10.珍獣オーウェン
リリスは髪をひっつめにして結ぶ事にした。ピンで前髪をあげると雰囲気がガラッと変わり別人に見える。
「着地点はそこになったのね。」
「はい。侍女頭さんリスペクトヘアです。」
「いいじゃない。似合うわよ。今夜は夜会だもんね。洗濯物はいつもと変わらないけどさ。」
「平和ですね。でも知っていますか?一列空いてるんですよ。どなたかお洗濯物を出さなくなった方がいるようですね。」
「ほんとだ。・・・死んだ?」
「ふっ、ふふっ、不敬すぎますって。」
「笑えるようになったのは良いけど死ネタで笑っちゃダメよね。」
サリーは以前自分の身の上話を教えてくれた。リリスが思っているよりずっと過酷な幼少期を過ごし明るく笑っているのが不思議なくらいだった。
話してくれたつらい過去は私の胸に留めておこうと思う。
だから自分の事も聞いてもらったらサリーはやっぱり良いとこのお嬢様だったんだと言った。
「実はわたし夜会のメイドに呼ばれたんだよねー。オードブルとかを補充したり空いたお皿を下げるだけって言ってたの。見た目が良いからだってさ。ちょっと嬉しいわ。リンジーは裏に待機するんでしょ?」
「そうなんです。知り合いに見つかりたくないので。一応眼鏡も用意してもらいました。」
「元婚約者ってどんな人?カッコいい?」
「いいえ、ちっとも。」
「笑えるー、即答なんだ。」
「背が高いから自分はイケてると思っている勘違い男ですよ。背丈以外はいいとこなしです。」
「わぁ、辛口ーー。」
お前の部屋の前にウンコしてやる!
これはジェレミーに唯一叱った言葉だ。
この台詞を言う場面が訪れてもよく考えろと言っておいた。
心の中でなら叫んでもいいだろう。
夜会が始まってもリリスは暇だ。
会場の大広間の奥に控室を用意して貰っているが椅子に座っているだけでやる事は何もない。寝転んでいたら駄目だろうか。
要領の良いサリーがたまに抜け出しては会いに来て色々と教えてくれる。
「背が高い人だらけでわかんないわ。もっと特徴教えてよ。それかリンジーも来なさいよ。メイドはみんな同じひっつめヘアだからバレないと思うわ。」
「だめです。私は待機してなきゃいけません。特徴はですね、汚いニキビ痕があるはずです。目が小さくて困った眉毛をしています。」
「・・・あんたそんな男と・・・。」
「何もしてませんよ。」
そんな会話をした後から忙しくなったのかサリーは来なくなった。相変わらずリリスの出番はない。
忙しかったのは夜会が済んでからで通訳しながら客人を部屋へ案内する役目だった。
(良かった、知っている人に会わずにすんだ。)
リリスと違いサリーは忙しかった。お嬢様達から頻繁に呼ばれたからだ。自分で取りに行けばいいのに座ったままでフルーツやらケーキやら飲み物を運ばされていた。
そんな時にお世辞にもカッコいいとは言えない男性が明らかに年上とわかる年齢の女性の腰を抱きながら大声で語っていた。
わざと大きな声で話しているのだろう。
「失脚したのは有名だからね。愛していても結婚は出来ないだろう?だから僕から婚約破棄をしたんだよ。彼女は泣いていたよ、僕と別れたくないってね。地味で暗い女だから今でも婚約者はいないだろうね。いまだに手紙が届くんだ、愛している、捨てないでって。」
サリーは下げたグラスを投げつけたくなっている。その欠けた破片を刺してやろうか。
こんな醜い男に腰を抱かれているのが自分でなくて良かったと心から思う。
ちらっと周りを見てみるとその表情にサリーはホッとした。
(良かったー、みんな引いてる引いてる。てか珍獣を見る目じゃん。あれはないわー。ブスだし。)
サリーがグラスを下げる振りをして珍獣を見てみると背が高く丸い顔のつぶらな瞳のニキビ痕の残る思春期丸出しの男はひとりで喋り続けている。
この珍獣がリンジーの元婚約者だ。絶対そうだ。だがこの夜の事はリンジーには話さなかった。
放っておいても珍獣は自爆しそうに思えたからだ。
(私に何の力もなくてごめんね、リンジー。魔法が使えたなら一撃で仕留めたんだけど。神様、あの薄汚い男に罰をお与えください。リンジーはとっても優しい良い子です。)
当然だがオーウェンはこの時の女性と上手く行くことはなかった。女性は貴方と結婚するくらいなら一生独り身の方がマシだわと吐き捨てて彼の元から去っていったからだ。
夜会と言う公衆の面前でオーウェンは赤っ恥をかきダンスすら踊れずにひっそり帰って行ったのを満足そうに見ていたのは一際美しいドレスを着たクリスティンだった。




