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ヤンデレ彼女×サイコパス彼氏≒純愛  作者: 釧路太郎
第二部 二人だけの世界編
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この先、混浴はありません

 まー君が教えてくれないのだったら自分で見てしまえばいいと思って看板の傍までいてみたのだけれど、私の位置からは何が書いてあるのかはっきり読み取ることは出来なかった。角度的に見えづらいという事もあったのだけれど、文字かかすれて読みにくくなていることの方が理由としては大きかった。

 何が書いてあるのか見ようとまー君の前に出ようとしたのだけれど、まー君が私の腰に手をまわして草むらの中から戻されてしまった。看板に何が書いてあったのかは気になるけれど、まー君が私を気遣ってくれているのがわかって嬉しかった。手を繋いでいるだけでも嬉しい事は嬉しいのだが、腰に手をまわしてくれた時に距離が一気に縮んだことでまー君の体温と息遣いを肌で感じることが出来たのも嬉しかった。大好きな人が隣にいるという事でも幸せなのに、意識しなくてもすぐそばにいるという事が本当に幸せだった。


 私が先生から聞いていた話ではバス停から二十分くらいだったはずなのにもう二時間近く歩いているような気がしていた。それでも、私はまー君と二人だけでいられるこの時間が嬉しかったし、ずっと手を繋いでいられたことに喜びを感じていた。

 少しだけ前を歩いているまー君が何かを見付けたのだが、それはきっと今日泊る予定の旅館だと思う。先生の話では今向かっている集落には二階建ての建物は旅館くらいしかないという話だったし、他に目立つ建物も無いので間違いないと思う。何より、バス停からの一本道なので迷うことも無いはずだからね。


「あそこが今日の泊る場所だといいね」

「そうだね。バス停から結構歩いてきたんだけど、折り畳みの自転車でも買ってくればよかったかもね」

「まー君と歩くのは好きだからいいんだけど、次に来る機会があったらそうするのも一つの手かもしれないね」


 私達はバス停から伸びる一本道を真っすぐ道なりに歩いていたのだけれど、こちら側は宿の正面ではなかったようでぐるりと回りこむ必要があった。おかしな造りだなと思っていたのだけれど、玄関前から伸びる道の先にいくつか建物があるようなのでこちら側がもとからある道でバス停までの道は後から造成されたものだという事が何となく理解できた。


「良かった。ここが先生に紹介してもらった場所だね。違ったらもう少し歩いて探さないといけないのかと思っていたけど、一番それっぽい建物が旅館で良かったね」

「そうだね。今まで歩いてきた道のりを思うと、みさきの先生に文句の一つでも言いたくなっちゃうんだけど、ここまで無事にたどり着けたのならそれもどうでもいい事のように思えてしまうな」

「まー君と一緒に歩くのは楽しくて好きなんだけど、さすがに今日は疲れちゃった。さっそく中に入ってみようよ」


 まー君と一緒に居られる嬉しさで私は気付いていなかったのだが、思っていたよりも歩いていたこともあって疲労が溜まっていたようだった。私は今すぐにでも横になりたいと思っていたがそうもいかなそうだったので、とにかく腰を下ろしたいと思っていた。先生の話では決して都会的ではない鄙びた場所にあると聞いていたので汚かったらどうしようと思っていたのだけれど、二話や建物を見た感じではきちんと手入れされているようでその点は安心感があった。

 私は自分の名前で予約していることもあってまー君より先に旅館へ入っていったのだが、すぐに仲居さんと思われる人が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。遠いところをわざわざお越しいただいてありがとうございます。えっと、お客様方は石屋田先生の紹介の佐藤様と前田様でお間違い御座いませんでしょうか?」

「はい、僕が前田で彼女が佐藤です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。エンジンの音が聞こえなかったようですが、お二人はここまでどうやってお越しになったのですか?」

「僕たちは電車で駅までやってきまして、駅からはバスでやってきました。みさきが先生から聞いていたバス停で降りて、そこからは歩いてきましたよ」

「歩いてきたんですか?」

「はい、結構距離があってびっくりしました」

「いやいや、それでしたら言ってくだされば駅までお迎えに上がりましたのに。石屋田先生はいつもお車でお越しになっているのでその辺は気が付かなかったのかもしれないですが、お帰りの際は駅までお送りいたしますのでお申し付けくださいね」

「ありがとうございます。実は、あの道をまた歩くのはしんどいなって思ってたんですよ」

「でしょうね。お二人がお若いとはいえ、あの道を歩くというのはいささかしんどいと思いますし、野生動物なんかも結構出たりしますからね。まあ、人に危害を加えるような動物は滅多に表れないのですが、万が一という場合もありますし。そうそう、当旅館について簡単に説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、お願いします」

「当旅館はですね。お風呂はあるのですが、ほぼ家族用の小さいものとなっております。大きいお風呂や露天風呂をご希望でしたら、集落の共同浴場がありましてそちらをご利用いただく形となっております。そちらの利用代金は宿泊費に含まれておりますので、当旅館に滞在中でしたら何度お入りになっていただいてもかまいませんのでお楽しみくださいませ。ただ、露天風呂は一つしかないため曜日で男女の利用が入れ替わることになっております。共同浴場が出来た当初は混浴だったので交代で使う必要もなかったのですが、少し前にちょっとした事件がありまして男女別々に分けることとなったのです。内風呂はもともと二つに分かれていたので問題ないのですが、露天風呂はスペース的にも景観を考えても一つしか作ることが出来なかったためやむを得ない措置だとご理解くださいませ。本日は女性のお客様が露天風呂を利用することが出来ます。ちなみに、トイレも水洗となっておりまして、設備といたしましては温水式のシャワートイレとなっております。お食事なんですが、部屋食ではなく皆様には食堂で召し上がっていただくことになっております。時間は午後六時から午後九時の間でしたらご用意いたしますので、後でご希望の時間をお伝えくださいませ。その時に苦手な食べ物とかがございましたらお申し付けくださいね。その分何かを増やすという事は出来ないかもしれませんが、山奥で物資も限られているためご理解いただけるとありがたいです。ちなみに、お部屋なんですが、石屋田先生の紹介という事なので、石屋田先生がいつもご利用なさっているお部屋をご用意させていただいたのですが、谷側の部屋ではなく山側の部屋が良いのでしたら変更も致しますがどうでしょうか?」

「僕は特に拘りは無いんだけど、みさきはどう?」

「私もどこでも大丈夫だよ。まー君がいいならその部屋でお願いしようよ」

「そうだね。ご用意していただいた部屋でお願いします」

「かしこまりました。それでは、何かご質問などございますか?」

「えっと、旅館に関係ない質問でもいいですか?」

「はい、私に答えられる範囲でしたらどうぞ」

「ここに来る途中に変な看板を見付けたんですけど、それって何かご存じですか?」

「変な看板ですか。それはバス停からこの集落までの道沿いにあるのですか?」

「私ははっきり確認してないんですけど、道路から少しそれたところにポツンとあって草むらに隠れていました」

「あの道はほぼ毎日通るのですが、そんな看板があるなんて知りませんでした。ちなみに、何て書いてありましたか?」

「私はハッキリ見てないんでまー君に答えてもらってもいいかな?」

「えっと、僕が見た時も文字が薄くなっててちゃんと合ってるかわからないんですけど『コノ先、日本国憲法通用セズ』って書いてあったと思います」

「その看板でしたら、昭和の中期に建てられたものだと思いますよ。私も詳しくは存じ上げないのですが、この辺りには当集落の他にもいくつか集落がございまして、たびたび集落間で水や温泉を求めて揉めることがあったみたいなんですよ。今でこそ上下水道が整備されてはいるのですが、当時はまだトイレも汲み取り式で飲み水も沢まで汲みに行くことがあったそうです。この集落には昔から温泉があったので直接揉め事に巻き込まれることは無かったようなのですが、沢の近くにあった集落の者と他の集落の者で揉めることが多々あったと聞いております。みんなで仲良くすればいいのにと思うこともあったのですが、揉め事が絶えなかったのも事実でして、ある時に沢の使用を巡って大きなトラブルが起こり、死者を出すような事件へと発展したそうです。ただ、その事件も報復に報復を重ねて大きくなってしまい、最終的には多数の死者が出てしまったと聞いております。ちなみに、それまでの揉め事は集落間のトラブルという事で警察も深く関わろうとはしなかったのですが、人が死んでしまってはそうもいかず、本格的な捜査が進むにつれてこの集落以外に住んでいた男性は何らかの罪に問われる者が多かったそうで、男性のいなくなった集落からは徐々に女性も出て行ってしまい、この地区に残っているのはこの集落を含めても僅かに二つだけとなってしまいました。おそらくなんですが、お客様がご覧になられた看板はその頃の集落同士の対立の際に建てられたもので、撤去されずに残っていただけだとは思いますよ。ちなみに残っているもう一つの集落なんですが、どこかの企業が研修施設として使う事が多いようで、この辺りで定住者がいるのはこの集落だけということになりますね。おそらく、お客様方も聞いたことがあるような大きな企業だと思いますよ」

「そこって近いんですか?」

「近いと言えば近いのですが、お客様の部屋から見える谷を越えないければいけませんので、迂回をするとなると結構な距離があると思いますよ。それに、そこへ行ったとしてもセキュリティがしっかりしているので集落の中には入れないと思いますよ」

「そうなんですね。温泉の向こうにでもあるのかと思ってました」

「温泉は谷とは反対側ですね。何もない寂れた集落ですが、自慢の温泉なので堪能していただけると私共も嬉しいですよ。それとですね、これは連泊なさるお客様にお願いしている事なのですが、宿泊代は前払いとさせていただいておりますのでご協力よろしくお願いします」

「はい、それはみさきの先生から伺ってますのでお支払いさせていただきますね。もし、よろしければなんですけど、予約してある分を全額前払いすることも可能ですか?」

「全額ですか、もちろん可能でございます」

「良かった。それとなんですが、予定の宿泊日数を延長する事って出来たりしますかね?」

「そうですね。お客様にご利用いただくお部屋なんですが、こちらは大変人気となっておりまして、お客様のチェックアウト後にご予約をいただいているのですよ。なので、お部屋が変わってもかまわないのでしたら延長も可能でございます」

「ありがとうございます。僕たちは部屋のこだわりもないのでその時はお願いします」


 まー君は私が見えなかった看板の事を訪ねてくれていたようなのだけれど、今は別に気にしなくても良いモノのようだ。『この先、日本国憲法通用せず』なんてホラー映画に出てきそうな言葉だけど、実際にそう言う看板って今でもあったりするのかな。ちょっと気になってみたりもするけれど、きっとそういうものには私達が関わることなんて無いんだろうな。そんな事を考えていると、まー君が先に宿代を払っていてくれたみたいだった。こういうところは後払いなんだろうって勝手に思っていたけれど、先に払っておいた方が何かと良いのかもしれないね。だって、私達はまだ大人じゃないんだから、そういった意味では信用されていないのかもしれないしね。

 部屋に案内された私はすぐにでも休みたかったのだけれど、まー君が集落の中を散策したいと言い出したのでソレに付き合うことにした。一人でこの部屋に残って休んでいるよりも、まー君と一緒に居た方が疲れが取れそうな感じがしたからだ。それは、まー君を一人で待っている時間の方が精神的にも疲労が溜まってしまうんじゃないかと想像してしまったことが大きな理由であったりする。

 それほど大きくない集落なので一通り見て回るのにもそれほど時間はかからなかったのだが、まー君と一緒に歩いているからこそそう思えたのかもしれない。想像も出来ない話ではあるのだけれど、隣にいるのがまー君ではなかったとしたらバス停から旅館までの道のりも三倍は疲れていたと思うし、この散策にも付き合ったりはしなかったと思う。

 今すぐにでも温泉に浸かって横になりたいと思ってはいた。どうせならまー君と一緒に温泉に入りたいと思うのに、この集落の温泉は混浴ではなかった。当然と言えば当然の話ではあるのだけれど、私は少しだけがっかりしていた。


「温泉が混浴だったら一緒に入れたかもしれないね」

「そうかもしれないけどさ、そうなったら他の男にみさきの肌を見られるってことになるもんな」

「それは私も嫌かも。じゃあさ、今度は客室露天風呂のあるところがいいかもね」


 私は肌を見られるくらいなら気にしないのだけれど、まー君が嫌がるのだったら気にするようにしよう。でも、そんな機会なんてこれから先も一生無いんだろうな。

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