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26・人間


 僕は『王宮出入り禁止』になった。


仕方ない。


眠らせた者たちは、起きても夢うつつで何も覚えていないだろう。


だけど、僕は陛下に契約内容を確認してもらうための書類を置いて来たので、それが証拠になってしまった。


いや、僕が魔物だとバレた訳ではなく、憑依され利用されたということらしい。


また利用される恐れがあるとして出入り禁止なんだとか。


別にそれはいいんだ。


 お祖父様が宰相を辞めると言い出した。


以前から考えてはいたそうだけど、やっぱり僕のことがきっかけになったのは間違いないだろうな。


僕としては聖獣にやられるか、王宮の騎士に捕まるかも知れないと思っていた。


シェイプシフターは斬られたくらいでは消滅しないが、聖獣に瘴気を根こそぎ浄化されてしまったら危なかった。


牢に入れられるくらいなら脱出は軽いけど、変身が維持出来ないのは困る。


どちらにしろ僕が突然いなくなれば公爵家にも迷惑がかかるだろう。


 だから僕は自分が魔物であり、今まで公爵家を騙してきたことを綴った日記をスミスさんに託した。


お祖父様に言わせると、かなりアーリーに対する愛に溢れていたらしいけどね。




 あれから数日が経つ。


お祖父様は陛下に辞職の意向を伝え、まだ許可されていないのに無理矢理、宰相職を引き継ぎ中である。


終わるにはひと月は掛かりそうだと言っていた。


 僕は相変わらず寝付いている。


「イーブリス様は本当に魔物なんですか?」


王宮での失態から、スミスさんにまで疑われたのがちょっと悔しい。


そういえば、魔物だと知られているのに力を見せたことがないな。


「ふんっ、驚いて腰を抜かすなよ。 ローズ、ちょっと離れて」


僕はベッドから出てローズを傍に待たせ、着ている服を脱いで真っ裸になる。


秋も深まっているが、屋敷の部屋の中は暖かい。


「イーブリス様、また体調が悪くなりますよ」


スミスさんは慌てているが構わない。


変化したら服は破けてしまうし、勿体ないだろ。


 意識の下で今まで情報を保管している対象者を眺める。


聖獣フェンリル、必要な生気や瘴気が半端ないけど何とかいけるか。


身体の大きさを調整してギリギリを導き出す。


「いくよ」


身体が変化していく。




クーン


ローズが鼻を鳴らす。


真っ白な毛並みの神々しい狼の姿が現れる。


「くっ、計算が甘かった」


天井に頭がぶつかってしまい、首を曲げないと部屋を壊しそうだ。


【主!、それが番の姿ねっ】


嬉しそうにローズが部屋の中を走り回る。


 一瞬、ポカンとしたスミスさんは「クククッ」と笑い出す。


「あはは、すみません、頭が窮窟そうで」


むう。 部屋の大きさを考慮していなかった。


失敗だ。


僕はすぐにアーリーの姿に戻る。




「あれえ、もう終了ですか?」


くそ、馬鹿にしてるのか。


僕は服を着る前にもう一度、変身した。


「ヒッ」


スミスさんの姿である。


「わ、わわ、イーブリス様、止めて下さい」


素っ裸なので慌てて服を着せようとする。


「この身体にイーブリスの服は合わないでしょ」


僕はそう言ってスミスさんの身体をマジマジと観察する。


細くても筋肉がしっかり付いていて、胸板も結構厚いな。


「なんだ、傷だらけじゃないか」


「何でもいいですから、早く元に戻って服を着て下さい!」


「はあい」


アーリーの姿を写したイーブリスに戻り、服を受け取ろうとしてよろけた。


あー、フェンリルでギリギリだったのに余計なことしちゃったから。


「イーブリス様、無理なさらず倒れて下さい。 あとはちゃんと着せておきます」


「うん」


僕は裸のままベッドに倒れ込んだ。




 しかし、フェンリルへの変身は思ったより体力その他を消耗することが分かった。


「ごめんな、ローズ。 番になれるのはもう少し先になりそうだ」


こんな状態じゃ、子作りは無理だからね。


【大丈夫、ローズは待てる。 主はすごい、楽しみ】


そか、ありがとう。


アーリーにはもっと身体を鍛えてもらって、地下の祭壇からもたくさん瘴気を補充出来るようになるといいな。


「あとは生気をもう少し何とかしないと」


「イーブリス様、私では駄目でしょうか」


スミスさんが真面目な顔で訊いてくる。


 うーむ、何て言えばいいんだろう。


「人間は、ほぼ身体の大きさに合わせて生気の量が決まっている。


それを僕が貰ってしまうとスミスが動けなくなるよ」


僕がアーリーやローズから吸い上げているのは、彼らが成長途中だからなんだ。


子供は生気が有り余ってることが多いからね。


「子供の身体から自然に溢れる生気なら、本体に影響はない」


スミスさんがため息を吐く。


「イーブリス様は本当に甘いですね」


そうかな?。


「それで体調がなかなか回復しないなら、誰かを犠牲にしてでも一気に回復したほうが良いのではないですか」


うん、シェイプシフターも昔は手当たり次第に人間を襲って回復してたみたいだよ。


でもきっと人間の前世を持つ僕には出来ない。




「だけど」


ベッドに横になったまま、僕は天井を見上げている。


「身体が成長すればするほど、僕は必要なものが足りなくなるよな」


生気も瘴気もだ。


そうなる前に何とかしなきゃとは思うんだけど。


「イーブリス様?」


スミスさんが僕の顔を覗き込む。


「復讐を果たした僕は、もうここにいる意味がないなと思ってさ」


「ダメですよ、イーブリス様。 それは先日、しっかり話し合いましたよね」


あの日の話し合いで結局、復讐相手は一人ではなく、全てが影響し合い、少しずつ責任があるという話になった。


お祖父様は、僕が孫として公爵家に居続けることが、お祖父様と僕本人への復讐だと言った。


皆、少しずつ不自由な生活、それで良いと。


もし、僕が不慮の事故で身体を失っても、回復したら必ず戻って来いと言われている。


「甘いのは僕だけじゃないじゃないか」


お祖父様もスミスさんも甘過ぎるよ。




「そろそろヴィオラ様たちがいらっしゃる時間ですね」


昨日、双子の伯爵令嬢から、僕の見舞いをしたいと遣いが来た。


お祖父様の許可をもぎ取ったアーリーが、今朝、さっそく馬車を伯爵家に迎えに出していた。


「あれも何とかしなきゃな」


リリーの話では、ヴィーは僕に好意を寄せているらしい。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日、ヴィオラの父親である伯爵は疲れた顔で帰って来た。


伯爵は夕食後、居間のソファに深く座り使用人たちを下げた。


「お父様、どうしたの?」


伯爵は王都内にある役所で文官として働いている。


「少し仕事で色々あってね」


普通なら、まだ七歳の娘に聞かせるような話ではない。


しかし今回は、この子たちにも関係のある話だった。


「お隣の公爵様が宰相職を辞されるという噂がある」


「まあ!」


妻は驚き、何があったのかと話の続きを待つ。




「表向きは双子の孫を引き取られた故、のんびりと一緒に過ごしたい、ということらしい」


しかし、そんな理由で国の重要な立場である宰相職を手放す者などいない。


「どうやら王宮内でイーブリス君だったか?。 彼が陛下にとんでもない事をしたらしい」


その責任を取っての辞任なのだと噂されていた。


「イーブリス様が?。 嘘よ、そんなこと!」


驚いて身体を震わせるヴィオラを伯爵は抱き寄せる。


「ああ、確かに悪いのは彼ではない」


どういう事かと、妻と娘が首を傾げた。


伯爵は決して誰にも話さないようにと言い置いてから話し出す。


「王子殿下の勉強会に参加していたイーブリス君に魔物が憑依し、国王陛下の命を狙ったそうだ」


女性たちは小さく悲鳴を上げた。


「イーブリス様はご無事なの?」


ヴィオラの声が震えている。


「ああ、無事だったよ。


まだ子供だから、公爵家の宰相の地位と引き換えに処刑は免れたのだろう。


でももしそれが事実ならば、彼は一生、日の当たる場所に出ることはない」


公爵家の者でありながら社交の場に出ることが出来なくなったということである。



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