花咲百合 その二
「前田君ってさ、いつも優しくしてくれていたけど、私に見せてくれる優しさと彼女に対しての優しさって違うんだね。わかってはいたけどさ、やっぱり特別な人に対する気持ちってのは別なんだね」
私が前田君の事を好きだという気持ちは間違いなくあったと思う。でも、それは異性を思う好きではなく友人や家族を思う好きだったんだと思う。それは前田君も同じ気持ちだったのだろう。
「そうだね。花咲さんは他の女子と違って普通に接することも出来たし、妹さんがいなければ違った感情が芽生えていたかもしれないね。でも、僕は何となくあの妹さんが苦手だなって最初から感じていたんだよ。当時はうまく言えなかったけれど、久しぶりに会ってみてその気持ちが分かったんだよね。花咲さんの妹さんって、他人は自分のために何でもしてくれるって本気で思っているよね?」
「そうかもしれないな。撫子ちゃんは小さい時からお姫様みたいに育てられていたし、私も両親もなんでもいう事を聞いていたからね。それが家族の中だけで終わっていればよかったんだけど、それと似たような人間関係が幼稚園でも小学校でも形成されていたみたいなんだよ。同級生だけじゃなく、上級生も先生たちも撫子ちゃんの味方になって、敵は誰一人として存在しなかったんだよね。高校に行ったら何か変わるかなって思っているんだけど、時々うちの前に知らない高校生がやってきて撫子ちゃんと話しているところを見ると、高校生になっても変わらないんじゃないかなって思うんだ。この街だけで終わってくれればいいんだけど、撫子ちゃんの取り巻きが日本中に広がってしまったらどうしようって思っているよ」
「その人たちってさ、花咲さんにはどんな態度で接してくるの?」
「私には、眼中にないっていうか、全く相手にされていないと思うよ。私は怖くて挨拶できなかったんだけど、向こうからも何の反応も無かったし。私の事は撫子ちゃんの近くにいる人くらいの感覚なんじゃないかな。ちなみに、私の両親も似たような感じだと思うよ」
「それって、取り巻きの人に相手にされていないってことなのかな?」
「それもあるんだけど、私の両親も撫子ちゃんの取り巻きの一人になっているってことよ。家族の中で何かするときも、撫子ちゃんを中心にしているし、何かあったとしても私と撫子ちゃんを比べることも無く撫子ちゃんだけ褒められてたりするのよね」
「花咲さんも大変なんだね」
「ううん、私はそれを大変だと思ったことは無いわ。ちょっと変だなって思うけれど、撫子ちゃんは根は良い子だし、前田君とは違う優しさを私に向けてくれているしね。今日だって、私のために前田君を連れてきてくれたんだからさ。それって、私のために行動してくれているってことなんじゃないかな」
「花咲さんは本当に僕に会いたかったのかな?」
「そうだよ。私は前田君に会いたかったと思うよ。高校は別々になったのは残念だったし、同じ高校だったらこんな気持ちにはならなかったのかもしれない。でもさ、今は別々の高校で、前田君には彼女もいるし、きっともう会うことは無いと思うんだけどさ。今日はそれが分かっただけでも嬉しいよ。撫子ちゃんが無理やり連れてきたのかもしれないけれど、今日は会えて本当に良かったよ」
「そう思ってくれるのは嬉しいけれど、僕には彼女がいるから花咲さんに会いに来ることは無いと思うよ。今日だってここに来る途中まではあんまり覚えてなかったしね。それにさ、こうして二人で話すのってほとんどなかったよね。今度はみさきも交えて遊ぶってのもいいかもしれないね」
「前田君って本当に彼女の事が大切なんだね。私は二人っきりで会ってもいいと思っているんだよ。もちろん、二人で会うからにはそれなりの事をしちゃうかもしれないしね。二人じゃなくて、撫子ちゃんと三人で遊ぶのでもいいんだけどさ。前みたいに三人で仲良くね」
「ごめん、前みたいに三人でってどういうこと?」
「中学生の時みたいに、三人でゲームしようってことだよ。今だったら昔は出来なかったことも出来るかもね」
「僕の記憶違いだったらごめんね。三人でゲームしたことってあったっけ?」