5・名前
あの本を読んでいたら、突然、スミスさんから四歳の誕生日会をやると言われた。
「旦那様は僕たちの誕生日を知っているのでしょうか?」
僕は首を傾げる。
だって本人が知らないのに。
「正確な日は分からないようですが、だいたい近い日という感じかと」
そうなんだ。
今の季節は春から夏に変わる時期。
庭木に若い葉や花の蕾が増えた。
アーリーと保母さんと三人で散歩するのにもちょうど良い陽気になった気がする。
スミスさんはちょっとだけ後ろを歩いていて、アーリーがいきなり駆け出したら捕まえてくれる係をしてた。
予想出来ない幼児の動きについていけるイケメン、カッコイイ。
「お誕生日会って、何をするんですか?」
庭の一角で何やら設営してるなあと思ったら、お誕生日会の準備らしい。
「旦那様とおふたりの三人だけで、お茶とお菓子でお祝いする会でございます」
と、スミスさんが教えてくれた。
あとはお屋敷で働いている方々が順番に顔を見せに来るそうだ。
「ふうん」
きっと僕たちのことを知らない人に顔合わせする意味もあるんだろう。
しかし、これだけ広い屋敷だと管理する人も大変そうだな。
あー、それで使用人を増やすより魔道具とか結界とか使うのかもな。
アーリーが薔薇を触って騒いでる。
トゲが刺さったらしい。
お金持ちは庭の薔薇のトゲは取ってあるって聞いたけどな。
保母さんがパニックになってるけど、スミスさんがポケットから薬を取り出した。
あのポケット、何でも出て来るなあ。
庭の薔薇園は本当に良い香りがする。
色や大きさも色々あるし、見ていて飽きない。
「薔薇がお好きですか?」
スミスさんが「お好きな花を切りますよ」と花切り用のハサミを手にした。
だからそれ、どこから出て来たの。
「では一番香りが強いものを一本だけ。 部屋に飾りたいです」
「承知いたしました」
スミスさんは暗めの赤の薔薇を一本切り、丁寧にトゲを確認して持ち帰る。
翌朝、僕のベッドの脇のテーブルに薔薇が一輪、飾られていた。
花の香りで目が覚めるなんて贅沢だなぁ。
今日は誕生日会なので朝食後、アーリーと庭に出る。
薔薇園の近く、丸いテーブルに高級そうな、いやたぶんかなり高級な白いクロスが掛けてある。
旦那様を真ん中にして、僕とアーリーが左右に分かれた。
食後のお茶が出される。
旦那様の斜め後ろに執事長がいて、僕の後ろはスミスさん。
アーリーの側には担当のメイドさんと保母さんがいる。
「まずは四歳の誕生日、おめでとう」
いつもの無表情な旦那様だけど、今日はちょっとだけワクワクしてるっぽい?。
「ありがとうございます」
と僕が言うと、アーリーも慌てて、
「あいがとーごじゃいます!」
と言った。
元気があって大変よろしい。
僕もアーリーに「おめでとう」と声を掛ける。
アーリーは「あいがとー」と笑う。
「今日はふたりにこの屋敷で働いている者たちを紹介する」
執事長さんが、僕と旦那様の間に立って名簿を取り出す。
「アーリー様、イーブリス様、眠くなられたり、喉が渇いたりされましたら遠慮なくおっしゃってくださいませ。
今日はおふたりのための会でございますので、お好きになさってくださって結構でございます」
僕は執事長さんに頷き、アーリーと顔を見合わせて同時に「はい」と答えた。
「こうし見ていると本当に同じに見える。
そうだ。 挨拶に来る者に、どちらがアーリーでどちらがイーブリスか、当ててもらおうか」
へ?、旦那様、そんなの無理だと思うけど。
僕たちが直接関わった使用人さんなんて、この三ヶ月ぐらいの間でも十人に満たないはず。
そういえば僕たちの服装、いつもはシャツの色とか、どこか必ず色違いなのに今日は全く同じだ。
うーむ、これは何か試されてるのかな。
僕が唸っている間に使用人さんがやって来る。
名前と仕事を告げ、僕たちにお祝いの言葉をくれた。
旦那様からは労いの言葉が掛けられる。
そして、最後に執事長が「どちらがアーリー様で、どちらがイーブリス様だと思うか」と訊ねる。
別に合ってなくてもいいんだと思う。
たぶんだけど、僕たちの名前を覚えてもらうための儀式みたいなもんだ。
そして、使用人たちは屋敷の中に戻ると執事補佐からお小遣いが貰える。
それが今回の顔合わせの流れだ。
ヤマカンでも当たる人は半分くらいいた。
次から次に来るのでアーリーはくたびれてうたた寝したり、椅子から降りて保母さんと遊んだりしている。
途中で昼食になり、簡単な軽食を摘む。
何度もお茶をいただくのでトイレ休憩もある。
おそらく全員に会うのは時間的に無理だと思うんだ。
今日は各所まとめ役や責任者とか、そういった一部の人たちだったんだろう。
午後のお昼寝の時間になって誕生日会はお開きになる。
最後に。
「それでは私からお前たちに贈り物がしたい。 何か欲しいものはあるかな?」
それは昨日のうちに考えておくようにと、スミスさんに言われていた。
「何もない、何でも良い、は禁句です」
必ず具体的なものを言う必要があるそうで。
何だか、誕生日会って試練の日なんだろうかと思ってしまう。
「おっきなぬいぐるみ!」
アーリー、それを教えたのは保母さんかな、メイドさんかな?。
旦那様が頷き、次は僕の方を見た。
僕は少し迷ったけどダメ元で言ってみる。
「動物が欲しいです」
アーリーの代わりに僕に生気をくれる動物が欲しい。
「出来れば、大きいのが」
小鳥やネズミくらいの大きさだと下手すると死んじゃうんで。
「分かった」
旦那様は頷いてくれた。
ふう、試練は合格かな。
それにしても、この屋敷に来てから平和な日々が続いている。
まだ全体的には様子を見ているんだろうなという気はするが、それにしても悪意がない。
ここに来れば、あの女の言っていた『自分たちを不幸にした敵』に会えると思っていたのにな。
どこにいるんだろう、復讐の相手は。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「旦那様、本日は如何でしたか?」
この屋敷に若い頃から仕える執事長は、主人の着替えを手伝いながらさり気なく訊いた。
「ふむ、面白いものが見れたな」
あの子供たちを発見した島で色々調べさせた結果、あのふたりは双子ではないと結論が出ていた。
「息子のことは諦めていたが、興味深いものを残してくれたな」
自分には、もう心が踊るようなことなど無いと思っていたのに。
公爵は夜着に着替え、お気に入りの椅子に座る。
執事長は就寝前の一杯のお茶をテーブルに置いた。
島の調査では、産まれる前の女のお腹には一人しかいかなかった赤子が、産まれたら二人になっていた。
その事実を調べていくと、村の祈祷師が赤子の片方を「イブリス」、現地語で「悪魔」と呼んでいたことが引っ掛かる。
「あの島は森の大部分が魔物の領域でした」
担当したのは魔物にも魔法にも詳しい、国でも一番の腕利きの調査員である。
「あの男が赤子を見つけたという洞窟を調べましたが、かなり魔物の邪魔が入りました。
それでも何とか魔方陣を解析いたしまして……」
かなりの人数を使っての調査だったようで費用は通常の倍以上請求された。
それでも口止めを含めた金額を上乗せして支払っている。
「シェイプシフターか」
本当に面白い魔物だ。
「そうだ。 先に伝えておかねばならん事がある」
公爵は執事長にスミスを呼びに行かせた。
そして、三人だけであることを確認して「他言無用」と言い置いた。
執事長とイーブリス担当のスミスに、公爵は事実を伝える。
「は?、魔物、ですか?、イーブリス様が?」
スミスは目が点になった。
「そうだ。 今のところ無害ではあるが」
執事長に睨まれている事も気にならないほどスミスは混乱した。
「あの二人は双子ではない。 だが、私は二人とも孫として引き取ったのだ」
その意味をよく考えるようにと申し渡した。




