33・始動
最終話なので、少し長めです。
公爵家騎士数名の護衛が付いた馬車が一台。
王都の通りを走っている。
「ダヴィーズ殿下がおいでになった時は本当に慌てましたけど、何とか無事に終わって良かったです」
「ああ、そうだな」
馬車の中には僕とスミスさんと、足元にローズがいる。
出発時、王子が大騒ぎしたのでヴィーの涙も引っ込み、アーリーもどうしていいか分からずオロオロしていた。
お蔭で別れの挨拶もそこそこに出発することになった。
「しんみりとした別れにならなくて良かったかも知れませんね」
「まあね」と、スミスさんの言葉に頷く。
僕は念のため前夜にお祖父様やアーリー、屋敷の皆に挨拶を済ませている。
担当医師からは山のように薬を渡された。
一応、持って行きますよ、病弱偽装のためにね。
アーリーには泣かれた。
だけど、僕には僕の、アーリーにはアーリーの生き方がある。
「大丈夫だよ、アーリー」
僕はそう言ってアーリーのイヤーカフの付いた耳を触る。
「覚えておいて。 僕たちはどんなに離れていてもずっと一緒だよ」
必ず守る。
闇の精霊が生み出した魔物が宿る黒いイヤーカフ。
何かあればすぐに反応する。
アーリーの思考も行動も僕には筒抜けなのだ。
馬車の窓に映る不安そうなアーリーの顔に、僕はニコリと笑う。
「イーブリス様、本日の宿に到着いたしました」
「ありがとう」
隣町のそこそこの宿だ。
普通に営業しているが、実は公爵家がお忍びで使用する秘密の宿だったりする。
「本当によろしいのですか?」
ここまで護衛してくれた騎士団の副団長が顔を顰めながら訊いてくる。
「うん、大勢のほうが目立つからね。 ここからは平民の振りして旅を楽しむよ」
護衛をスミスさんだけにして、騎士団は王都へ引き返す。
騎士たちも先日スミスさんにボロ負けしてるので、護衛については文句を付けられない。
何かあればすぐに連絡が取れる公爵家秘伝の魔道具を持っている、ということにして騎士団には納得してもらった。
「承知いたしました。 では、我々はこれにて失礼いたします」
「うん、ありがとう、お祖父様によろしくね」
お祖父様は魔物である僕のことはあまり心配していない。
どちらかというと、僕に迷惑掛けられたり、無茶に付き合わされたりする者たちの心配をしていた。
お祖父様、大丈夫ですよ。
そういう時は真っ黒な人を選んでやりますから。
そこそこの広さの部屋に入って、運んでもらった夕食を食べる。
「どう?、誰か付けて来た?」
「そうですね。 おそらく王宮の手配した調査員ではないかと思われる者が二名ほど」
ふうん、ご苦労様だな。
ちなみに、陛下が契約違反した場合、腕の紋章がチクチクと痛むという地味な嫌がらせを仕掛けている。
当然、対象の被害に応じてチクチクはどんどん強くなっていく。
命に関わる被害なら当然、命で償わせる。
今回は、僕という魔物に対して付け回す命令を出したので、今頃チクチクされているだろうね。
僕たちは着替え、部屋の明かりを消す。
暗闇の中に闇の精霊が大きく穴を開ける。
「行くよ」
「は、はい」
ローズが先に飛び込み、僕は顔色が悪いスミスさんの腕を掴んで一緒に足を踏み入れる。
「うわあああ」
スミスさん、あんまり大声を出さないで欲しいな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
闇の精霊が作った穴を通って、僕たちは北の領地へと向かっているはずだった。
穴に入ったら、すぐ出口のはずなのに、何故か暗闇の中にいる。
「あれ?、誰かいるな」
「え?、あ、本当ですね」
黒い男が座り込んでいる。
僕たちに気付いて顔を上げた。
「あ、あんたたちか、俺をここへ呼んだのは。 早く元に戻せ!」
何か喚いてるけど、知らないものは知らない。
「はあ?、何言ってんの」
無視して通り過ぎようとして、僕はふと立ち止まった。
「もしかして、お前が僕の人間だった時の記憶の元か?」
「へっ?」
顔を見合わせて、二人して驚く。
なーんか初めて会ったって感じがしないのは、そのせいだと思う。
僕はとりあえず、その男に事情を説明してやる。
「じゃ、俺はやっぱり死んでるんだな、ぎゃはははは」
狂ったように笑いだす男。
「じゃあ、ここは異世界か。 やったぞ、俺は異世界転生したんだー」
いやいや、何を言う。 お前は死んでるよ。
「残念ながら、現世にお前の居場所はない。 諦めて暗闇を彷徨うんだな」
「な、なぜだっ、俺は生まれ変わったんじゃないのか」
「はあ?、お前、自分の身体、よく見てみろよ」
服なんてない、頭から爪先まで真っ黒な身体。 目と口だけはあるが鼻の無いツルッとした顔。
「お前、前世で何かやらかしただろ?。 だからこんな場所で一人でぼうっとしてるんだぜ」
男はガクガクと震え出す。
「そんな!。 俺はただ酷いことした奴らに復讐するために死んでやっただけだあ」
「ふうん、それだけじゃないんじゃない?。 何人か巻き込まなかったか?」
「あ、ああ、あああああ」
心当たりがあったようだな。
「まあ、お前の記憶は前世として僕の中に入ってるから、もう消えていいよ」
「ま、待ってくれ!、嫌だ、死にたくない」
「あははは、何言ってるのさ、自分で死んだくせに」
僕はパチッと指を鳴らし、闇の精霊に頼む。
「ぎゃあああああ」
闇に飲まれて男の姿は見えなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よしっ、着いた」
足元は草が生い茂る地面である。
ガウガウ
ローズがついて来いと僕たちを呼ぶ。
ここは公爵家所有の最北端の領地である。
ローズが産まれた森の中だ。
しばらく歩くと小さな町の明かりが見え始める。
その中の一番大きな建物、あれが領主館だろう。
「館には何人仕込んである?」
「使用人と領主私兵で総勢五十名ほどです」
「十分だな」
領地が決まった時点で、僕たちはすぐに現在の領主代行を調べた。
ダメな噂しか出て来ないので、確認のため本邸から信用できる使用人を借りて送り込んでいる。
結果は予想通り真っ黒。
当分、瘴気には困らないだろうな。
今さらだが、スミスさんには訊いておきたいことがある。
「スミス、本当にいいの?。
僕なんかと一緒にいたら幸せになんてなれないよ」
なにせ、僕は魔物だから。
「公爵家と僕はお互いに不幸を分け合うことで意見が一致したけど、スミスまで無理に付き合う必要ない」
ただの使用人なんだから、まだ戻れる。
僕なら一人でも何とでもなるから。
「幸せ、ですか。 幸せって何ですかね」
スミスさんはため息を吐く。
「金とか、長生きとかですか?。 平穏な人生ってなら私は要らないです」
そして、スミスさんは僕の顔を見て笑った。
「自分の一生を掛けて見届けたいものがある。
私はそれを見つけられただけで良かったと思っていますよ」
今度は僕がため息を吐く。
変な人間もいるものだ。
王都から出た僕が乗っているはずの馬車は、十日を掛けてここに到着する。
その時に、僕たちは領地の手前で合流して馬車に乗り領主館に入る予定だ。
その前にやることがある。
「よし、行くぞ」
これから館に乗り込み、代行一家を粛清する。
どうせなら、魔物であるこの僕が住みやすい土地にしてやるさ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
婚約の儀式が終わった日の夜。
「イーブリスは無事に領地に着いたかな」
ラヴィーズン公爵は暗い庭を眺めながら老執事に声を掛けた。
「おそらく到着された頃かと」
公爵は考える。
あれが魔物でなかったら、北の領地を任せることなどしなかった。
「あの何の役にも立たない者がいる領地をどうするのか、見ものだな」
「はい」
しかし、自分たちも楽が出来るわけではない。
「こちらはこちらでアーリーを立派な貴族へと教育しなければならん」
「はい。 もしかしたらこちらのほうが大変かも知れませんね」
公爵と老執事が朗らかに笑う。
「そうだな。 我らもまだまだ隠居は出来ないな」
「勿論でございます」
それから十日後。
イーブリスの馬車は無事に領地に到着し、領民に公爵家の孫が館に入ったところを確認された。
そして、王都の公爵家にイーブリスが無事に領主代理に収まった知らせが届くのである。
〜 第一章 終わり 〜
第一章の締めとさせていただきます。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました!。
楽しかったので続きを書いています。
よろしければ引き続き、第二章もお付き合い下さいませ。