プロローグ
魔王。それは、最強の存在にして世界の悪。
見上げるのがバカバカしくなるような体格と、襲われるという恐怖によって身体は硬直し動かない。逃げないと殺される。そんなことはわかっている。頭ではわかっていても、身体が動かない。
あー、もう終わるのわたしの人生……。
ついさっきリスタートしたと思ったのに……。
――――刹那、視界から光は消失した。
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憂鬱な授業が始まった。
日本の教育方針はおかしいと俺は思う。意味のない暗記を強要し、非実践的なテストと各教科の本質を教えない上辺の授業方針。
そんなものは意味がないと思う。だから当然、授業中に机の下でスマホをいじるし、漫画にラノベを読む。
だが、こいつ数Ⅲの石上は良く歩き回るタイプの教員だ。
よって、それらの類は見つかる可能性が高い。なのでやることと言えば最近目覚めた魔法陣をノートに描くことくらいしかない。
それしかないのであれば早速作業に取り掛かる。
数日前から始めたこの作業ももうそろそろ終了しそうだ。
わざわざ万年筆と赤インクを買いそろえた魔法陣完成前だというのに異次元のカッコよさを見せつけてくれている。
一番最初に描いた円を中心に正五角形の頂点に5つの魔法陣そしてその外回りの隙間にもう5つ。それらを円で囲む。計12個からなる魔法陣は最後に中心を描き上げれば完成だ。
最後の一筆、魂をかけて描き上げる。よっし出来た!
「響谷燈! xに入る値を答えろ」
「は、はいっ。響谷燈です!」
飛び上がってみると周りはゲラゲラと笑っていた。
「お前の名前なんて聞いてない! ここに入る値だ!」
黒板を見て見ると、すでに手遅れなくらいの数式が陳列されている。が、この手の問題は0か2の可能性が高い。
二択となればかっこいい方で答えようか。どうせわからないし。
「零です!」
――――クラスが騒めきだした。
なんでかわからない。いや、頓珍漢な回答をしたのだから当然と言えば当然だが、俺はしっかりと黒板に書かれている問題を見て、問題を理解し一番正解の可能性が高い値を言ったつもりだ。
けれど、クラスメイトは明かに俺から距離を取っているし、女子に関していうのであれば悲鳴を上げている。みんなの視線の先は俺の机だった。
魔法陣が赤雷を纏って光り輝いて具現化されていた。
「えっ……?」
この超常現象を止めるべくノートを手に取ると赤雷は、増々強い光を帯びて纏わりついてくる。
「なんだよ、これっ!」
雷を止めようとノートを振り回すと、その方向に赤雷が飛んでいく運よくクラスメイトを避け壁に当たると、大きな音とともに穴をあけて見せた。
クラス中が我を失い咆哮を上げながら教室から逃げていく。
誰もいなくなった教室に残った俺は、隅から隅まで焦がした赤雷に身を包まれる。何もできずただ立ち尽くす。
これが死ぬってことなのか……。あーあ、短い人生だった……。
赤雷は爆発するように光を放ち、俺から視界を奪った。
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瞼を開けると暗い石造りの教室にいた。
壁には青い炎の松明があって、それが空間を照らしているだけで他には何もない。
それに、肌寒い冷気が頭上から自分の呼吸とともに襲ってくる。
「貴様、どこから来やがった……」
冷気のする頭上で、恐ろしく低い声で語りかけられた。
あまりの恐ろしさに振り向くことは愚か、声すら上げることが出来ない。
「聞いているのか人間」
恐ろしい何者かによって身体を握られる。抵抗しようにも腕から足先に至るまですっぽりと収まってしまい指一つ動かせない。
漆黒の体に包まれた怪物は薄気味悪いことに顔が認識できない。確かに体の位置や、声の聞こえる一から顔の位置を理解しているはずなのだが見えない。
「おい、貴様! 我を無視するとはいい度胸だ」
このままじゃ殺される、何もできずに殺される。せっかく意味の分からない超常現象から助かったのに。
「お、俺は」
「もういい……死ね」
空中で身体が自由になり、落下し始めた。
「くっ、あっーーーーーーーー。グワーッ」
さっきまで視界に入っていた両手のうち片方がもぎ取られた。腕は怪物によって食われ、血が降り注いでくる。
「さぁ、とどめだ。人間、命をよこせ」
悲鳴を上げることなく響谷燈は死んだ。殺され方も、ここの世界に来た意味も知らずに再び視界を失った。