最悪のリスタート
死とはこんなにもあっさりと訪れてしまうのか。
意味の分からない怪物によって、俺の腕は喰われ、命は奪われた。
最初こそ、動揺していたが教室であの光を見た時は嬉しかった。何もないつまらない日常。
そんな世界はつまらなかった。だから俺は、特別な力が欲しいといつも願っていた。だからこそ、あの時、内心は、心躍った。まるで、物語の主人公になれたのではないかという期待と、これからの毎日がすごく楽しみだった。だってあんなことが起こるなんて、俺が求めていた『特別な何か』が手に入ったように思えたから。
けど、起こりえるはずだった日常は、もはや無い。
この理不尽気ままりない世界を粛清したいくらいだ。利き腕でである右腕を天に伸ばした。
なんと滑稽だろうか、腕がないんだからそんなもの出来るはずがない。
「は、はっはは、何もできないのな俺」
何が特別だよ、何が何が何が……
風を感じる。暖かく優しい。小鳥の囀りやら、子供たちの笑い声、川の潺の音なんかを乗せている。
心地いくてこのまま眠ってしまいそうだ。
「眠ってしまいそう?」
死んだのであれば、意識も思考も何も残らないし、それに音だって聞こえないはず……けれど今、確かに感覚を、思考を俺はしていた。
「ねぇ、キミ……っん」
口元が暖かくて、柔らかい。それに、気持ちいい。
「…………ん?」
呼吸が、息が、出来ない。まずい、死んでるけど、もう一度死ぬ。
手足や、身体を使って動き回ろうとするのだが、自分の身体の上にも何か乗っているようだ。重いと言えば重いのだが、軽いと言えば軽い。
というか……この柔らかさというか、なんというか、自分の上に載っているのは人?
そんな事より……本当に苦し……い。
「んっんん……ん! ぷっ、ぷっはっ!」
「んっ……は~。離れちゃった……」
やっと新鮮な空気を肺に送ることに成功した直後、可愛らしいくも柔らかな声が残念そうに何かを呟いた。
「はーはー、苦しかった」
気付いた。一面に広がる草原と、青と白のコントラストを奏でる空。
そんな綺麗な世界。
数刻までの記憶が夢なのではないかと思う。
「腕! いったぃ……」
「うえ……ぃてって~」
脳天に固いものが当たった。すごく痛い、ジーンと響くタイプのダメージ。ちょっととがっていそうな……そんな痛みに襲われ頭を抱えて転がる。
「いって!」
今度は、何か……いや、地面にデコをぶつけた。
「あっ、大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃない……」
頭が痛い。いろんな個所の頭が痛い……。可哀想な意味じゃなくて、あーうん。可哀想な状況という意味で痛い。
「どこが痛いの?」
「んと……。頭かな……」
うん。いろんな意味で頭が痛いや。もうこの際、本当に頭が痛い。何も考えられないし、考えたくない。
「じゃあ、こっちおいで」
暖かくて、柔らかくて、いい香りがする。ここが天国……。
「あ、ありがと」
「うん、どういたしまして」
「…………ところで、気になっていたんだけど」
「うん、何かな?」
「誰……?」
少し冷静になって思うことがある。今俺は誰と話しているのか?
それから、死んだはず?
というか、ここはどこなのか? この柔らかい感触はホント何なのか?
「んーとね、ミユウ」
「じゃあミユウ、離して」
「えっ! なんで?」
ごく普通の提案のはずなのだが、ミユウは先ほどまでの優しい声色から一変。低い声色になって驚いているのが分かる。
見ず知らずの人に対して、まず最初にすることが膝枕からのハグはどう考えてもおかしいという志向に至らないのか不思議だ。
これで、美人じゃなかったら許さない。と思いながら抱きしめられていた顔を力ずくで開ける。
「…………っえ? 可愛い系じゃなくて、いや可愛いんだけど、まさかの美人系……?」
声とか、話し方的にどう考えても、ぽわぽわ系の女の子だと思っていた。
けれど、白銀色に輝く髪は肩にかかるくらいまで伸びて、少し長めの前髪から覗かせる青い瞳。きめ細かい白い肌は、まるで物語のお姫様。
「やっと、目が合ったねっ」
「うん」
目を見てクスっと笑いかけたミユウに、見惚れてしまった。
さっきまで抱きしめられていたかと思うと、心臓がうるさいくらいに歓喜の悲鳴を上げている。
ミユウは静かに瞳を閉じた。
「なにか遭ったの?」
「っえ?」
「そんなにボロボロになって倒れてた……」
自分の身体に目をやると、右腕はなくなっていて来ていた制服はボロボロに破けて、ワイシャツには赤い液体がこびり付いている。
最も、恐怖の感情はどこかへ消えていってしまっている。きっとあの暗闇の空間に恐怖という感情を置いてきてしまっているのだろう。
もはや、今の自分の状態に驚くという感情もない。
「ねぇ、キスしよっか」
なんかもう、何が何だかわかんないけれど今俺は、ここに居るだけで良いって気がしてる。
「ん? 今なんて? っんん!」
「んっ」
記憶があいまいな時に感じたものと同じ暖かさを感じた。と同時に、ミユウの顔が文字通り目と鼻の先にある。
「っぱ、はー」
左腕でミユウの唇を離す。
「んふふ」
人差し指で自分の唇を抑えたミユウは、舌なめずりをして女の子座りになった。
「な、なんなんだよ? え?」
何この子、キス魔なの?
何もおかしいことはしていない。むしろ当たり前のことをしたみたいな顔で見つめてくる。
「一体誰だよ!」
少し後づ沙里をして距離を取る。
「だから、ミユウ。キミに助けられた女の子」