第7話 全属性の価値
あらすじ「ヤベーヤツの家から比較的無事に帰ってきました」
燐瑚ちゃんの家にお泊りをした日から数日が経っていた。
一週間遅れで入学したものの、幸いクラスの他の子達ともそれなりに仲良くなる事が出来たからホッとしたよ。
この辺りクラスメイトが人見知りをあまりしない小さな子供達ばかりだったのが良かった。
燐瑚ちゃんも僕が仲介する事で噛呪院家の怖い子ではなく、人より呪術魔法が得意な子という認識が少しずつ広まっていったのも良かった。
おかげで僕はそれなりに小学生達の中で上手く立ち回る事が出来ていた。
「咲良ちゃん、燐瑚ちゃん、今日は私の家で遊ばない?」
五時間目の授業が終わると、クラスメイトの女の子が僕達を遊びに誘ってくれた。
「柚木、悪いんだが放課後は職員室に来てくれないか? お前の勉強の事でちょっと話があるんだ」
仲良くなる為に誘いを受けようかと思ったら、先生からストップが入る。
「勉強ですか? わかりました」
あれかな? 一週間入学が遅れた事かな?
でもその件はここ数日、放課後に補習をしてたから、もう遅れは取り戻してる筈なんだけど。
「ごめんね、今日はいけても遅くなるかも」
「いいよ。私達は先に行ってるから」
僕はクラスメイトと別れると、先生と共に職員室に向かう。
「失礼します」
そして職員室に入った僕は、そこで意外な人物の姿を見た。
「お母さん?」
そう、職員室には母さんの姿があったんだ。
母さんまで呼ぶとなると、やっぱり入学が遅れた件かなぁ?
「先生、うちの子に何かあったんですか?」
けど母さんも何故呼ばれたのか分からないみたいで、不安げな様子だ。
「いえ、悪い事ではないので安心してください」
「はぁ……」
悪い事ではない? となると何だろう?
「そこから先は私が説明致しましょう」
そう言って会話に加わってきたのは、知らない男の人だった。
こんな先生学校に居たっけ?
「わたくし教育委員会からやってきました鈴木と申します」
そう言ってスズキと名乗った男の人が母さんに名刺を差し出す。
って言うか教育委員会!?
「きょ、教育委員会の方ですか!?」
「実は咲良さんですが、適正検査で全ての属性の魔法を行使できる非常に稀有な才能の持ち主と判明したのです」
「ええ!? うちの子が!?」
あーっ、そっちか! そういえば魔法の授業で先生がかなり珍しいって言ってたもんなぁ。
授業の後、皆から凄い凄いって褒められまくってたから、ついうっかりその事を忘れていたよ。
「ただ、その件で一度ご家族の方と相談する必要が出来まして。柚木さんもご存じでしょうが、通常一人の人間が扱える魔法の属性は一つか二つ。三つ扱えればかなり希少な才能です」
へぇ、扱える属性ってそんなに少ないのが普通なんだ。
「一年生は最初の魔法の授業で自身の属性を確認したのちにグループ分けを行い、各属性を担当する教師達から魔法を学ぶことになります」
ああ、それも授業の時に言ってたね。
あれ? でも全部じゃなくても複数の属性を使える人はいるんだよね?
その場合でも他の属性の魔法は勉強しないのかな? 何か勿体ないと思うんだけど。
「先生、他の属性を使えても一つの属性の授業しかしないの?」
気になったので質問してみると、先生がそんな事は無いと言う。
「いや、学校で学ぶのは一属性だが、大抵の家では魔法塾や家庭教師を雇って適性のある他の属性も学ぶぞ。ただ学校じゃ全部の魔法の授業をする時間がないからな」
成程、使える属性の数だけ授業を受けてたら、属性の多い子と少ない子で授業のバランスがとれないもんね。
「でも鈴木さん。ウチは特別裕福という訳ではありませんので、いくらうちの子に凄い才能があるからと言って全ての属性を学ばせるようなお金は……」
あー、そうだよね。ウチは一般家庭だから、何人もの家庭教師を雇う訳にはいかないだろうなぁ。
「それなんですが、咲良さんの件は我々にとっても稀少な案件でして、教育委員会でも話し合いが行われたのです」
教育委員会で話題になるとか、なんか凄い大事になってない!?
「そ、そうなんですか?」
案の定母さんも困惑している。
「はい。咲良さんの才能はかなり貴重、いえ世界的に見ても唯一と言って良い程です」
「そ、そんなにですか!?」
「ええ、歴史上全ての属性の魔法を扱う事が出来た人間は、数千年前の古い書籍や神話にしか出てきませんからね」
マジで!? 全属性ってそんなに凄かったの!?
ただ全部の魔法を使えるだけの人間なら、探せば結構居るもんだと思ってたよ!?
「とはいえそんな古い書物となると、当時の権力者が箔を付ける為に盛った記録の可能性が高いので、咲良さんは実質史上初の全属性魔法使いという事になります」
更に凄さが増した!?
「そんな稀少な才能の持ち主ですので、咲良さんの魔法授業は我が国の教育機関が責任をもって受け持たせて頂きたいのです。もちろん費用は私どもの方で持ちます」
「タダで魔法の勉強が出来るの!?」
おおー! 太っ腹!! やるじゃん教育委員会!!
「とはいえ、全ては咲良さんの意思次第ですが」
「僕の?」
「はい。咲良さんは稀少な才能をお持ちですが、我々としては強要するつもりはありません。魔法は慎重に学ばないと怪我をする危険が非常に高いですからね。嫌々やらされれば勉強に対する意識が散漫になります。咲良さんの場合は全ての魔法を学ばないといけませんから、他の子と比べてストレスは段違いに重くなるでしょう」
あー、算数だけが苦手な子と、勉強全部が嫌いな子じゃそりゃ勉強に対するストレスもケタが違うよね。
「ですので、咲良さんが望むのであれば、他の子と同じように自分のやりたい魔法の授業だけ受けても構いません」
「それでも良いの?」
おっと、意外な対応。もっとぜひやってみよう!って推してくるかと思ったよ。
「ええ、今回私が来たのは、咲良さんの選択肢を増やす為です。決して強要はしませんよ」
あくまで僕の自由意思にゆだねるって訳か。
とはいえ、どのみち答えは決まってるんだよね。
「じゃあ全部の魔法を勉強したいです!」
だってもう一年生の魔法は全部覚えちゃったし、寧ろ早く新しい魔法を覚えたくて仕方がないんだよ!
だから学校の方からタダで全部の魔法を教えてくれるって言うのなら、寧ろ万々歳だよ!
「本当に良いんですか? すぐに決めなくてもしばらく考えてからでも良いのですよ?」
けれど鈴木さんは僕に慌てて決めなくて良いと言ってくれる。
この人結構良い人だなぁ。
「大丈夫です! 僕魔法の勉強好きですから!」
けれどそんな心配は無用! 寧ろ早く魔法の勉強させて!
それに、魔法の事を勉強すれば僕がこの世界にやって来た事や、何故か女の子になった事の理由が分かるかもしれないからね!
「分かりました。では咲良さんに学ぶ意欲があると、上に伝えますね」
「よろしくお願いします!」
よーし! これで新しい魔法が覚えれるぞー!!
◆???◆
「という訳で咲良様は我々の提案を快く受け入れてくださいました」
「……そうか」
鈴木が学校での一部始終を儂に報告する。
「しかし意外でした。遊びたい盛りの子供が、ああも即断でこちらの提案を受けるとは。正直説得にはもっと時間がかかると思っていたのですが……」
「当然だ。アレは、咲良は……」
儂は机に置かれていた咲良の写真を手に取る。
「儂の可愛い孫娘なんじゃからなぁ!!」
「は、はぁ……」
儂の名は桜樹藤貴。
魔法界の頂点の一角たる桜樹家の当主である。
そして咲良の母こそが儂の可愛い末娘、桜樹陽乃季だ。
……今はどこの馬の骨とも分からん貧乏人と駆け落ちして、柚木などという苗字を名乗っておるがな!!
だが!! 咲良は間違いなく儂の血を引く孫娘なのだ!
あの小僧になど全然似とらんわ!!
「陽乃季が駆け落ちした時はどうなる事かと思ったが、まさかこれほどの逸材が産まれるとはな……」
儂も魔法の世界に身を置いて長いが、全属性の使い手など初めて聞いたぞ。
「既に咲良様の情報が流れているようで、有力な家と裏組織が動いている模様です」
「だろうな。鈴木よ、咲良の護衛には精鋭を付けろ。あの子に魔法を教える教師も腕利きを揃えるのだ」
「既に手を回しております」
「うむ」
咲良の才能を知った時からこうなる事は分かっていた。
故に儂は咲良の才能が悪用されぬよう、教育委員会に圧力をかけて儂の手の者を教育係として送り込むことにしたのだ。
「だがこれで……くくくっ」
笑みが溢れるのをこらえきれず、声が漏れる。
「これで陽乃季にバレずにこっそり咲良と会う事が出来るぞ!!」
「お嬢様とは大喧嘩でしたからねぇ」
そうなのだ! あの小僧との結婚を反対したら陽乃季の奴め、あっさり駆け落ちしてしまいおった!
「しかも孫が生まれても絶対顔を見せんと言いおった! あの親不孝者め!」
「陽乃季様も強情ですからねぇ」
「咲良が入院した時ばかりは儂に頼ると思っておったのだがなぁ」
「とか言って、陽乃季様に黙ってこっそり腕のいい医者を送り込んでたじゃないですか」
いや、それはまぁ、可愛い孫じゃし……
「咲良様の才能は間違いなく桜樹家の血でしょうね。属性の才能は血の積み重ねですから。濃い魔法の血を持つ者ほど、複数の属性を発現します」
「うむ。だからこそ咲良は守らねばならぬ」
全ての属性を操る奇跡の子、血縁であるからという理由だけではない。
才能ある者を利用しようとする者は多い。特にそれが犯罪に加担する者達ならなおさらだ。
更に言えば、咲良は我が桜樹家の血筋だ。
あの子の情報は隠しているが、腕の立つ者が調べればすぐにバレるだろう。
桜樹家に対するカードとして利用しようとするだろう。
だがそんな事はさせぬ! 可愛い孫は儂が守るんじゃ!!
なにせ初の女の子の孫じゃからな! 上の娘達が産んだ孫は全員男じゃったしのう。
「そして……」
儂はかねてより考案していた最重要計画を思い描く。
「咲良の師となってこっそり孫に勉強を教えるんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分の師が実は血の繋がった祖父とか、燃えるじゃろ!!
「ハァ……ウマクイクトイイデスネ」
何故か鈴木が無感情な目でこちらを見ていた様な気がするんじゃが、気のせいじゃよな?
あとがき「裏で動いてる人達も(別の意味で)ヤベーヤツでした。主人公の周りにはまともな人間は居ないのでしょうか?」
次回予告「これ母親もヤバい奴だったりしないよね?」
母親「ニッコリ」
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