12・初恋
夏も盛りに入ると蒸し暑い日が続く。
前世の記憶にある涼むための機械はないが、屋敷の敷地は広いので風が吹くと結構涼しい。
ほとんど家の中にいる僕としては陽射しは怖くない。
ただ、身体がじっとりとする暑さは不快だ。
アーリーは従者の少年と保母さんとしょっちゅう外で遊んでいる。
お蔭で日焼けで真っ赤になっていた。
「イタイイタイ」
そりゃそうだよ。
色白のせいで肌は赤くなるが黒くはならないようだ。
「軽い火傷のようなものですからね。 しばらくは冷やしておきましょう」
メイドさんに薬を塗ってもらっている。
アーリーが作業を見たがるので、庭のブランコ作成作業も夏の間は止まっていた。
完成したのは秋に入ってからだ。
「もうリリーを呼んでもいい?」
覚えてたのか。
もう忘れたと思ってたよ。
「旦那様に訊いてみましょうね」
アーリー担当のメイドさんが優しそうな人で良かったな。
「イーブリス様、本日の新聞でございます」
「うん、頼むよ」
僕のほうは朝食後にその日の新聞を読んでもらうのが習慣になった。
この世界の新聞は毎日朝発行というわけではなく、事件などがあると発行される瓦版的なものだ。
アーリーにも聞かせたいんだけど、すぐにどっかに行ってしまう。
今はローズから生気をもらえるのでアーリーをギュッとする回数は減ったけど、なんだか寂しい。
文字中毒のメイドさんはこっちが五歳児だからと簡単な記事を選ぶ。
そういう時はスミスさんから指導が入る。
「こちらの記事のほうがイーブリス様の好みです」
スミスさん、分かってらっしゃる。
「えっ、ちょっと残酷な記事ですよ?」
魔物だからね、ぐちゃぐちゃしたのが好みです。
そういう事件が無い時は、貴族間でやり取りされる貴族報みたいなチラシが回って来る。
おそらくだけど、公爵家の密偵が作ってるんじゃないかな。
他の貴族や王族の、いわば男女間の噂話である。
「あのー、スミス様、こういうのはお子様にはちょっとー」
メイドさんが僕に見せるかどうかを迷っている。
「大丈夫ですよ。 イーブリス様ですから」
はい、ドロドロも好きですよー。
新聞を読み始めてから、やはりこの屋敷の中だけが平和なのだと知ることになった。
改めて考えても、僕たちはこの屋敷に来てから敷地の外に出た記憶がないんだ。
世間からしっかり守られているというか、隔離されてるのかも知れない。
世の中には恐ろしいことがたくさんある。
都会では貧富の差による金銭絡み、嫉妬や見栄による犯罪も多い。
地方に行けば、まだまだ魔物や魔獣の被害がある。
魔物である僕がそれに刺激されないとも限らないってことかもな。
僕としてはダイヤーウルフの出現情報がないかに注目している。
今のところ北の森だけのようだ。
その目撃情報もどうやらローズ自身らしい。
なかなか同族には出会えない。
この際、種族が違ってもいいのかな、と思い始めた。
魔獣図鑑を見ながら考える。
確か前世では絶滅寸前の希少動物を一番近い種族と交配させ、その血をだんだん濃くしていくというやり方があった気がする。
「ダイヤーウルフと交配させるならどんな種族がいいかな」
ローズに図鑑を見せる。
【私より弱いヤツは嫌】
おー、お前は相手を選べるとでも?。
ふとフェンリルを思い出す。
あれも確か狼種じゃないかな。
「聖獣様ですか?。 ええ、確か性別でいうと雄だったと思いますが」
スミスさんも見たことはないらしい。
まあ王宮に居る聖獣に擬態するのは難しいよな。
まず会えないだろうし。
犬ならどうかな。
「この辺りかな?。 クー・シーとグリム」
クー・シーは犬の姿をした妖精族、グリムは墓守をする死神犬とある。
ローズは微妙な顔をした。
僕としては、どうせ増やすのなら聖獣寄りじゃなくて魔物寄りのほうがいい。
「どっちにしても居場所が分からないとなあ」
まだしばらくは新聞の魔獣被害情報が頼りである。
そんなことをしている間に、隣のお嬢さん方との第二回お茶会が決まった。
冬に入る前にと秋のうららかな良い天気の日、双子のヴィーとリリーがやって来る。
公爵家のほうが位が高いので、こちらから出向くことは滅多にない。
下位の貴族が高位貴族に呼びつけられる感じか。
「お招きありがとうございます」
二人が可愛らしくドレスの裾を摘まんで礼を取る。
昼間なので裾は短めの動きやすそうなドレスだった。
五歳児だからな。 そんな色っぽいこともないぞ。
屋外だということでちゃんと考えられたデザインなんだろうなと思ったら、ドレスは公爵家からの贈り物らしい。
「とても良く似合ってるよ、かわいい」
アーリーはうれしそうに二人を褒める。
ふむ、アーリーが頼んで公爵家から贈ってもらっていたのか。
僕は全く興味が無かったから知らなかったよ。
薔薇園の側のテーブルでお茶とお菓子でもてなす。
「あのブランコは僕がお願いして作ってもらったんだ。 ねえ、乗ってみたい?」
アーリーは自慢気だけどお嬢さん方の反応はイマイチかな。
「乗ってみたら?、楽しいよ」
僕も女の子たちに声は掛けるけど、乗ったことはない。
「じゃあ、乗ってみようかしら」
今日はヴィーの方が積極的だ。
「わ、私も!」
リリーが慌ててヴィーたちの後を追ってブランコに向かう。
三人の子供がきゃあきゃあ言いながら楽しむ様子を、僕はお茶を飲みながら眺める。
アーリーが幸せならそれで良い。
「あ、あの、イーブリス様は乗りませんの?、ブランコ」
はみ出したらしいヴィーがテーブルに戻って来た。
あのブランコは二人乗り用だからね。
チラッと見るとアーリーがリリーと楽しそうにお喋りしながら乗っている。
「この薔薇園は僕のお気に入りなんです」
はみ出し者同士、話を振ってみる。
「まあ、素敵」
そうかな?。
「いろんな薔薇があるんですね」
薔薇園は僕が花を部屋に飾るようになってから、また種類や範囲が増えている。
庭師さん、ここだけ微妙に力が入ってないか?。
「ええ、僕はこの香りが好きなので、毎日部屋に飾ってもらうんです。
よろしければ帰りにお持ちください。 用意しておきますので」
スミスさんを呼んで彼女に似合う花を頼んでおく。
「あ、ありがとうございます」
ヴィーは頬を染めてうれしそうに微笑んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
公爵家のお茶会から戻ったヴィオラは両手いっぱいの薔薇の花を抱いていた。
「これを部屋に飾ってちょうだい」
メイドに頼んでいると母親が通りかかり、
「あら、素敵な薔薇ね。 私の部屋にも飾っておいて」
と言うと、ヴィオラが膨れた。
「お母様!、これはイーブリス様が私にくださったのよ!」
いつもはおとなしい娘の剣幕に母親は驚いた。
「まあ、うふふ、ヴィーはイーブリス様が好きなのね」
「えっ」
ヴィオラの頬が真っ赤になる。
「好きとか、そういうんじゃなくて」
もじもじと俯く娘に母親は顔を綻ばせる。
「その気持ちは大切にしなきゃね。
公爵家と伯爵家では婚姻は無理だけど、友人にはなれるはずよ」
ボソッと母親が呟いた言葉を娘は聞き逃さなかった。
「あの、それはどうして?、お母様」
「あら、ヴィーはイーブリス様と結婚したかったの?」
笑顔が消えた娘に母親は顔を曇らせる。
「ごめんなさい。 あとでお父様に訊いてごらんなさい」
そう言ってそそくさと母親は部屋に戻って行った。
夕方になり、ヴィオラは帰って来た父親を出迎える。
「お父様、お話があるの」
「ほお、なんだい?、私のかわいい天使」
父親は娘に甘いものである。
「お母様が公爵家のイーブリス様のお嫁さんにはなれないって」
父親はため息を吐いた。
しゃがみこんで涙ぐむ娘と目線を合わせる。
「お前たちはまだ五歳じゃないか。 将来はまだまだ分からないよ」
父親は、公爵家の双子にはさっさと高位貴族の令嬢との婚約を決めて欲しいと思った。




