこれが着たいわ。本当に素敵なんだもの。」
クリスはうんうん頷きながらそうでしょうとも面をしている。そしてちょっと失礼してと言って素早く着替えて来た。
後ろ側の裾は長いが前側はピンヒールが見え隠れする長さで隠れがちな靴を中心に考えられたドレスとも言える。
「この靴は何種類か作ったの。バックル付きや足首にベルトのあるタイプなんかを。でもこのシンプルな物にしたわ。エナメルが美しいでしょう?このソールの間の金がチラッと見える所とか裏側の色にも拘ったわ。」
「クリスは服も好きだけれど靴も好きよね。ムカデよりも沢山持っているんだから。」
ニコニコとクリスティンの話を聞いていたフェリクス王子が隣に並ぶ。
「やはり僕の背を抜いてしまいますね。ですがこの靴とドレスを着たクリスティン様のバランスは最高です。」
「背中も美しいな。飾りがひとつもなくても高級感が溢れている。宝石で雰囲気は変わるだろう。」
「お母様が見たら奪われちゃうわよ!あぁ素敵!お兄様が霞んじゃうわ。」
クリスのドレスを近くで見たいと側に寄るミハイルはクリスの髪をアップに持ち上げて頷いている。
この方は誰にでもこの距離なのだ。
だから多くの女性から好かれるしモテるのだろう。
「パートナーを交代したらどうかしら。」
リリスの何気ない声に皆が黙ってしまった。
「えっと、申し訳ありません。唯の独り言です。忘れてください。」
「待って、リリス。それもありかも知れないわ。リリスも着替えて並んでみて。」
頬杖をついてうっとりしていたアンジェリーナが両手をパチンと合わせて名案だと言った。
リリスのドレスに合わせた靴は踵が低い。リリスがヒールが苦手だからだ。
フェリクス王子と並ぶと少し低いリリスと程よいバランスに収まった。
「こうしてみるとお兄様とリリスもお似合いね。ダンスの練習をしたら良いんじゃない?あーあ、私も夜会に出たいわ。」
「アンジェリーナ様、我が国では年齢など関係なく招待されれば出られますよ。」
「え?そうなの?出たい、出たいわ。招待してくださらない?」
「冬の始まりに我が妹達の為の夜会が開かれます。どうぞ姫様もいらしてください。夜会と言う名の婚活パーティーですよ。」
アンジェリーナにとって名目などどうでもいい。
夜会で素敵なドレスを着たいのだ。
パートナーの変更はこの場ですんなり行われた。
リリスのドレスに合わせてフェリクス王子の衣装が選ばれ当日は髪から化粧まで王妃様の侍女が快く満面の笑みを以て引き受けてくれついでに王子のお気に入りのあれこれまで教えてくれる。
リリスの短い髪を器用に編み込んでふっくらさせると小さな花のピンを散りばめた。仕上げに細いリボンを結ばれる。
これはフェリクス王子の気に入りの髪型らしい。
ついでに言うと可愛らしさを足して幼く見えるように淡いピンク系の化粧をされている。
(誤解があるようだけど私は代打だから。)
王子のパートナーだと騒つきもあったが王子は持ち前の明るさで身長的にリリスがピッタリでミハイル王子と交代したのだと説明をしてくれた。
明るく社交的なのはミハイル王子に似ているが無邪気さが全く違うとリリスは感じた。
これは両親に愛されて育ったからだとリリスは知っている。
「ミハイル殿下、私との関係も誤解を解いてくださいね。」
「ふっ、誰に誤解されては困るのだ?お互いに独身なのだから問題ないだろう?」
「大人の対応ですわね。リリスにも同じ事を言いましたか?」
ミハイルはこれを嫉妬だと受け止めた。
もしかしたらクリスティンは最初から自分と夜会に出たかったのではと思うと大胆に開いた華奢な背中に目が行き腰に添える手に力が入る。
「私の妃にならないか?」
突然の言葉にクリスティンは耳を疑う。
12センチのヒールを履いてもまだ高いミハイルを見上げると彼は真剣な眼差しでクリスティンを見下ろしていた。
「リリスも私も妃に召し上げるおつもりですか?」
「君達が望むならそうしよう。私の宮で仲睦まじく暮らせるぞ。」
「殿下、私は私だけを愛してくださる方と共に生きたいのです。リリスにもそれを望みます。」
怒らせてしまうかも知れないがクリスティンの本心だ。国で一番の商家であり伯爵の娘としての地位は揺るがない。断ったところで縁談など王子よりも多いだろう。
「私の機嫌が悪くなるとは思わなかったのか。」
「思いましたが本音を話しても受け止めてくださる器の大きさを感じましたので。」
クリスティンはうまい。
これは怒る訳にはいかない。
「17歳とは思えないほど君は大人だな。そのドレスも良く似合っている。」
「ありがとうございます。地味顔ですので化粧でいくらでも変身が可能なんですのよ。リリスも化粧で随分と変わりますわね。あの姿をオーウェンが見たら黙っていないでしょう。」
「リリスの元婚約者だな。父親のホワイト伯爵は仕事の出来る男だ。息子には頭を悩まされているだろう。人探しをしている様だが何か知っているのか?」
「ホワイト伯爵がピシャリと言ってくださるといいのですけれど。オーウェンがリリスを探して回っています。ホワイト伯爵の名を使うので無碍に出来ずに皆困っているのです。」
「リリスが大切なのだな。」
「はい、とても。リリスの幸せを願わずにはいられません。」
大人びたドレスを着たクリスティンがくしゃっと笑った。
その顔は年相応に見えてミハイルの脳裏にいつまでも残ったのだった。