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15/32

15.急に距離を縮められても

偽の婚約者候補なのにミハイルは船の上から距離が近い。いや、それより前から近かった気もする。

こんな風に接していたら第二王子がとうとうロックオンしたと誤解されてしまう。

リリスは今甲板でミハイルに背中から抱きしめられている。寒くはないかと背後から抱かれ耳元で囁かれても大変困る。

船のあちこちにいる護衛や従者はまだしも侍女のアリシアなどにこにこ顔で覗いているに違いない。


「寒くありません。そろそろ部屋に戻ろうと思います。」

「そうか、では送ろう。」


エスコートなしでも部屋くらい余裕で戻れるのだが連れて行かれた先は部屋ではなかった。


「弾けるんだろう?」


この男はどこまで調べたのか。

リリスの唯一の趣味はピアノだった。

家庭内の嫌な雰囲気から逃れるように弾いていたので趣味とは言わないが家事をしなくてはならなくなった時にやめたのだ。


「以前は弾けましたがもう随分長い間触れておりません。」

「人払いをしてある。外に護衛はいるが気にせず弾けばよい。」


見上げるとミハイルは優しく笑っている。

確かに気にせず弾いていれば時間は過ぎて行くだろう。

この人と寄り添って会話をする時間が減るのはありがたい。


(嫌じゃないけど誤解されるのは面倒だわ)


「・・・聞くに耐えない音かも知れませんが。」

「防音の壁だろう。気にするな、俺は目を通さねばならん書類がある。夕食には迎えにくるからな。」

「はい、ありがとうございます。」


さすがに楽譜までは調べなかったようで初歩的なものから高度なものまで揃えられている。

リリスの怒りや悲しみを代弁する曲は限られていて、それらは楽譜を見なくても弾けるのだ。

楽しかった日々から段々と家族がバラバラになっていったあの頃を思い出しリリスは暫くピアノに取り憑かれたように音の世界に浸った。


「可愛らしい容姿とは真逆の曲ばかりだな。」


すっかり陽が落ちて暗くなった部屋に入って来たミハイルはリリスの涙を拭った。

涙が流れている事は知っていたがまだ泣けるのだと思うと悔しかった。


「あまりの下手さに涙が出ました。」

「嘘だろ。」

「嘘です。」

「あまりの上手さに泣いたのか。」

「はい。」

「そう言う事にしておいてやろう。」




「ジ・ゼラル・ローシャンへようこそ。待っていたわ!リリス!」

「お招きありがとうございます、アンジェリーナ様。」

「待っていたわ!うふふっ、ロマンスと一緒に来たのね!お母様のわくわくが止まらないの!」

「何の事でしょう?」


婚約者候補として来た事だと知っていてとぼけてみたがお年頃の女の子は恋のお話が好きなのだ。

船を降りて王宮までずっとミハイルはピッタリくっついているしリリスを見下ろす笑顔は愛情すら感じる。

これは誤解を解くのが大変そうだとリリスは小さな溜息を吐いた。


「没落してしまった貴族の娘を見初めたお相手が王子様なんて!お母様の大好物なのよ。素敵すぎるわ!」

「アンジェリーナ様、見初められた訳ではありません。こちらへ来るのに婚約者候補だと都合が良いのでそうしたまでです。ミハイル様には他にも大勢候補がいらっしゃいますし。」

「でも普通は王子の名前呼びなんて許されないのよ?候補筆頭ね!リリスが王族と結ばれたら交流がしやすくなって私も嬉しいの。」


アンジェリーナはリリスをあちこちに連れ出した。

ジ・ゼラル・ローシャンは先進国だ。

建物の高さだけでも驚くが店の数は比べものにならない。

そのせいか人々は皆豊かそうに見える。

世界中から若者が集まってくるのよとアンジェリーナは話してくれた。


「良い面も悪い面もあるけどな。」

そう言ったのはミハイル王子だ。

裕福な家の若者に良からぬ薬が流行っているらしい。

リリスは父親を思い出した。


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