12.シン王子
リンジーと名乗り始めてそろそろ一年が経つ。
いつの間にか過ぎた誕生日で17歳になった。
誕生日を忘れてしまうのはいつもの事だがクリスティンから翌日にプレゼントをもらう事で思い出す。
今年はすっかり忘れていたがシン王子が思い出させてくれた。
「書類の記入大変だっただろう?でもこんなに審査にかかるはずないのに不思議なんだよね。それより君昨日が誕生日だったんだね。17歳おめでとう。」
「あ、そうですね。17歳になりましたか。ありがとうございます。」
「ふははっ、他人事だね。何か欲しいものあるの?服でも靴でもドレスでも買ってあげるよ。」
「いえ、お気持ちだけで。欲しいものが出来たらおねだり致します。」
「ははっ、おねだり!可愛いな。待ってるよ。」
前にも言われたなと思う。王子とは誰かに服や靴を贈りたい生き物なのだろうか。
新しい仕事は異国語を翻訳する事で主に手紙を訳している。リリスにとって自国語と変わらないので仕事という感覚はない。
「リンジーは父上がダズリンの生まれだから簡単だろう?僕の母上も他国出身なんだよ。だからシンって珍しい名前なんだ。他に得意な言語はあるの?」
リンジーは机の上にいくつか乗っている用紙を指差した。
「こちらも読めます。専門的な言葉はわかりませんが。」
何故わかるかというと父が自分の弟子として住まわせていた女の国の言葉だったからだ。
彼女自体は優しく聡明な人だったのは覚えている。
リリスが彼女の母国語を覚えたのは会話をしていたからだ。
だが実は父の愛人だったと随分後から知り何とも言えない気持ちになった。
今思えば母の様子がおかしくなったのはあの頃だと思う。
「会話をしていたので自然と覚えましたが父の愛人だとは思いもしませんでした。」
「すごいね、君。会話だけで覚えたって事だろう?正式にここで働きなよ。人の出入りを制限してあげるからさ。知り合いに会いたくないんだろう?洗濯係の5倍の給料がもらえるよ?」
シンはリリスを絶対に逃さないと決めた。
あの博士の血筋をやすやすと手放すものか。
(愛人だったのは君の父上のほうなんだけどね)
「正式に依頼させて貰うね。僕は第三妃の長子で主に外交の仕事をしている。見ての通りまだ成人していないから今はまだ単なる補佐だけど語学が堪能でね、かなり重宝されているんだよ。将来的には僕が任される事になる。だから有能な子を今から確保しておきたいんだ。」
「わかりました。上司と相談してからお返事いたします。」
シンは小さく舌打ちをした。リリスの上司であるミハイルは第二妃の長子でシンよりも立場が上なのだ。
(根回し根回し)
「いいよ、僕から兄上に話しておくからさ。部屋も変わるなら手配するよ。メイドとは出勤時間が違うだろう。」
リリスは丁重にお断りをした。
メイド仲間のお喋りは楽しく訳ありのリリスにも普通に接してくれるのが嬉しいからだ。
リリスはそれをリハビリだと思っている。
シンは出世に対して貪欲だ。五人の妃の間に産まれた子供達の中でも自分が優秀な部類にいるのを知っている。
母親の地位が低くとも将来有望なのは間違いない。
陛下はまた若くお元気だ。息子に後釜を譲るのはまだまだ先になるだろう。
(俺がその地位を奪ってやる)
陛下に恨みはない。ただ頂点に立ちそこからの景色をみたいだけだ。
(賢くて従順な妻をもらわなきゃね、母上みたいに何をされても文句ひとつ言わないような。)
煩わしい家族も着いてこなければ友人もいないリリスはシンにとって都合がいい。
それだけだ。