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貴方だって同じでしょう?



 またか……という気持ちがエイレーネーを襲い、前方に繰り広げられる光景を見たのは何度目だろうか。音もない溜め息を吐いてエイレーネーは踵を返し、庭園を出て私室に戻った。扉を閉め、凭れ掛かると他人がいない室内から声が響いた。



「うん? 戻るのが早いね」

「いつものことよ」



 天井辺りが捻ったようにぐにゃりと歪んだ。捻じれ目から白い生き物が出て来た。長い垂れ耳と少々潰れた顔が特徴的な真っ白なうさぎ。床に到着したうさぎを抱き上げたエイレーネーはソファーへ進み、座るとうさぎを膝に乗せた。



「レーネの婚約者くんはまた妹君と楽しくお喋りだったみたいだね」

「そうね。どっちが婚約者か分かったものじゃないわ」



 ふわふわの毛並みを堪能し、背凭れに体を預けた。


 王国の貴族で最も強い魔力を誇るホロロギウム公爵家。エイレーネーはそこの長女。父ロナウドは公爵で、母メルルは元侯爵令嬢であるがエイレーネーが7歳の時に亡くなっている。喪が明ける前に平民の後妻とエイレーネーと1歳しか変わらない娘を引き取ると宣言した時、エイレーネーは冷めた目で父を見つめ、話を知ったうさぎは大笑いした。


 ロナウドとの関係は生まれた時から悪いと言えるのだろう。

 長い髪を一房掬い、毛先にかけて青が濃くなる青銀の髪を見る。瞳は黄金色。ホロロギウム公爵家で他に同じ色を持つ人はいない。除籍された人で言うと1名おり、父はその人を憎んでいる。

 エイレーネーが父に冷遇される原因の1つ。



「今更よね」

「何が?」

「お父様に愛してほしいって気持ちが小さい頃からないの」



 母が生きていた時は、惜しみない愛情をエイレーネーに注いでくれた。ひょっとすると自身の短命に気付いていて、味方がいない屋敷に残されるエイレーネーを思ってかもしれない。父がエイレーネーを愛していなくても、母のことは愛していたようだが瞳には常に憎しみが込められていた。

 そして……時折見せた、寂しそうな色が忘れられない。


 ふう、と息を吐くと「レーネ」うさぎが呼ぶ。

 垂れ耳の片方が上に伸びている。



「誰かが来るよ」

「ああ……きっと彼よ。私が来ないから」

「来ない理由は自分にあるのに」

「イヴ、ぬいぐるみのフリしてね」

「はいはい。でも、私の姿は他に見えないのに?」

「それもそうだけど一応?」



 体を丸くして瞳を閉じたイヴを隣に置いて、扉を叩かれると返事をした。開いた先には太陽の輝きを一身に注がれた金色の髪と広大に続く透き通る空の色を瞳に持つ青年が立っていた。青年――ラウルは「エイレーネー」と困ったと言わんばかりの顔つきで室内に入った。



「どうして来てくれないんだ。ずっと君を待っていたのに」

「気分が優れないので……連絡、届いていませんでした?」

「そう、だったのか。聞いてないよ」



 誰にも言ってないので伝える人は最初からいない。



「私が行かずとも、ガブリエルがいますでしょう。ラウルだって嬉しいでしょう」

「何を言うんだエイレーネー」

「よく一緒にいる姿をお見掛けしますよ」

「君が来ないからだろう」

「私といる時と態度が違うので、お邪魔しては悪いと思って。ラウルもそう思うからと」



 事実だろうに、と声には出さなくても顔には出した。ラウルも気付いて顔を顰める。



「君は私の婚約者だ」

「ええ」

「私は君と会う義務がある」

「義務、ですか……」



 義務がなければ会わなくてもいい。そう言いたいのだろう。

 義務でも、律儀にホロロギウム公爵家に通うのはラウルの目的がエイレーネーじゃなく、エイレーネーの妹ガブリエルにあるから。



「あ! ラウル様!」



 元気で良いがはしたなさを抱く声の主はすぐに現れた。金に近い茶髪にリボンを結び、大きくて丸い深緑の眼を吊り上げてラウルを呼んだのはガブリエル。戸籍上エイレーネーの妹である。今日もフリルとリボンがふんだんに使用されたピンクのドレスを着たガブリエル。類稀な美少女だからこそ似合うドレス。



「わたくしとお話していたのに席を立ってしまうなんて酷いではありませんか!」

「あ、ああ、すまなかったガブリエル。エイレーネーに会いたくて」

「あら、お姉様部屋にいらしたの?」



 エイレーネーが部屋にいると今気付いたと言わんばかりのガブリエル。本当に今気付いたんだろう。

 ラウルとガブリエル。今のエイレーネーが相手をするのは面倒な2人。


 婚約者でもないのにラウルの腕に抱き付くガブリエルも、引き剥がそうとしないラウルも。


 エイレーネーにとってはもう……。



「はあ……」



 無意識に溜め息を吐いたエイレーネーをラウルは見逃さなかった。



「エイレーネー。その態度はなんだ」

「何がでしょう」

「……君は私と会うのが嫌なのか?」



 嫌がっているのは貴方でしょうに、と喉まで上がった言葉を呑み込み、エイレーネーは感情を隠してラウルを見やった。



「嫌とは……思いません」

「そうか……」



 ホッとした顔を見せたラウルに「ただ」と続けた。



「嬉しいとも思ったこともありません」

「……」



 それは貴方も同じでしょう?

 言葉にしなくても、ラウルは発言の裏に隠された意味を読み取ってくれた。ただ、傷付いた相貌を見せるのはどうして。

 1人会話に入れてもらえないガブリエルが痺れを切らし、ラウルの腕を引っ張った。ラウルはガブリエルの手を離し、俯いて帰ると告げ消えて行った。ガブリエルは慌てて後を追って行った。

 魔法で扉を閉めて漸くエイレーネーは体から力を抜き、する必要もないぬいぐるみの振りをしていたイヴは体を起こして膝に飛び乗った。



「面白いね彼」

「そう? 律儀なだけよ」

「レーネは彼を好き?」

「……うん」



 でも、叶わないのだ。

 未来の旦那様だと紹介され、婚約者のお披露目で最初に出会った時からラウルに一目惚れをし、ずっとラウルだけを見続けた。

 だからこそ、解ってしまった。

 ガブリエルを紹介した時のラウルは、初めて彼と出会った時に心奪われたエイレーネーと同じ様子をしていた。


 諦めが早いと言われればそれまでだが、ラウルへの恋心は表に解らないようには隠した。きっと愛を求めたってラウルは今のように義務感でエイレーネーを愛してくれるだろう。……本心から愛してくれないとエイレーネーは満たされない。母の愛は本心から娘を愛するものだったから。


 婚約者にも、本心から愛されたい。





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