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ヤンデレ彼女×サイコパス彼氏≒純愛  作者: 釧路太郎
第二部 二人だけの世界編
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絵を描くのが好きな女の子

 僕たちは泣き止んで落ち着きを取り戻した女の子を見守っていた。先ほどのように僕たちが話しかけて冷静さを失わせることのないようにという思いを込めての事だった。


「すいません。ちょっと取り乱してしまいました。でも、なんで旅行で来ているあなた達がこんなところまで足を延ばしているんですか。こっちに来たって何も無いというのに」

「こっちに来たのは何となくで目的とかも無いんだよね。たまたまこっちに来てこれを見付けたってだけの話で」

「そうなの。私もまー君と一緒にお散歩をしてただけだよ。でも、これってあなたが作ったの?」

「えっと、見られちゃったからもういいか。私は将来漫画を描ける人になりたいんです。その為に練習してたんですけど、上手に絵が描けなくてどうしたらいいかわからなくて。それで、たくさんの絵を描いてたんです」

「でも、なんで裸の女の人ばかりなの?」

「それは、私が人を見てても不審に思われないのが温泉に入ってる時だからです。温泉に浸かってボーっと見てても不思議がられないし、温泉にいる時に走り回ってる人がいないからなんです」

「温泉にいる人をモデルに描いてるって事?」

「はい、服を着ていない分人間の体の構造が理解出来るんで、ここから服を着せたりしていこうかなって思ったんです。でも、見てもらった通りで私は上手く描けないんです。見て描ければちゃんと出来ると思うんですけど、どうしても私の記憶の中の人達はぼんやりして正確に思い出せないんですよ。目が悪いっていうのも関係あるかもしれないんですけど、途中でバランスが取れなくなって変な絵になっちゃうんです」

「まあ、そういう事だったら私達に何か被害があるわけでもないし、見なかったことにするよ。でも、私の絵ってこの中にはないよね?」

「いや、金髪の子の隣に六枚くらいあります。見てわからなかったですか?」


 僕もみさきもレベッカの絵があるのは髪の色で何となくわかってはいたのだけれど、その近くに描いてある絵がみさきの絵だという事はわからなかった。そもそも、あの絵がレベッカだと思ったのも髪の色がそう見えるだけで、他の絵との違いなんてそれくらいしかないのだ。

 僕たちがそう思っていることを感じ取ったのか、女の子の表情がだんだんと崩れていき泣きそうになっているのが伝わってくる。僕はまた泣かれても面倒だなと思っていたのだけれど、女の子にかける言葉が見つからなかった。


「ねえ、絵はちょっとわかりにくいんだけど、モノクロの絵なのにレベッカの髪の色だってわかるのは凄いと思うよ。もしかして、色を覚えるのは得意だったりするの?」

「考えたことは無いですけど、色を覚えるのは得意かもしれないです。色の説明は出来ないけど、色の違いを表すことは出来ると思いますので。それがどうかしたんですか?」

「いや、絵で誰と誰なんだって違いは分からないけど、色の付け方で違いがわかるのって凄いなって思ってね。ほら、金髪にしたいんだったら髪をこうやって塗らないで書くのが普通だと思うんだけど、あなたは一本一本の髪の流れがわかるように描いてるんだもん。どうしてレベッカの髪だけこんなに上手に描けてるの?」

「どうしてって言われても。ずっと見てたからかな?」

「ずっと見てたって?」

「あの、他の人は何となく全体像をぼんやりと見て覚えてたんですけど、この子は他の人と違って綺麗な金髪だったんでそれをずっと見てたんです。顔とかはあんまり見てなかったんでぼんやりとしかイメージ出来なかったんですけど、髪の毛が綺麗すぎて印象に残っちゃったんです。だから、描けたのかな?」

「それって、ちゃんと印象に残っていれば上手に描けるって事なの?」

「見て描くことが出来ればこの絵よりは上手に描けると思いますよ。でも、誰の絵も描いたことが無いので何とも言えませんが」

「じゃあさ、私の絵を描いてみてよ。見ながら描いてみたらどんな風になるのか見てみたいし。でも、服は脱がないからね」

「え、いいんですか?」

「私は良いよ。ねえ、まー君も少しくらいここにいても大丈夫だよね?」

「うん、みさきがそうしたいって言うんだったら大丈夫だよ」

「ありがとうございます。誰かを描くことは今まで何回もしてきたけど、モデルになってもらえるのは初めてなんで嬉しいです。じゃあ、よろしくお願いします」


 みさきは空き箱の上に座って山の方を向いていた。女の子のリクエストで横顔を描くことになったのだけれど、黙って座っているみさきも僕には輝いて見えていた。

 何もやることのない僕はみさきと女の子の邪魔にならないように少し離れて見ていたのだけれど、女の子がどんな絵を描いていくのか気になって時々覗き込んでしまった。

 まだ完成とは言えない段階ではあるのだけれど、そこに描かれているのは先ほどまで見ていた子供の描いたような絵とは違い、美術館で見るような人物画のようにも見えていた。見て描くのと思い出して描くのではこんなに違うものなのかと思ってみていたのだけれど、この子はひょっとしたら特別な才能があるのではないかと思ってしまうくらい上手だった。

 それに、僕が思っている以上に描くスピードも速く、描き始めてからほんの数分で誰が見てもみさきとわかるような絵を描きあげていたのだ。


「大体完成しました。お姉さんが綺麗だから描くの楽しかったです。でも、上手に描けてますかね?」

「え、もう完成したの?」

「はい、顔だけなんでそんなに時間はかかりませんでした。これで大丈夫ですかね?」


 みさきは女の子が描いた絵を見て驚いた表情を見せていた。それはそうだろう。あんなに短時間で誰が見てもみさきとわかる絵を描いてしまったのだ。これは凄い才能なんじゃないかと思って僕も見とれてしまっていたくらいだ。みさきもきっと同じように感じているだろう。


「ねえ、凄いよ。見て描くのと見ないで描くのでこんなに違うなんて凄すぎるよ。他の人でもそうなるのかな。ねえ、まー君の絵も描いてみてもらっていいかな?」

「えっと、男の人って描いた事ないんです。そもそも、男の人を観察したことも無いんですよね」

「でも、これだけ描けるんだったらまー君の事も上手に描けるって。ねえ、まー君も描いてもらいたいよね?」

「そうだね。みさきが見たいって思うんだったら描いてもらいたいかも。どうかな?」

「えっと、それだったら描いてみたいと思います。上手に描けるかわからないけど、ちょっと頑張ってみます」


 僕はこの時初めてこの子と目があったと思うのだけれど、それも一瞬の事ですぐに目を逸らされた。それはそれでいいのだけれど、僕が先ほどまでみさきが座っていた場所に行った時には女の子の真剣な視線が僕を突き刺すように思えていた。

 普段は恥ずかしがり屋で何かをする時には真剣になる人がいると思うのだけれど、この女の子はまさにそのようなタイプなのだろう。僕は女の子とみさきの視線を受けながら何も考えずに山の様子を見ていたのだった。


 女の子がみさきの絵を描き上げたのはこれくらいの時間だっただろうと思っていたのだけれど、みさきも女の子も僕に視線を送ったままで完成したという気配は一切感じなかった。

 それから更に時間は経っていると思うのだけれど、それでも完成したという報告は出てこなかった。


「ごめんなさい。お兄さんの事を上手に描けないです。どうしよう」

「でも、これはこれで良いと思うよ。私の時とはちょっと違うけど、この絵は私が見てもまー君だってわかるもん」

「そう言ってもらえたら嬉しいけど、緊張してちゃんとお兄さんの事を見れないんです。どうしよう」


 僕は完成していない状態の絵を見せてもらったのだけれど、言われてみれば僕なんだなとわかる絵がそこにあった。先ほどみさきの事を描いた絵はとても上手で写真のようにも見えたのだけれど、僕を描いた絵はどこか漫画チックにも見えていた。

 小屋の中にある絵と比べたらこれでも断然上手に描けていると思うのだけれど、みさきを描いた絵と比べるとあまりにも印象が違い過ぎるのだ。


「あの、私はお兄さんみたいにカッコイイ人をこんなに見たことが無いんで、じっと見ることが出来なかったんです。ごめんなさい」

「そうだよね。まー君みたいにカッコイイ人ってあんまりいないもんね。でも、あなたは絵を描くのが上手なんだからさ。そんな上手に絵を描くあなたがまー君を描くところを見てみたいんだけどな」

「でも、お兄さんみたいにカッコイイ人を見るのって緊張しちゃうって言うか、ドキドキして見れないんです」

「じゃあ、私が代わりに二人を描くからさ、あなたはまー君の前に立ってお互いに見つめ合ってもらっていいかな?」

「え、え、え?」

「ほら、モデルをやってあげたんだからあなたも私のモデルになってね。上手に描けるとは思わないけど、私も絵を描いてみたくなっちゃった。だから、二人が見つめ合ってるところを描かせてね」


 みさきも口調は落ち着いていいるのだけれど、その言葉の奥には何か底知れぬ強い意志を感じていた。それはこの子も同じように思ったらしく、女の子は大人しくそれに従って僕の目の前に立っていた。

 女の子は恥ずかしがって僕から目を逸らしていたのだけれど、目を逸らすとみさきに怒られるという事もあり、顔を真っ赤にしながらも僕をじっと見ていた。視線は交わることは無かったのだけれど、女の子は僕の顔を見ていたし、僕も女の子の顔を見ていたのだった。

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