27・令嬢
伯爵家の双子の令嬢が部屋に入って来た。
当然、アーリーも一緒である。
「すみません。 急いで来ましたのでこんなものしかなくて」
可愛らしい小さな花束は、伯爵家の庭で自分で選んだのだとヴィーが差し出す。
「お見舞い、ありがとうございます」
僕はベッドから降りて受け取り、三人にソファに座るように促した。
「あ、ごめんなさい、私はアーリーの部屋に用があるの。 また後でね、イーブリス様」
リリーはアーリーの背中を押して「おほほ」と笑いながら部屋を出て行った。
最近、いつもこうである。
アーリーがリリーと居たがるのは分かるけど、何故かリリーがヴィーと僕を二人っきりになるように仕向けるのだ。
まあいいや。
「ヴィー、少し話そう」
彼女を座らせ、スミスさんにお茶の用意を頼む。
今日はヴィーの顔色が悪いな。
もしかしたら、既に僕やお祖父様のことが噂になっているのかな。
「ヴィー、ご両親に何か言われた?」
こくりと小さな頭が縦に揺れる。
「公爵様が宰相をお辞めになるって。 それで、イーブリス様にはもう、会っちゃいけないって」
ポロポロと泣き出す。
僕は、スミスさんにお茶を置いたらローズも連れて下がってもらった。
「ヴィー、どんな噂が広まっているか知らないけど、キミはご両親に従わなくてはならない」
アーリーなら良いけど、もう僕に会いに来るのは止めたほうがいいよ。
「嫌です」
ヴィーはハンカチを握り締めて俯く。
「だって、イーブリス様が魔物に操られて陛下を襲っただなんて嘘です!。
皆、イーブリス様のこと、知らないから」
泣きじゃくりながら、それでも子供らしい強い言葉で僕を庇ってくれる。
「ありがとう、ヴィー。 でもその噂は半分くらい本当だよ」
魔物に操られていたのではない。
「僕自身が魔物なんだ」
彼女は驚いた顔で僕を見る。
真っ直ぐに彼女と目を合わせて、僕は笑う。
「僕の名前は、『イブリス』つまり『悪魔』から付けられた」
ゆっくりとカップを持ち上げ、お茶を飲む。
「つまりね、ヴィー。 僕は人間ではないんだよ」
大丈夫だろうか?、ポカンとしてるな。
「人間の姿をしているだけの魔物だ」
「うそ……本当に?」
僕は笑いながら頷く。
「あ、あの、触ってもいい?」
ん?、何のことかな。
「うん、別にいいけど」
ヴィーは隣に来て座ると、そっと僕の顔や手に触れる。
「人間にしか見えない」
「あははは、それはそうだよ。 僕はアーリーの身体を完全に写しているからね」
イーブリスという人間は存在しない。
アーリーの姿に擬態した、イーブリスという名前が付けられた魔物がいるだけ。
「私たちみたいな双子ではないの?」
「そうだよ、ヴィー。 人間と魔物だから」
彼女はいつの間にか涙も止まり、じっと考え込んでいる。
こういう時は子供のほうが頭が柔らかいというか、受け入れ易いのかも知れない。
ヴィーには怖がる様子はない。
「でも、でもね。 ずっと一緒にいても、私たち、食べられたりしなかったわ」
今度は僕が驚く。
「いやいや、食べたりしないよ。
人間を襲うのはそもそも追い詰められたり、逃げなきゃいけない場合だから」
だいたい肉なら人間より獣のほうが美味いし、普通に料理されたものも好きだからね。
僕のように人間の生気や瘴気を糧にしている魔物でも、安定して搾取するためには周りに知られない程度にしなければならない。
完全に生気を吸い取れば相手は死んでしまうから、加減ぐらいは出来る。
「食べないの?」
「うん」
だからそう言ってるだろ。
なんだか、さっきからすごく顔が近い。
「イーブリス様が魔物なら、あの、私でも役に立つの?。
他の人を食べるくらいなら私ではダメかなって」
ごめん、何を言ってるのか全然分からない。
「食べないよ」
真剣な目で僕を見てるヴィーの顔が何だか怖いんだけど。
「私、自分でもよく分からないけど。
じゃ、イーブリス様の、何でもいいからお役に立ちたいの!」
おー、純真な子供心かあ。
「何でもなんて言わないほうがいいよ、相手は魔物なんだから」
少し脅したほうが良いかな。
僕は彼女の身体に手を伸ばす。
いつもアーリーにしているようにギュッと、ではなく、優しく抱き締めた。
瘴気は少し触れただけでも吸収出来るけど、生気はなるべく身体を密着させたほうが吸収し易い。
「こうするとヴィーの身体から僕に流れ込んで来るんだ。
ヴィーの生きる力がね。
僕はこうやってアーリーやローズから力を貰って生きている」
「ほわっ」
なんか変な声が聞こえた気がするけど大丈夫かな。
「ヴィー?」
顔が真っ赤になってるよ。
意外なことに、ヴィーのほうからも僕に抱き付いてきた。
「あの、私でも良ければ、その力を差し上げます。 イーブリス様のお役に立てるなら」
僕は首を傾げて彼女の顔を覗き込む。
「アーリーでも良いなら、私でも大丈夫ですよね?。 私、美味しくないですか?」
「ヴィー、それは自分が生贄になるということ?」
美味しいか美味しくないかと言われれば、子供の、特に女の子は美味しい。
食事でいえば、毎日食べても飽きないのがアーリーなら、たまに食べたくなる高級品がヴィーだ。
女の子の方が早く大人になる分、美味しい期間が短い。
「ずっと僕に生気を渡すということはそういうことだけど、良いの?」
赤い顔のまま、ヴィーがこくりと頷く。
「イーブリス様になら全部あげてもいいです」
いや、それはちょっと困るというか、タダで貰うのはなあ。
「では、こちらからも対価を払おう。 何がいい?」
ヴィーが目を丸くする。
「私、ずっとイーブリスさまの傍に居たいわ」
真剣な表情で訴える。
「一つ言っておかないといけないね。 生気をもらえるのは子供の間だけだから。
大人になると貰えなくなるんだ」
「えっ、じゃあ、ずっと一緒は無理なの?」
「そうだねえ。 まあ、ローズみたいに僕の番ならあり得なくはないけど」
「つ、つがい?」
あー、子供に理解は難しいか。
「つまり一時的に夫婦になるってことかな。
ローズはダイヤーウルフの子供が欲しくて僕の配下になったんだからな」
そして子供が産まれたら、またその子が大人になるまで生気を貰う。
「夫婦、こ、子供」
また真っ赤っ赤だ。
「分かりました!、将来お嫁さんにしてもらえるんですねっ!」
すごい嬉しそうだね、ヴィー。
「ん-?、そうなのかな。 人間の感覚はよく分からないけど」
「イーブリス様、私を貰ってください!。 ずっと一緒にいたいです」
はあ、そうなの?、良いけど。
「ご両親には僕が魔物であることは内緒ね」
「はいっ」
とりあえず、お祖父様に相談しようか。 ヴィーに話したことは報告しなくちゃね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アーリーは、まだ先日の出来事がよく分かっていなかった。
「お祖父様が宰相を辞めると大変なの?」
リリアンがアーリーの部屋を見たいというので連れて来た。
イーブリスの部屋とは向かい側、すぐ目の前である。
「はあ、やっぱりアーリーは分かってないのね。 公爵様が宰相を辞めちゃったら国が大変なのよ」
リリアンも実はよく分かっていなかった。
ただ、そのお蔭で自分の父親の仕事が大変なのだということは分かる。
「それにイーブリス様はどうするのかしら」
リリアンは腕組みをして考える。
「リブがどうかしたの?」
あの大きかったクマのぬいぐるみは、今ではアーリーとほぼ同じくらいの高さになっている。
そのクマに抱き付いたままリリアンを見た。
「知らないの?、イーブリス様が国王陛下を殺そうとしたらしいわよ?」
「……知らない」
誰も教えてくれないし、その日はイヤーカフのお土産を貰って浮かれていた。
「そんなことしたら捕まっちゃうんじゃないの?」
でもイーブリスは帰って来ている。
「だから公爵様が宰相を辞めるんだってば」
アーリーは首を傾げるばかりだった。