11.サブカル男子
夜会も無事に終わりすっかり忘れかけていたシン王子に呼び出された。
「あれ?髪色いいね。その髪型も出来る女っぽくて僕好みだ。」
よくわからないのでとりあえずお礼を言っておく。
「何かいい事あった?前より表情が明るくなったね。それより探したよ、リネン室にいないからさ。今はどこの部署なんだい?」
「同じお洗濯ですが肌着を洗っています。」
「へー、若い娘さんが男の下着なんて抵抗あるでしょう?」
「もう慣れました。名前が書いてある訳ではありませんし。」
「ふぅん。慣れたとこ悪いけどさ、ひと月くらいでいいから僕の補佐をしてくれない?」
最近知ったのだがリリスの上司を辿って行くと頂点はミハイル殿下だった。なので簡単に返事は出来ない。
「ミハイル王子殿下にお伺いを立てないとお返事出来かねます。」
「人事担当だからなぁ。兄上に直接聞いてみるよ。何か言われたら君からも前向きに検討したいって言ってね。」
前に会った時よりも随分とくだけた話し方でアスランを思い出した。
リリスは休みになるとアスランの所へ行くようになった。
不思議な独特の雰囲気を持つ彼と話すと心が休まる。
とても古い時代の家具や食器は今よりもっと丁寧に細工が施されて価値があると聞いた事がある。だがアスランの集めている物たちは少々異なり異形の燭台や香の瓶など黒魔術を匂わせる。敷物やカーテンだけでなくソファにも異国の香の香りが強く染み付いていた。
「リリスの父上はさ、僕はロズウェル博士って呼んでたんだけど薬の研究をしていたんだよね。知ってた?」
「はい。詳しくは聞かされませんでしたが。」
「聞かなくて正解かもね。ある病に効く薬を研究する前段階でさ、人をダメにする薬が出来ちゃったんだよ。それを別の研究員がこっそり持ち出して密かに出回ったんだ。毒と薬は紙一重って言うんだっけ。今でも高位貴族の間で高額で取り引きされてるんだよ。」
アスランは何が言いたいのだろう。それよりも何故父の事をよく知っているのだろうか。
「博士は今どこにいるのか僕も知らないんだ。何故居なくなったのかもわからない。だからリリスが負い目を感じなくてもいいと思うよ。」
負い目は感じてないが人からはそう見えるのだ。
シンからそう見えているとしたらアスランからはどう見えているのだろう。
アスランが何者なのか普段何をしている人なのかリリスは知りたくてたまらなかった。
迷惑そうな顔をしない事に甘えて何度も通ったある日の事だった。
「リリスは僕の事好きでしょ?僕がどんな人かも知らないのに惚れちゃだめじゃん。悪い事してるかもよ?男同士抱き合って淫らなことをしているかもね。」
「好きです。でも恋をしているつもりはありません。アスランと話すと心が軽くなるんです。私が来るのはご迷惑でしたか?」
「迷惑じゃないよ。そっかぁ、ごめんね、僕の思い上がりだったよ。ははっ、勘違い野郎だね。」
「いいえ、恋に変わらないとは言い切れませんし。そうなっても何も望まないと先にお伝えしておきます。」
かなり屈折しているなとアスランは思った。
タトゥーをいれて赤い髪をしたガラの悪い男を怖がらないとは。普通の貴族の娘ならばそばに寄ることも目を合わせる事もしないだろうに。
更に男色と聞けば怪訝な顔をされるか汚いものを見る目に変わるに決まっている。
「リリスは人付き合いが苦手?」
「そうですね、父がいつも女の人と関係を持っていたせいで家族の仲は最悪でした。それが原因かと思います。」
「幼少期の環境は大人になっても影響するよね。僕は女の人が苦手なんだ。だから男色なんだよ。それとは関係ないけれど皆んなが好む物に抵抗がある。誰にも気に入られないような物ばかり集めてしまうんだ。」
アスランは時々自分の事を話してくれる。
けれどその話は二人の間に距離を感じさせる話し方でもう来ないでくれと言われているように感じた。
「リリス、来週から暫く旅に出るんだ。お土産買ってきてあげるね。」
アスランはリリスにキスをした。
おでこでもなく頬でもない。
「隙だらけだなー。深い意味はないからね。僕の挨拶だから。」
「はい。調子に乗らないようにします。」
赤色の染めが薄れてきているのが見える。
薄暗い部屋の中ではわからなかったが鼻と鼻がぶつかる距離で漸く金色だとわかった。
伏せられた睫毛が金色だったからだ。
「リンジー!聞いてるかい?ぼけっとしてるけど具合悪い?」
「申し訳ありません。考え事をしていました。」
「王子の前でなかなか良い度胸をしてるじゃないか。益々気に入ったよ。」
リリスがシン王子の補佐の仕事を受けるまでに様々な手続きと審査があり面倒で断りたかったがアスランに会えずに暇なので仕方なく従った。
平民扱いではあるが過去の事を調べ上げた上で判断が下されるのだろう。
審査に通らなかったとすればそれは父のせいに違いない。
その一方でミハイル王子が猛反対していた事をリリスは知らなかった。