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苦手な方はご注意ください。

セーブ&ロードのできる宿屋さん

正しい貴人のさらいかた(セーブ&ロードのできる宿屋さんスピンオフ)

作者: 稲荷竜

 王侯貴族をさらうために必要な要素は三つある。


 実力。


 情勢。


 根回し。


 この三つだ。



◆◆◆



 アンダーソンは自分を実力者だと思っていた。

 根拠もある。なにせあの(・・)『輝く灰色の狐団』で幹部をやっていたのだ。


『輝く灰色の狐団』というのはいわゆる伝説のギルドの一つだ。

 それも探索ではなく、製作でもなく、犯罪━━ならず者たちの集う、冒険者団(クラン)ではなく反社会集団(クラン)なのだった。


 その中で幹部をやっていた自分は当然ながら(ワル)のエリートで、それは腕っぷしだけ強ければつとまるというわけではない。


 もちろん腕っぷしがなくてつとまるわけではない。強さと賢さ、その両方が必要で、あの『輝く灰色の狐団』において、三人の首領に次ぐ『犯罪者としての実力』を持ち合わせていると自負していた。


 だから、『輝く灰色の狐団』が解散した時も、多くの仲間がついてきた。


 ……いや、まだだ。まだ、解散はしていない。


 認めるものか。


 三人の首領は死に絶えた。


 わけのわからないガキが、後継に指名された。


 だから、自分こそが、正統なる後継者なのだ。


 我こそは『銀の狐団』二代目首領、アンダーソン。


『はいいろ』『狐』『輝き』の名を継ぐべき、次代の犯罪王(ギャング・スター)だ。



◆◆◆



 賭場(とば)の用心棒。


 それが、次代の犯罪王の、今の仕事だ。


 いや、仕事だった(・・・)━━つい先ほどまで、そうやって金を稼いでいただのだが、その仕事はもうない。


 ムカつく話だ。

 この次代の犯罪王、伝説の暗殺者である『はいいろ』の名を正式に継ぐアンダーソン様がしけた違法賭博場の用心棒なんぞについてやったのに、雇い主には敬意が足りなかった。


 今思い返してもムカつく。

 あの、世渡りがうまいだけの、でっぷり肥えたクソ雇い主の、耳障りな声。


「この馬鹿野郎! テメェ、イカサマを働いた客を殺しちまうとはどういうことだ⁉︎」


「痛めつけるだけでいいんだよ! イカサマを見つけるたびに殺しちまったらウチの賭場に寄り付くやつがいなくなるだろうが!」


「なにが『はいいろ』だ! なにが伝説の暗殺者だ! 殺すしかできねぇ能無しめが!」


 殺すしかできない能無しという評価をいただいたので、能無し(・・・)なりの行動をした。


 そうやって賭場を仕切っていたやつを殺して、それからそいつの私兵どもを皆殺しにして、バックについていた組織も皆殺しにする予定だ。


 幸いにも賭場にはたっぷり金があった。


 しばらく遊ぶには困らない。


 最初から奪えば早かっただろう。でも、こっちもこっちで、仲良くやるつもりはあったんだ。だっていうのに敬意を知らねぇ。だからぶっ殺されても仕方がない。


 人と人との良好な関係には敬意が大切だとアンダーソンは痛感している。


 自分の目の前にいるのが誰なのか、きちんと知るべきだ。

 その場で一番強いのが誰なのか、きちんと確かめておくべきだ。


 それを怠るから寿命を縮める羽目になる。


 たいていの早死にするやつはそうだ。敬意が足りない。だから、死ぬ。


『はいいろ』は━━


『はいいろ』は、尊敬するべき男だった。


 強かった。カリスマがあった。好き放題生きて許される実力者だった。


 ただ、なんだかクソくだらねぇモンにこだわり始めてからは、犯罪者として落ちぶれていったのは、否めない。


 未来、だとか。今後、だとか。

 しかも自分の未来じゃない。団に所属する若い連中の未来だとか、自分が死んだあとに生きる連中の今後だとか、そういうものを、気にし始めたのだ。


 ……いや、最初から、趣味でスラムのガキどもを集めていた気もする。


 ようするに、アレだ。


『はいいろ』さんは強かった。


 でも、性格が、生きるのに不向きだった。


 自分は、生きるのに向いた性格をしている。


 だから、きっと、自分の方が、うまく『はいいろ』をやれる。


「アンダーソンさん、このまま、あの生意気なガキをやっちまいませんか?」


 このまま。

 賭場を仕切っていたギャングどもの元締めを殺し終えた勢いのまま━━ということだろう。


 もちろんアンダーソンは仲良くやろうとして、ギャングどもに『敬意ある対応』を求めた。しかし連中には敬意がなかった。だから皆殺しにした。事務所とため込んでいた金は迷惑料代わりにもらっておいた。


 今は殺しの余韻にひたりながら、ぼんやりしているところだ。


 アンダーソンは人殺しの余韻に浸りながら静かに考え事をするのが好きだ。


 人が浸っている時間を邪魔する権利は誰にもない。少なくとも、敬意を持って接していれば、相手の趣味の時間を大切にするだろう。

 くだらない質問をした仲間はどうやらこちらに敬意を持っていないらしい。そういうヤツと付き合うのは損だ。殺しておく。


 ギャングの本拠地にあったふかふかのソファの上に寝そべり、しばらくぼんやりと『輝く灰色の狐団』時代のことなど回想して、仲間たちがあらかた死体を外に運び出したころ、アンダーソンはつぶやく。


「たしかに、あのガキを殺しておくのは、いいかもしれないな」


 提案者はもう他の死体と一緒に外に運び出されているが、なかなかどうして、いい思いつきだと感じた。


『あのガキ』というのは、新参のくせに『はいいろ』たちに取り入って、ついには『輝く灰色の狐団』の後継者に指名された生意気なガキだ。


 先輩に対する敬意がないガキだ。


 団にいたころ、あのガキは一度もあいさつに来なかったし、こちらに話しかけることもなかった。


 同じ年頃のガキや、『はいいろ』たち首領とはうまくやっていたようだが……だからこそ、見えすいたごますり、おべっか、取り入り……そういうのが気に入らなかった。


 最後は、あのガキが『はいいろ』を殺し、それで二代目として適格だと、認めたやつもいたようだが……


「俺は、認めてねぇぞ」


『はいいろ』のお膳立てで二代目の座をもらっただけのクソガキなど、誰が認めるものか。

 もちろん、『はいいろ』を尊敬している。だから、『はいいろ』の方針には一定の理解も示そう。『はいいろ』が実力を認めたというのなら、認めるべきなのだろう。


 けれど、認められない。


 どれほど強かろうが、どれほど優れていようが、どれほど他の連中が認めようが、決して、認められない。


 これは意地や劣等感とは違う。


 顔を思い浮かべるだけで異常なイラつきが襲い来る。


 ようするに、あいつの存在自体が不愉快なのだ。


 アレクサンダー。


 人生においてどうしても『合わない』やつはいる。なにをしようが決して敬意を抱けないやつというのがいる。


 アレクサンダー。


 あいつが、それ(・・)だ。


 だから、ただ殺すだけでは、物足りない。


「俺こそが後継者だって認めさせてやる。俺はお前を認めないけど、お前は俺を認めざるを得ない。敬意を払わせてやる、アレクサンダー」


 服についた返り血が乾いて、肌に貼り付く感触を覚えながら、目を閉じる。


 アンダーソンは腕っぷしだけではない犯罪者だ。


 だから、考える。


 どうすれば━━


 どうすれば、『死後の世界』にいる『はいいろ』に、本当に二代目を継ぐのが誰だったかをわからせ、あのアレクサンダーに敬意を払わせることができるのか?


 その方法を考えながら、そのまま、眠りについた。



◆◆◆



 とはいえ、そう簡単には思いつかないし、簡単に思いつくような計画をやる気もなかった。


 出会いが必要だ。機会が必要だ。━━『運命』が必要だ。


 死者である『はいいろ』に自分を認めてもらうためにはどうすればいいか?


 もちろん、死者とは会話ができない。ようするに必要なのは、『死者が本当に認めるか』ではなく、自分が『これなら死者も認めるだろう』と納得できるか、ということだ。


 アンダーソンはそのための必要条件に『運命』を定めていた。


 頭で描くだけの計画が十全に成功する……これだけでは足りないのだ。

 転がり込んできた困難かつ前人未到の機会をつかみ、それを実力と運でこなす。


 できれば『はいいろ』さえできないような、とびきり困難なことがいい。

 自分にならできる。


『はいいろ』は尊敬している。

 けれど、あの人は、最後の最後でひよって、弱くなってしまった。実力は衰えていなくても、性格が犯罪者向きではなくなってしまった。

 だから、『はいいろ』級の実力を持ち、犯罪者として適した性格を持っている自分になら、できる。


 もちろん、その機会を得るために、ただぼんやり待っていればいいということではないだろう。


 機会を手にするには、そのための努力も必要だ。

 ただ口を開けてればエサをもらえるのだと思い込んでいる無能どもとは違う。アンダーソンは考える犯罪者だ。優れている。だからこそ努力を惜しまない。


 殺しをした。

 盗みをした。


 名を知らしめるには努力が必要だ。努力もせず期待だけするようなクソどもはイライラする。ごまをすっておべっかを使って実力以上のポストにつくようなヤツにもイライラする。


 とはいえ殺すために殺したことは一度もなく、盗むために盗んだことだって一度もない。

 毎回、最初は敬意を求める。

 だが世の中には『他者に敬意を払う』ということを知らないクソどもが案外多い。

 自分を殺せる者が自分の目の前にいるのに、雑魚の集団を後ろに控えさせていい気になっているギャングどもがそれにあたる。


 だから殺しまくった。


 中には敬意を覚えて仲間になりたがるやつもいた。

 けれど、アンダーソンは他者に与える機会を一回だけと決めていた。こちらを一目見た時に敬意を払えない者が、あとから抱いた敬意など信用できない。

 だから最初から自分に敬意を抱いて接した者以外はすべて殺した。


「アンダーソンの兄貴、どうしてギャングどもばっかり狙うんです? もっと手軽に殺せるやつらが、表の社会にはたくさんいるでしょうに」


 ある日、仲間にそう質問された。


 そういえばある程度仲間も増えたことだし、正しく敬意を抱くためには言葉での説明も必要な頃合いか、と感じた。

 だから何個目かの壊滅させたギャングの事務所に仲間たちを集めて、信念を言葉にした。


「他者に敬意を払えないヤツ。これは、死ぬしかない。

 どうしても見ているだけでイラつく相性の悪いやつ。これも、死ぬしかない。

 仕事で受けた暗殺のターゲット。これもまた、殺すしかないだろう。

 けれど、ただ街を歩いて、すれ違うだけの他人。……これを殺す必要性がどこにある?

 金を持っているやつもいるだろう。表社会じゃ名の通った、いきがっているヤツだっているだろう。

 だが、そいつらは、俺たちとは無関係だ。

 会話して、敬意が感じられないなら、それはまあ、殺すのもいい。

 だが、大事なのは敬意があるかどうかだ。

 そして、相手に敬意を求める以上、こちらも敬意を持って接することができるかどうかを、常に自分に問いかけろ。

 俺は市場の売り物は金を払って買うし、娼館だって金を収めて利用する。

 それは対等な、互いに敬意を抱いて行う、取引だからだ。

 わかるよな? 敬意は、人として最低限身につけておくべきものだ。

 わかったら、以降、気をつけろ」


 注意を喚起した。


 すでに他者への敬意を忘れていたやつは、この機会に全員殺した。


 仲間たちの中にも、悲しいかな、他者への敬意を忘れたやつはいるのだ。

 アンダーソンは一度しか機会を与えない。一度でも失敗すれば、その時点で失敗したやつを敬意を抱けない者とみなす。

 だから、殺す。  

 なぜなら、他者に敬意を抱けないやつは、自分たちの仲間にふさわしくないから。


「参るよな、まったく。どうして俺の仲間はこう少数にまとまってしまうんだろう。お前たちだけでも、他者への敬意を忘れないでほしいよ」


 仲間たちの承諾を見届けて、集まりをお開きとした。



◆◆◆



 ある地方都市のギャングを消滅させ終えたころ、アンダーソンに接触をはかってきた者がいた。


 そいつは西方に(・・・)住まう(・・・)貴人(・・)からの遣いを名乗った。


 アンダーソンはついに『運命』が転がり込んできたのを感じた。


 というのも、社会情勢というものをアンダーソンは知っていたからだ。


 この国は建国以来ずっと女王制が続いている。


 王族はきちんとした意見力を持ち、現在にまで続くしっかりした法が整備されてからも、王権は法の上にあった。


 だが、それも、限界を迎えている。


 初代女王イーリィはその優れた政治的手腕が語り(ぐさ)となっているが、二代目以降はパッとしない。

 それどころか三代目はあからさまな暗愚で、その時代に生きた者たちは大変な苦労を強いられたという話なのだった。

 四代目からは持ち直したものの、三代目時代の悪夢は貴族たちの中でも記憶に色濃いらしく、常に『女王制廃止』の声は上がっていた。


 そういった時に、女王を廃止して誰が権力の中央に座るのか、という議論になると、決まって挙げられる勢力がある。


 西方貴族。


 建国後も王都より西方土地の開拓を行い続けてきた『実力派』の貴族たちである。

『苦労を知らない生まれついての女王よりも、土地を拓き民と苦労を分かち合う西方貴族から国家の主権を出すべきだ』という意見はいつの時代も根強く存在する。


 つまるところ、『西方に住まうの貴人』の遣いを名乗る者が、自分みたいな犯罪者に接触をはかってきたというのは、反体制的な政治的意図があると読み取るべきなのだった。


 アンダーソンはその遣いと一対一で会談をすることにした。


 もちろん、敬意を持ってだ。


 きちんと掃除した部屋に調度品を並べ、料理を運ばせてもてなした。


 相手もアンダーソンに対する敬意を示したため、せっかく整えた部屋が血で汚れる展開にはならなかった。

 アンダーソンは穏やかで争いを好まない性分なのだ。世界すべてがこのように互いに敬意を抱ける人で満たされていたならばどれほどいいだろうと思わない日はない。


 会談はまず、当たり障りのない雑談から始まった。

 これは知識や知能の確認のために行われているものだとわかった。


 しばらくしてアンダーソンが資格を持っているのを確かめ終えたのだろう、遣いは本題に入った。


「姫殿下がある日、誘拐されます」


 貴人の遣いはこういう言い回しが好きだ。


 誘拐を依頼します、ではなく、誘拐されます━━ようするに、相手に察させるような、第三者に聞かれても言い逃れがきくような、予言めいた言い回しを好むのだった。


 アンダーソンは、相手の『予言』が一区切りつくまで待つ。


「その日は、なぜだか王宮の近衛兵たちも出払い、特に姫殿下への警備は薄くなるのでしょう。ですが、楽に運ぶのはそこまでです。(ぞく)どもはそのあと、実力で憲兵(けんぺい)たちを振り切ります。そうして西方へと消えていくのです」


「その賊どもは、どうやって準備を整えるのです?」


「どうやら、この街の北から数えて三番目の橋の下で、資金を拾うようですね。それは、剣や鎧を新調しても、まだ余るほどの大金でしょう。そうして西方で、その十倍の金を得るようです。なんとおそろしいことでしょう」


「いいえ、おそらく━━あなたの想像するより、おそろしいことが起きます。姫殿下は目撃者も出ないほどあざやかにさらわれ、憲兵どもの追走は問題にもならず、賊はあっさりと西方に入ることでしょう」


「なんと……王家に忠義のあつい我々としては、姫殿下の身に一筋の傷さえもないことを祈るばかりです」


 資金はすでに用意してあり、成功報酬は前金の十倍。

 殺しではなく誘拐。しかも、なるべく傷つけずにさらってこい。

 逃亡先は西方貴族の領地。

 当日、近衛兵の警備はなんとかできるが、憲兵の方までは根回しができない。


 日付、時刻なども符丁(ふちょう)を用いて伝達される。


 以上の条件をアンダーソンは承諾した。


「あなたのような方にこの予言を聞いていただけたのは、僥倖(ぎょうこう)でした。心が軽くなったような心地です。あなたにはきっと、今よりももっとふさわしい地位があるのではないかと、私は考えています」


「恐縮です。私もそうだと感じています」


「なぜだか、またお会いできるように感じますね」


「ええ。大いなる預言者の導きがあらんことを」


 最後に乾杯をして、アンダーソンは遣いを返した。


 王女誘拐━━


 この大仕事こそ、自分が『はいいろ』に認められるために転がり込んできた『運命』だと、強く感じる。


 だから、アンダーソンは決めた。


「これを、新生『輝く灰色の狐団』の初仕事としよう」


 今まで名乗らなかったその名前を使うなら今しかない。


 自分こそが正統なる後継者だと示すのに、これよりふさわしい仕事はないだろう、と。



◆◆◆



 自分は素晴らしい(ワル)だという自覚に揺らぎはない。


『はいいろ』も仲間を選ぶ男だった。

 そのメガネにかなったのだから、素晴らしいに決まっている。


 アンダーソンは『輝く灰色の狐団』を敬意を大事にする集団だと思っている。

 カタギには手を出さない。必要以上に横柄な振る舞いをしない。

 その代わり依頼をされれば必ず達成したし、自分たちをなめてかかった連中には苛烈に報復した。


 弱者の多いクランだった。

 保護したガキがさらわれたこともあった。

 そのたびに、さらった連中に『敬意』を教え込んできた。

 しまいには、手を出す者はいなくなった。


 ……そうだ。

 アンダーソンもまた、最初は、敬意なんて知らない犯罪者だった。


 力があればなにをしたっていいと考えていた。

 強く、賢いなら、自由なのだ。


 けれど、その道には『先』がないと、『はいいろ』に教えられた。


 ムカつくやつをぶっ殺す。━━すると、殺されたやつの仲間が報復に来る。

 殺されたやつの仲間をぶっ殺す。━━すると、さらにその仲間が報復に来る。

 報復に来た連中をぶっ殺し続けると、国の目に留まって、憲兵が来る。


 憲兵どもをぶっ殺し続ければ、国が本気になって軍隊を派遣してくるだろうし、冒険者ギルドなんかにもおたずねものとして貼り出されることだろう。


 そいつらを全員ぶっ殺せたとして、なんになるのか?


 ……そうだ。当時は、なにもかもできると思っていた。

 だから、その話が初めて心に響いたのだ。なにもかもを返り討ちにして、その先になにがあるのか? なにもない。だから、どこかで止めなきゃならない。


『いずれ誰かに負ける日が来る』とかいうおためごかしより、よほど、心に響いた。

 報復されて自分が死ぬ姿は想像できなくても、報復を返り討ちにし続けて無人の荒野に立つ自分の姿の方が、想像しやすかったんだ。


 ……その会話のあとで『はいいろ』にボコボコにされたのだから、閉口もする。

 正面からの殴り合いで勝てなかった相手は『はいいろ』が初めてだった。頭を使っての殺し合いでも勝てなかったのは、『はいいろ』が初めてだった。


 だからきっと、『はいいろ』は世界一の男なのだろうと思った。

 世界のほぼ全てが自分以下だと思っている。だから自分より強いやつは、世界で一番強いのだ。

 

 だから、弱者どもは、敬意をはらうべきだ。


『はいいろ』も『狐』も『輝き』もいなくなった今、世界で一番強いのは、このアンダーソンなのだから。


 …………そうやって。


 あの日━━『はいいろ』が殺されて、『輝く灰色の狐団』が解散した日以来、なんどもなんども、自分の信念を整理している。


 自分は世界最強だ。


 でも。


『はいいろ』を殺したアレクサンダーは、自分より弱いのか?


 ……わかっている。


 認められないだけだ。


 認めてやりたくないだけだ。


 絶対に、認めてなんか、やるもんか。


 否定の余地がある限り、どんな屁理屈をこねくり回してでも否定してやる。

 否定の余地がなくなったって、大声で喚き散らしてでも否定してやる。


 あいつを認められないのは、自分の嘘偽らざる感情だ。


 理屈でも信念でもない。


 あの、急に出てきてあっというまに『はいいろ』に認められたガキを、自分が認めてしまったら、揺らいで、崩れてしまう。


 あんな化け物が世の中にはいて、自分はその存在すら知らないだけの━━

 世界を知らない、小さくまとまって、いきがっているだけの雑魚なのだと、そんな可能性は、今さら認められない。


 拠り所を失って、仲間たちに敬意を求めて、敬意のない連中を殺しまくっているのだ。

 もう、自分を最強だと思ってこの人生を続けないと、今さら、退けない。


 だから絶対に、認めない。


『輝く灰色の狐団』の後継者は、このアンダーソンだ。


 ……直接対決すればすぐに答えがわかる。

 だから、直接対決はしない。


 やるまでもない。


 結果は、わかっている。


 自分は世界最強だと思い続けないと、自分自身が終わってしまう。


 だから、頼むから、どこか知らない場所で死んでてくれ、アレクサンダー。



◆◆◆◆



 誘拐したお姫様はずいぶんノンビリしたガキで、自分がおかれている状況を理解できていないのかと思った。


 荷物みたいに担がれて、後ろ手に縛られて床に転がされても、にこにこしながらこっちを見ている。


 桃色の髪はホコリで汚れ、仕立てのいいドレスはどこかで引っ掛けたらしくやぶけていた。

 でも、笑っている。

 薄桃色の瞳が、こっちのすべてを見透かすみたいに細められているのが、気味悪くて仕方がなかった。


「アンダーソンの兄貴、憲兵の動きが早い……お、俺ら、逃げ切れるんですか⁉︎」


「『はいいろ』や『狐』なら逃げ切るさ」


 状況は悪かった。

 憲兵たちから隠れるために廃屋の二階に潜んではいるが、ここからどうやって王都から出て、西方に行けばいいのかわからない。


 それに、憲兵の動きのよさを見ていると、ハメられたのではないかという気もしている。

 西方に逃げたところで、無事に『逃げきれた』と言える状態になって、約束された地位は手に入るのか、というのは不安だった。


 けれど、こんな状況、『はいいろ』なら笑い飛ばしてどうにかする。

 だから、自分にだって……


「で、でも、アンダーソンの兄貴は、名前を継げなかったじゃないで━━」


 敬意がない。

 だから、殺す。


 この信念はどんな状況でも例外はない。


 たとえ、この深夜に、あらかじめ配備されていたとしか思えないほど動きの早い憲兵どもに非常線をしかれ……

 その包囲が正確にこちらを捉えて狭まってきている状況でも、例外はない。


 ……それより不気味なのは、さらったガキだ。


 ただ王家の血を引いているお姫様というだけのガキだろうに、目の前で人が殺されても動揺した様子がない。


 この、目。


 見透かすような目。服装や容姿といった部分よりも、もっと深くを捉えるような視線は━━


 アレクサンダー。


 ━━イヤなガキを、思い出させる。


 その視線に気圧されて、つい、声をかけてしまう。


「おい、状況はわかってんの? あんたは今、俺の機嫌ひとつで死ぬかもしれないんだよ」


「あらぁ」のほほんとした、周囲の空気の流れをゆっくりにするかのような声だった。「あたくし、殺されてしまうのねぇ」


「……気が抜ける。緊張とか、ないの?」


「だって、ねぇ? どうしようもありませんものぉ。それより、あたくし、誘拐犯さんも、殺人犯さんも、見るのが初めてよぉ」


「そりゃあ、そうだろうが……」


「でも、ねぇ? なんだか、あまり面白くはないわねぇ」


「……どういう意味だよ」


「だって、あなた、普通、なんですもの」


「あ?」


「もっと、角とか生えているかと思っていたわぁ」


 冗談━━というわけでもなさそうだった。


 ……わからない。読めない。

 このガキの浮かべる笑顔は、内心を包み隠す仮面のようだ。あるいは本当になにも考えていない、極度にのんびりしているだけのお嬢様なのかもしれないが……


「……お姫様はこれから、西の方の変態に売られて、好き放題されるんだよ。今までのような暮らしはできなくなる。食べるものも、飲むものも、まともにはあたえられない。服だって着せてもらえないかもしれない」


 怯える顔を見る趣味はないが、この笑顔がどうにも、気に障る。

 だから、この笑顔を消したくて、つい、脅すようなことを言った。


 でも、笑顔は消えなかった。


「だったら、寒いのにも慣れておかないとねぇ」


「……そういう話じゃなくって」


「誘拐犯さんは、冗談がお好きなのねぇ」


「はあ? なんでそうなるわけ?」


「だって、誘拐犯さん、ひどいことなさるつもり、ないでしょぉ?」


「……」


「きっと、あたくしを傷つけてはならないのねぇ。さっさと殺して捨てればいいのに、しないもの」


 笑顔のまま、のんびりとした気の抜ける口調のまま、そんなことを言うもので、一瞬、なにを言われたのかわからなかった。


 ……きっと、わかっていないだけだ。

 贅沢な暮らしをしてきたはずだ。犯罪や脅威とは無縁の、守られたお姫様の暮らし……だから、現在の状況に対する危機感の抱き方がわからないし、死というものを想像もできない、だけだ。


 ……そうやって今の態度に理由をつけられる。

 だというのに、まったく、合っている気がしない。


 ……やめろよ。

 知らないところから出てくるな。世界の広さを思い知らせるな。自分が狭い世界でいきがっているだけのその他大勢であると意識させるな。


 自分が『はいいろ』たちと同じ位置には決してたどりつけない存在なんだと、その可能性を少しでも想像させないでくれ。


「お嬢ちゃんは、いちおう、お姫様だからね。丁重に扱ってあげてるのさ。俺は、敬意を知る者だから。でも、そちらが俺に敬意をはらってくれないなら、こちらも気分が変わってしまうかもよ」


「あらぁ。ふふ。あたくしなんて、なんの力もない、ただの女の子よぉ? あたくしが死んだって、一つの命が消えるだけですもの」


「お姫様は、特別な存在なんだよ。君のためにたくさんの人が動いてる。君という命の価値は、その他大勢とは違うんだ」


「混ざっているわねぇ」


「あ? なにがだよ」


「お姫様は、特別な地位よねぇ。お姫様のために、たくさんの人が動くわねぇ。でも、それは、お姫様のためにであって、あたくしのためにではないわよぉ?」


「その二つは一緒だろう?」


「お姫様なんて、ただの肩書きなのに?」


「いや……」


 それは、まあ、そうだろうけれど。

 でも、その肩書きは、彼女でなければ得られないし、他に代わる者もいない。

 だから同一視しても間違いではないだろう。


 けれど。

 けれど━━なにかが、引っかかる。


 そもそも、なんだ、コイツは?


 王宮育ちのお姫様の価値観か、これが?


 もっと異質な、なにかを感じる。

 そうだ、まさしく、アレクサンダーのような……


「あ、アンダーソンの兄貴……」


「なんだ? 今、話してるところだろうが」


「で、でも、あれ、見てください。あいつ、あいつは……」


 指さされた方を振り返る。


 ……おどろきを、どうにか顔に表さないようにする。


 そこには、窓から差し込む夜の光に照らされて、二人の人物が立っていた。


 一人は知らない女だ。

 もう一人は━━


「アレク、サンダー……」


 ……『運命』を感じる。


『輝く灰色の狐団』を名乗って初めて仕事をした夜。

『はいいろ』を殺したガキが、そこに立っていた。



◆◆◆



 三十人対二人だった。


 だというのに、全員がすぐに制圧された。


 もちろんこっちが三十人で、こっちが制圧された側だ。

 ……話にもならない。殺し合いにもならない。気遣われ、手加減され、制圧された。


 牢屋に入れられて、思い返して、笑う。


「けっきょく俺は、特別じゃなかった。今まで『はいいろ』たち首領以外の強者と出会わなかった、運がいいだけの男だったってわけだ」


 最強だと思い込んで傍若無人に振る舞う以外の生き方を知らなかった俺は、自分がその他大勢だと認めるわけにはいかなかった。

 でも、認めるしかなかった。……アレクサンダーは異常だ。天才でもなく、秀才でもない。異常だ。

 ……『はいいろ』や『狐』たちと同様に、『俺たちとはなにかが違うのに、それがなんなのかわからない』というタイプの存在で━━

 あの手の異常者は、どうにも、世界にはそれなりの数、いるようだ。


 自分がその他大勢の雑魚だと思いながら生きていくみじめさには耐えきれそうもなかった。

 自分を最強だと思いながら生きてはぐくまれた自尊心があって、それは今さら、ビクビクしながら生きるのを自分に許さない。


 まあ、もう、関係ないか。


 姫殿下誘拐の政治犯である自分たちは重い罪が課される。

 首謀者ということになっている俺は死刑に決まっている。


 もう、なんでもいい。

 もう、疲れた。


「アンダーソン! 面会である! 牢の奥に(ひざまず)(こうべ)を垂れよ!」


「あ?」


 ただの面会にしては威勢の良いことを言いながら、武装した兵隊が近づいて来る。

 鎧に抜剣状態とは、ずいぶんと厳重なことだ。


 間違いなく貴人。

 心当たりがあるとすれば、それは仕事の依頼をしてきた貴人なのだが、わざわざ接触して証拠を残そうとするとは思えない。


 ……待て。

 あの鎧、白い。


 白い鎧に刻まれた意匠。抜かれた剣の意匠。

 あれは━━近衛だ。


 近衛は、王族直属の兵だ。

 貴人警備に貸し出されることはあるが、こんな牢屋までただの貴人がつれまわせるものではない。


 困惑していると、騎士の影から、ひょっこりと顔を出す少女がいた。


 桃色髪に薄桃色の瞳。

 緊張感のない笑顔を浮かべた、姫殿下。


「お嬢ちゃんか」


 不敬であるぞ! と近衛騎士が怒鳴る声があった。


 けれど、姫殿下は気にした様子もなく、牢の格子に近づいてくる。

 止めようとした近衛騎士に指示して下がらせ、見透かすような目と不気味な笑顔をこちらに向けてくる。


「あらぁ」あいかわらず、気の抜けるような、間延びした声だった。「政治犯さん、ごきげんよう」


「ごきげんよう、お姫さま。悪いね、貴人をもてなすには殺風景で」


「ふふ。ええ、ええ。じゃあ、こんど、牢屋にお花でも飾っておくように、言っておくわねぇ?」


「……で、なんなんだ? まさか自分をさらった男が牢屋でうちひしがれてる姿を見る趣味があるわけでもないだろ」


「そうねぇ。あなたは見ていても、面白くはないものねぇ」


「普通だからな」


「ふふ」


 笑い合った。

 不思議なものだ。再会した時には不気味に見えた見透かすような目も、貼り付いたような笑顔も、少し言葉を交わしただけで、心地よいものに思える。


「あたくしねぇ、思ったの。誘拐されると服と体が汚れるじゃなあい? それはちょっと、嫌だなあ、って」


「もっと他に嫌がる部分があると思うがな」


「そこでねぇ、あたくしに、誘拐のことを早めに知らせてくれる人がいたら、素敵だなあ、って思うのよぉ」


「そりゃあ確かに素敵だ」


「あなた、やってみない?」


「……」


「この二人は、あたくしの味方よぉ」


 視線を近衛騎士に移したところ、すぐにそう言われた。


 注釈の意味に、こっちが気づけない。

 しばらく考えて、つまり、これは、『ただの近衛騎士』の前ではできないような、内密の話なのだということを、理解した。


 お姫様の騎士、ではなく。

『あたくしの味方』というのはそういう意味の注釈なのだ。


 お姫様の気まぐれで、たとえこちらが承諾しても通らないような話ではなく。

 こちらが承諾すれば、通る話なのだと━━そう、理解した。


「あー、お嬢ちゃん。俺は政治犯で誘拐犯で殺人犯だ。それも、お嬢ちゃんの知ってるより、かなりの数を殺してるし、かなり悪いこともやってる」


「知ってるわぁ。経歴は調べてあるもの」


「……俺を牢屋から出して、諜報で使おうっていう話、だよな? そいつは少し、危ない賭けにすぎる。というか━━俺は罪を償うべきだ」


「ふぅん?」


「……人は、やり直せない。俺は、自分を(ワル)のエリートだと信じて育った。そして、それなりのことをやってきた。明日、改心したとして、これまでの罪が消えてなくなるわけじゃない」


「それでぇ?」


「……あー、だから、それで……」


「それは、誰の受け売りかしらぁ?」


 見抜かれた。


 ……『はいいろ』の、末期の言葉だ。


 あのアレクサンダーと戦いながら、『はいいろ』が語った、死ななければならない理由。

 このあと『はいいろ』は、『自分が後進の輝かしい未来の邪魔をしている。だから、死ぬしかない』と続けた。


 でも、自分にはそこまでして道を拓いてやりたい後進なんかいない。


「あなたは、どう思っているのかしらぁ?」


 ……なんなんだろう、コイツは。


 恐ろしい。

 なにか、こちらとは━━凡百の連中とは、違う景色を見ている。


 そもそも、こんなガキに『個人的に忠誠を尽くす』近衛騎士が二人もいる時点でおかしい。

 ただのお姫さまだろう?

 黙って座っていれば、いずれ必ず女王の椅子に座るはずだろう?

 至高の権力の座が、生きているだけで約束されているはずなのに……

 にもかかわらず、なんで、そんな、味方の確保みたいなことをしているんだ?


「お前の、目的は、なんだ? ……なにに備えて、味方を増やそうとしている?」


「あらあら」あくまでものほほんとしている。「四代女王の御世をご存知かしらぁ?」


「四代女王? 暗愚であった三代女王の治世から、どうにか持ち直したという……ええと、婚姻が遅かったとか、あとは……」


「そろそろ、次の『持ち直し』の時期が来ていると思わなくって?」


「……」


「というよりぃ。会議に来る貴族もいっつもおんなじ顔ぶれでつまらないしぃ。あたくしは『面白くしたい』のよねぇ」


「ど、どうやって?」


「その時々で、ふさわしい人が王座についたら、不安定で面白いじゃなぁい?」


「……他の貴族と玉座を持ち回りにする、ということか?」


「別に貴族でなくてもよくないかしらぁ?」


「……」


 ━━人は、やり直せない。


 スラムに生まれて盗みしか知らない者は、そのまま盗賊として生きる。

 殺ししか教えられなかった暗殺者は、殺しで生きていくしかない。

 生き方を変えるのはとても、とても、とても、難しい。それに、やる気だってわかない。

 だって最初から生き方の変化の幅は社会によって決められている。スラムで生まれた者が貴族になることはありえないし、貴族に生まれた者が王にはならないだろう。


 逆転はない。だから、モチベーションもわかない。


 生き方を変えるなんていう、熱意が必要で、面倒くさくて、周囲から石を投げられ裏切り者扱いされるようなリスクの高い行為には、難易度に適したメリットが伴うことがないのだ。


 それが、


「……スラムのガキが、王になれるっていうのか?」


「そういう可能性があった方が、面白いと思わない?」


「馬鹿な……すでに地位が約束されてるあんたが、そんなことを主導して、なんになる?」


「お友達ができるわ」


「……?」


「お姫さまのお友達じゃなくってぇ、あたくしの、お友達ができるわ。それに、ねぇ、得とか、どうでもよくなぁい? どうせ、未来なんかわからないんですもの。可能性だけどんどん増やした方が、きっと楽しいわよぉ?」


「狂ってる。世界をぶっ壊しかねないんだぞ。あんたも、賛同者も、頭がおかしい」


「だって、ねぇ? しょうがないのよぉ。あたくしは今の世界のつまらなさが我慢できないんですものねぇ。あるでしょう、あなたにも。理由はわからないけど、ゆずれないことが」


「……」


 ……『はいいろ』を尊敬している。

 今もそうだ。


 でも、一点だけ、ただ一点だけ、敬意を払えないことがあるとすれば、それは━━

 アレクサンダーを後継者に選んだことだ。


 実力はわかる。

 仲間たちからは『はいいろ』たち首領と同じように畏怖されていた。

 たしかに、客観的に見れば、アレクサンダーは後継者としてふさわしかった。


 でも、納得できない。


 ……その理由が、ようやくわかった。

 自分をその他大勢だと認めて、ようやく、わかったんだ。


「俺は、天才や怪物が、自分のことを『使い捨ての利く、その他大勢です』みたいに認識しながら、凡人がとどかない位置で天才だけがかかわれる戦いをするのが、許せなかったらしい」


 ━━なぜ、俺じゃなかった。

 ━━なぜ、後継者は俺じゃなかった。


 ……いや、自分じゃないのはいい。アレクサンダーは化け物だ。『はいいろ』と同様の『最初から持ってる』やつだ。選ばれなかったのは納得できる。


 でも、それでも━━


「その他大勢の凡人にだって、『挑む権利』ぐらい、あるはずだ」


「……」


「勝てなくてもいい。負けるのは覚悟するべきだ。でも、挑戦の権利さえもらえないのは、納得いかない。弱者が強者に敬意をはらうのと同じぐらい、強者も弱者に敬意をはらって、いいはずだろう」


「……そうねぇ」


「俺は、『負け』がほしかった。もっと早く負けてれば、俺には、違う道もあったはずだ。……いや、それはきっと言い訳か。でも、言い訳の余地が、残ってしまった。あの時、負けさえできなかったせいで」


「あなたは、どうしたいのかしらぁ?」


「命はもう惜しくない。けど、あんたの話に乗る」


「あら、あら」


「あんたが世界をぶち壊すのを手伝わせてくれ。俺はやり直せなくていい。でも、俺の努力が、後進に道を作るのは、たまらなく魅力的だ。なにせそいつは、あの『はいいろ』でさえ、できたとは言いがたい偉業だからな」


「跡目争いに決着がついて、吹っ切れたのかしらぁ?」


「……そう、だろうな」


「仕組んでよかったわぁ」


 のほほんとしたまま、あっさりと言う。


 そのせいで、また、聞き逃しかけた。


 意味を理解して、笑った。


「そういうことか! アレクサンダーが来たのは、あんたのせいか! いや、この誘拐自体が……⁉︎」


『輝く灰色の狐団』を名乗った、までは合っていた。

 だが、漏れ聞こえる話から、どうにも、『アレクサンダー』まで名乗っていたことになっている様子が見えて、違和感があった。


 自分こそが正統な『輝く灰色の狐団』後継者だと標榜(ひょうぼう)しているのに、アレクサンダーを名乗るわけがないだろうに。


 お姫さまは、のほほんと笑っている。


「どこから、どこまで、かしらねぇ? けれど、いいじゃなぁい。わたくしたちは、お友達ですものねぇ」


「……世界が壊れても、あんたが玉座に座る気がするよ」


「興味ないわぁ。だって、楽しくなさそうだもの」


 笑った。大笑いした。


 ━━お姫さま誘拐事件の顛末は、以下のようになる。


 首謀者と誘拐組織の構成員は秘密裏に死刑にされた。


 だからその姿は事件以降、歴史の表舞台には出てきていない。


 記録にはそれがすべてだ。

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