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ヤンデレ彼女×サイコパス彼氏≒純愛  作者: 釧路太郎
第一部 日常生活編
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二人と一人と一人 前田正樹の場合

 部屋に入るタイミングを間違えたかもしれないけれど、今更どうしようもないのでこのまま流れに身を任せてみよう。何を言えばいいのかわからないけれど、向こうも何も言ってこないので沈黙が続いてしまう。俺は別に無言でも平気なんだけど、初対面の先輩が相手だと少し考えてしまう。


「あの、俺は何をすればいいんでしょうか?」

「え、あ、うん。えっと、私とお話ししてくれたら、嬉しいです」

「何の話をしたらいいですかね?」

「ごめんなさい、よくわからないです」


 俺と話をするだけでいいのだったら楽なんだけど、肝心の話が出来ていないのではスタートラインにも立ててないと言えるだろう。興味がある相手なら話も広げようがあるのだけれど、今日初めて見た人との会話を広げられるほど、俺に会話スキルは備わっていないのは自分が一番良く知っている。


 先輩の男に対する苦手意識を克服させるだけなら俺じゃなくてもいいのだと思うけれど、この先輩が苦手なタイプを紹介しても無駄だろう。ここは一つ、極端に変なやつを呼んでみて先輩を驚かせて、俺なら話せるんじゃないか作戦を実行してみよう。そんな作戦は適当に今考えたんだけど、意外とうまくいくかもしれない。失敗したとしても俺には何の影響もないんだし、この先輩がどうなろうが知った事じゃないはずだ。

 とりあえず、今すぐに呼び出せる変わった男という点で思い当たるのは一人、田中だ。さっそくメッセージを送ると、物の数秒で返事が返って来た。こんだけ早いと常にスマホを見てるんじゃないか疑惑が浮上するのだけれど、俺が知っている田中は一人の時は大体携帯をいじっているので、不思議な事ではないと思ってみた。

 スマホの画面から目を離して正面を向くと、先輩が真面目な顔なのにどこか集中していないように見えて、少し面白かった。見慣れてくると少し面白かったことが一気に面白くなってしまい、こらえていた笑いが一気に噴き出してしまった。それに釣られた先輩も楽しそうに笑っていた。


「すいません、先輩があまりにも真面目な顔してるんで、笑ってしまいました」

「私の方こそごめんなさい。お願いしてる立場なのに笑っちゃった」

「いやいや、こんなのがきっかけでも話せるもんですね」

「確かに、こんな事で会話のきっかけになるなんて信じられないです」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。俺は一年生の前田正樹です。そこに居るみさきの彼氏です」

「あ、私は二年の松本操です。みさきちゃんのお姉ちゃんにお世話になってる彼氏のいない女です」

「みさきとは遊んだことあるんですか?」

「渚先輩に遊んでもらってる時に何度か遊んだことはありますけど、二人っきりってのは無いですね」

「俺はあるんですよ」

「噂だと、二人は付き合って間もないのに凄い信頼関係を築いているって聞いたんですけど、どうしたらそんなに相手に信用してもらえるんですか?」


 自己紹介をする前に長時間見つめ合ってみたけれど、俺には特別な感情は沸いてこず、松本先輩が少し可哀想になってしまった。それにしても、自然とにらめっこをしていたような気がしているけれど、こんなにまじまじと女の人の顔を正面で見たのは初めてだったと思う。

 呼び出しておいてなんだけど、田中がここに来るにしては時間がかかりすぎているような気がしていた。数分でたどり着くと思っていたのでこれほど時間がかかっているのは意外な場所にいるからだろう。


「こんにちは、前田いるか?」


 約束を事前にしていたなら遅れることは許されないと思うけれど、今回は突然呼び出してしまったことなので、何らかの罰はあるわけではないのだけれど、明らかに行動がおかしくなってきたら何か考えてみよう。

 田中は見た目がいかついわけでも気持ち悪いわけでもないんだけれど、にじみ出ている何かが特殊で、だいたいの女子は一歩引いてしまう。この場合は松本先輩が一歩引こうとしているのだけれど、部室の入り口に田中が立っているので逃げ場がなくて困っているのだろう。それをごまかす為なのかはわからないけれど、松本先輩は俺の裾を強く掴んでいた。このままでは制服が破れてしまいそうだと思っていたけれど、松本先輩は一応掴む力の加減をしてくれていたらしい。


「なあ、もしかして俺って迷惑かけちゃった?」

「いや、松本先輩はこんな感じの人らしいよ」

「どうも、初めまして。俺は前田の親友の田中董次です」


 どうも松本先輩は田中の行動の一つ一つが気になっているようだ。もちろん、いい意味ではなく悪い意味なのだろうが。これで田中を嫌いになって同じ空間に居たくなくなると、俺たちジュニアヘビー級の選手が活躍する機会が増えていく事になるだろう。


「田中はちょっと変なやつですけど、意外と普通なんで大丈夫ですよ」

「普通って何だよ、嘘だとしても良いやつって言ってくれよ」

「嘘ならダメだろ」

「そうだな、嘘はダメだな。で、俺は何で呼ばれたわけ?」

「松本先輩は男が苦手らしいんだけど、それを克服するためにお前にも協力してもらおうと思ったわけよ」

「そんな事なら協力するけど、このままだとちょっと難しいよな」


 松本先輩は授業に集中できないわけではないらしく、勉強は出来るタイプなのだろうけれど、このような場面は上手に乗り切る事が出来ないらしい。


 先ほどまで田中は普通にしていたのだけれど、ちょっとだけ格好つけて話しかけようとすると、松本先輩は俺の前から走ってみさきの近くに移動していた。そのままみさきに抱き着くような形で田中を警戒しているようではあるが、そいつに何か行動を起こすような力も勇気もない事を俺は知っているので安心して見守っていてくれると俺も嬉しく思ってしまう。


「なあ、俺って本当に必要だったのか?」

「今は必要なさそうに見えても、いつか役に立つときが来ると思うよ」

「すぐに役立ててくれよ」

「お前じゃすぐには役立てられないよ」


 俺と田中の会話を聞いている松本先輩は席についてメニューを見ながら何かを考えているようだった。多分、デザートをどうしようかまとまっていないだけだろう。それにしても、松本先輩は真面目にやる気があるのだろうか?


「操先輩は頑張るつもりありますか?」

「あるよ。あるんだけどさ、みさきちゃんの彼氏と違って、あの男の人は落ち着かない感じなんだよ。上手く言えないけど、みさきちゃんの彼氏は私に対して何かしようって感じがしないんだけど、あの男の人はそうじゃないと思うんだよね」

「それって、まー君は操先輩に下心が無いけれど、田中君は下心があるってことですか?」

「そんな感じだと思うけど、私が勝手に感じているだけだから違うかもしれないよ」

「でも、三年のアリス先輩とか愛ちゃん先輩と話してる時もそんな感じだったし、まー君に告白してきた人にもそんな感じで接してましたよ」

「それって凄い事だけど、みさきちゃんの彼氏みたいな人って特別だと思うんだよね。それだけみさきちゃんの事が好きだと思うんだけど、普通の人は彼女いても他の女の子の事が気になったりしそうだけどね。何となくだけど、みさきちゃんの彼氏はみさきちゃん以外の女の子に一切恋愛感情を持ってないと思うよ。私の勘だけどさ」

「多分、その勘は当たってると思いますよ。実際にまー君はそんなとこありますから」


 いつの間にか女子二人で俺の話になっているような気がしていたけれど、田中はもう眼中にないのかもしれない。そんな田中の長所の一つが誰とでも仲良くできるなのに今回は役に立たなかったようだ。


「俺が先輩と付き合っちゃえば解決するんじゃね?」


 田中は時々暴走して行動を起こしてしまうのだが、今回は今まで見た中でも群を抜いて酷い質問だった。俺が時々様子を見に行く事になったけれど、田中の相手をするのは疲れてしまう。


「え、冗談だって、そんなに怖い顔しなくてもいいよ。なあ、ってお前も怖い顔するなってよ。……ごめんなさい」


 田中は本当に反省しているようで、いつもの様な空回りの元気が無くなっていた。それにしても、空気が読めないのか空気を読まないのかその答えは田中にしかわからないけれど、きっと彼なりの何か意味のある行動だったのだろう。でも、一言だけ言ってやりたいと思った。


「お前の冗談って本当に面白くないよな。まるで、失敗したからごまかす為に冗談だって言い張ってるみたいだぞ」


 田中はいつもの困ったような顔になって下を向いている。そんな田中ではあったけれど、気付いた時には別の場所に移動していた。本当に反省しているのかは本人にしかわからない。反省している田中が変な行動に出ないように気を付けておこう。

 下校時刻まではまだしばらく時間はあると思うのだけれど、一刻も早く帰って何か他の事をしたい気分になってしまった。これといってしたい事も無いのだけれど、家に帰れば何かしら行動しているのだ。


 今日はあんまりみさきと話していないような感じなので、松本先輩の悩みをさっさと解決して自分の時間にしておきたいと心から願ってしまった。人のために行動しているのだし、何か一つくらいいい事があってもいいような気がしている。

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