16.再会
どっかの国の王子が姫様に会いに来てるんだってよ
昼間から働きもせずに酒を飲みながら煙草の煙が充満した中でケインは言った。
「姫様なんてまだ10かそこらのガキじゃねぇの?」
「知らねぇけど王族なんて歳関係ないだろ。」
この部屋の主人はケインだがいつも5、6人の若者が入り浸り昼も夜もなく気怠い雰囲気に包まれていた。
その主な原因は気分を高揚させる薬なのだが男同士で睦み合う姿をアスランはぼやっと眺めていた。
「アスラン、お前も来いよ。見てるだけなんてつまらないだろ?」
「んーー、僕はいいや。なんかそんな気分じゃないから。ちょっと出かけて来るよ。」
「頼むよ、アスラン。触ってくれよ。」
ケインはアスランの腕を引っ張るとキスをした。
薬の使用による臭い息はアスランにとって耐えがたい匂いだ。
「また来るよ。」
笑顔でその場を去るとアスランは裏路地で吐いた。
同性愛に偏見はない。それは個人の自由だ。
けれど薬が元で男娼になった者がいるのも知っている。
アスランは賑わう商店街を歩いた。
むかむかする胸にずきずきする頭を抱えてひたすら目当ての店に向かって歩く。
真新しい店が立ち並ぶ中にポツンと一軒だけ古びた佇まいの店がある。
そっと開けなければ壊れそうな扉を開くと古びたアンティークの品々が並ぶ店内に似つかわしくない女性が立っていた。
空色のピンストライプのシャツに同柄の複雑な形のスカートを合わせた若い女性だ。
「アスラン?」
「・・・リリス?」
ふたりは何故こんな所でとお互い不思議な顔を見合わせていた。
「ミハイル様の通訳として参りましたがあまり必要無かったようで街を歩いていました。」
「ふーん、なるほどね。僕の好きそうな店を見つけて入ったんでしょ。」
「はい。お土産に何か買おうかと思いまして。」
「ははっ、じゃあ自分で選んでもいい?それとも手に持っているそれは僕の?」
リリスは鍵の形をしたネックレスを持っていた。鍵には蔦が巻きつけてあり小さな鳥が3羽彫ってある手の込んだものだ。
「あ、これは自分に。私がいつも着けているネックレスも鍵のチャームが付いているのですが小さくて。この服には大ぶりなチャームが可愛いと言われましたので。」
「見せて。」
アスランが見たかったのはいつも着けているネックレスの方だった。
シャツのボタンをひとつ外すと指でゆっくりチャームを持つ。少し錆びているが銀製の物で小さな鍵がふたつついている。
「これも可愛いね。大切なんだろう?ちゃんと服の中に隠しておきなよ。こっちのは僕が買ってあげる。」
「いえ、自分で買えますから。」
「じゃあ交換しよう。僕のを君が買ってくれればいい。」
アスランは何度もこの店を訪れているようで店主に耳打ちをすると店主はジュエリーボックスを出して来た。
「見てー、指輪。これはものすごーく価値のある古いものなんだよ。微妙なデザインのが多いんだけどさ、これ!これは良いよね。これを買ってよ。」
雰囲気に流されたリリスは一文無しになってしまった。
「足りない分は国に帰ったらお返しします。」
「高すぎるって文句は言わないの?」
「・・・あまりにもーー、似合っていましたので。」
ふたりは遠い異国の地をぶらぶらと歩いた。
真っ赤だったアスランの髪は随分と色が抜け落ちて金色になっている。この国に合わせて買ったリリスの服と同じようにアスランもリラックスした服を着て耳や腕や首にアクセサリーをつけていた。
「これ美味しい。」
「チーズがとびきり美味いよね。これを輸入してくれれば良いのにさ。」
「まって、ちょっと手を離してください。チーズが落ちちゃう。」
一番美味しい部分のチーズは地面に落ちてしまった。
アスランが手を離してくれなかったからだし突然キスをしてきたからだった。
「楽しかったよ、リリス。もう行かなくちゃ。国に戻ったら僕の隠れ家に来てよ。」
「隠れ家?」
「そう。そうやって敬語を使わないで欲しい。」
「・・・うん。隠れ家に行く。」
「ははっ、カタコトになっちゃうの可愛い。俺もあと10日くらいで帰るからさ。会いに来て、絶対に。」
アスランはリリスをぎゅっと抱きしめるとまた軽いキスをして何処かへ行ってしまった。
(俺?)
リリスは秘密だらけのアスランが気になってしょうがなかった。