17.商談
リリスは無意識に何度も唇を触っている。
アスランは何故キスをするんだろうか。
そんな事を思いながらアンジェリーナの住む王宮へ向かっていた。
「リリス!何処に行っていたの?やっと勉強が終わったから遊ぼうと思ったのに!」
アンジェリーナは学校へは行かずに家庭教師が何人もいる。他国から客人が来ていても勉強の時間は決まっていて夕方までスケジュールは埋まっていた。
「申し訳ありません。お店が珍しくてずっと歩いて楽しんでいました。」
「もう!ひとりで行くなんて!危ないじゃない!私を待っていてよ!」
「はい。今度は一緒に行きましょう。アンジェリーナ様のお好きなお店に連れて行ってください。」
「勿論よ。リリスとまたお揃いの服を、あっ、そうよ、やっとなのよ!」
何がやっとなのかと言うと商談相手がやっと取引に応じてくれたらしく明日の昼に到着するらしい。
「この国はね、ファッションの最先端なの。だから世界中の生地を取り寄せたい。ずっと前から希望していた大きな商会がやっと来てくれるのよ。お母様が大喜びだわ。」
「そうなのですね。取り引きが上手くいくように祈らなくてはなりませんね。アンジェリーナ様も同席されるのですか?」
「したいんだけど。隣の部屋にいるくらいしか許されないわ。」
頬を膨らませてプンスカするアンジェリーナはまだ子供だ。初めて会った時はもっと幼い話し方だったのだがあれは演技だった。
幼いふりしていた方が何かと便利だからだそうだ。
(ミハイル様のお仕事は済んだのかしら。私はあまり必要無かったけれど。)
そう思った翌日、何もやる事がなく荷物の整理でもするかとトランクを広げているとミハイル様が呼びに来た。
取引先とは我が国の商会だったらしい。
王子がいれば心強いと言う事で同席するにあたり通訳が必要になったという訳だ。
急遽身だしなみを整えて部屋へ向かう。
王妃様が同席されている事に驚いたがそれよりも驚いたのは。
「リリス!」
「え?クリス?」
商談に応じていたのは壮年の男性が二人と懐かしいクリスティンだったのだ。
「お二人はお知り合いだったようですね。リリス、貴方のご友人なのかしら?」
何故か同席されている王妃様が二人の再会を楽しそうに見つめている。
「失礼致しました。私とリリスは親友なのです。リリスの家の事情により長らく会っていませんでしたがまさか此処で会えるとは。」
「泣かないで、クリス。まずはお仕事を優先しなくちゃ。」
うへー、おったまげー
ジェレミーの口癖が頭に浮かぶ。
たかが服の生地だと思っていたがこれ程の額が動くのだと知りリリスは通訳しながらびびっている。
両者笑顔を絶やさないがどちらも駆け引き上手なのはわかる。
生地を持って来ました、はい、買いましょうではなく工場を作るというスケールの大きな話に夢があるなとリリスは思う。
「明後日の夜会にあなた方も招待しても宜しくて?」
「はい、喜んでお受けしますわ、王妃様。」
取り引きは上手くいったのだろう。
そのお近づきの印に夜会の招待状を頂いたのだ。
「リリス、貴方もよ。あなた方の国のドレスは世界一と言っても過言じゃないわ。服では負けないけれどドレスはね。私も先日作って貰ったのよ。さ、リリスと積もるお話もあるのでしょう?」
クリスティンはリリスをぎゅっと抱きしめた。
「這い上がってくると思ってたわ。まさかこの国にいるとは思わなかったけれどね。しかも第二王子の婚約者ですって?」
「婚約者候補よ、それも偽のね。単なる通訳だから。」
「ふぅん。偽物には見えなかったけど。」
ミハイルはリリスとクリスティンを応接間まで送ってくると部屋から出る時にリリスの額にゆっくりするといいと言ってキスをした。
だから誤解されているのだ。
「今は何者でもないけれどロズウェル博士の娘ってだけで王子の妃になるには充分よ。学園は卒業出来なかったけれど15才で最終学年の試験に合格した実績も足したらお釣りがくるわ。」
「やめてよー。妃なんて考えた事もないから。妃になんてなったら気軽に街にも行けなくなるわ。」
「護衛を付けて行けるわよ。妃の座に収まれば苦労しなくてよくなるじゃない。愛してなくても少しの好意があれば良いと思うな。妃はひとりだけじゃないだろうし。」
確かにそうかも知れない。
妃はひとりだけではないだろう。
陛下には五人も妃がいる。
「第二王子はリリスの事が好きよね。愛される幸せもあるわ。ゆっくり恋愛するパターンね。」
恋愛に発展するだろうかとリリスは考えてみた。