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「待ちなさいよ!今回の事、あんた本当に心当たりはないわけ?」
ロニーは少しだけ考える素振りを見せるが、諦めた風に話し出す。
「ない……とは、正直いうと言えないかな。一桁騎士団で活動してれば、逆恨みを買うなんて極々ありふれた話だもの」
「それは、そうかもだけど……あんたが一桁騎士団に所属していたのは三年前の話でしょ?」
「……」
「はぁ……まただんまり?まぁこれ以上は踏み込まないけど、何かあるなら、私じゃなくてもさ、お婆ちゃんにでもいいから相談しなさいよ」
そう言い残しマクシミリアンは自らが受け持つ教室に向かっていった。
教室の扉の前まで来たロニーは生徒たちに対してどう説明したものか頭を抱えている。
上手い説明が思い浮かばないがこのままここに居ても仕方もない。
このまま考え続けても無駄だという極致にたどり着いた彼がとった行動はノープランのまま教室に入る、であった。
一斉に浴せられる視線、教壇までわずか数メートルのその距離が途方もなく長く感じる。
その視線に込められた意味、彼らが何を求めているかを感じとれない程、彼は空気が読めない性格ではない。
教壇の前まで辿り着き当たりを見回す。当の教室は静寂で逆に煩いと思うほどの緊張感に。
ロニーは「ええい、ままよ!」とばかりに勢いのみで喋りだす。
「何も、何も言わないわけにはいかないよね?」
この期に及んでの逃げの一手。
一応、本当に一応ではあるが生徒たちに【何もなかった】という体で始めませんか?と、問いただしてみた。
勿論生徒達は「そういう訳には行きません!」とばかりに一斉に首を左右に振る。
「ですよねぇ……」
ロニーは肩をガクッと落とし、その後、軽く頭を振り雑念を振り払う。
今回の一件で生徒たちを怖がらせることになる様な予想の話を伝えるわけにも行かない。
慎重に言葉を選びながら、一語一句、言葉を選ぶ。
「結果的に言うと、バスカマル家の――えーと、ドルマンナ君はまだ救護室のベッドの上にいます。特に身体的な問題は無いとのことらしいです。一時的な光導力不足で倒れたとという感じ。その辺は今後君たちが勉強していく事なんで、今はわからなくてもいいよ。ようは体力が無くなってぶっ倒れたってことだな」
ロニーが教室を見渡す、彼(彼女)らの興味はそこよりも違うところにあるだろうが静かに聞いている辺り、最低限の配慮は持ち合わせているらしい。
「以上この話はこれで終わりにしようと思うけど……」
そうはさせないとばかりに、一人の生徒が恐る恐る手を上げる。
しかし、ロニーはこれ以上この一件を、広げるつもりも克明に説明する気もない。
挙手をした生徒に目線を合わせてから、少し待ってくれという意味で片手を上げ、その生徒を制する仕草をする。
「悪いけど、これ以上この話をする気はない。というか正直俺も良くわからないんだよ。そこまでの流れは彼の誇りの問題だから置いておくとして、何故【ああなったか】それは今の所、誰にも分んない。まぁ、今後何かあれば学院からアナウンスが出ると思う。もしくは、本人が復帰した時、直接聞いてくれよ」
大多数の生徒が、その言葉に納得出来ていない不満な顔を浮かべていたが、それ以上突っ込む気がある強者もいないようだ。
ロニーは敢えて少し間を開け、真剣な表情を作る。
生徒達も、彼の纏う雰囲気が今までとは変わったのが分かり、姿勢を正した。
「講義を始める前に一つだけ言わせてくれ。ドルマンナの一件に関しては、俺も言葉が足りなかったと思う」
教壇の前に居たロニーは、ゆっくりと教室の中を歩き始めた。
「確かに君たちの不満は分かるよ。これから始まる輝かしい未来の、その第一歩の出鼻を挫かれたみたいなもんだっつーんだから。嫌だろうよ」
教室の中を出来る限り一人一人と目線を合わせながら歩く、ゆっくりと。
「でもさ、申し訳ないけどそこは我慢してくれないかな。別に、俺が君たちをずっと指導するという事ではないんだ。一桁騎士団の遠征準備が終われば、学院の教師は戻ってくる。そしたら皆が求めた正しい姿になる。一週間の辛抱、そしたら君たちと俺が、顔を合わせる事なんてないから安心してくれ」
頑なに目線を合わせないものも中には居るが、今更そんなことは気にはならない。
「しいて言うなら俺が働く【リリー旬菜工房】という八百屋でなら、もしかしたら顔を合わせるかもしれないけど。この都で、新鮮な野菜を手ごろな値段で手に入れたい人はおすすめ。値段も少しは勉強するぜ迷惑料だ」
重くなった空気を和らげる為に、軽い冗談のつもりで【リリー旬菜工房】の宣伝を挟んでみたが、生徒達のシラケた表情に晒されてしまう。
教室を一回りし、言いたいことを言い終え、教壇の前に戻った。
「納得してくれとは言わないけど、我慢はしてくれ」
ロニーは、教壇の端に手を付き頭を下げた。その行為に生徒達は皆一様に驚く。
何故なら自身の思うロニー象、ひいては【元】とはいえ一桁騎士団の団員が、ただの学生に頭を下げるとは思いもしなかったからだ。
その行為の後、彼は一人の生徒に向かい問いかける。
「それでいいかな?サラーヴァント家のお嬢さん」
自らの反対を唱える急先鋒であった、サラーヴァント家を名乗った女子生徒を代表として指名し、返答を待つ。
「わかりましたわ……納得はしませんが我慢はいたします。学院、いえ王国が決めたという事なら貴族としても従わねばならないですもの」
「そうしてもらえると助かるよ」
反対の声は上がらない……そのあとに関しては概ね順調に進んでいった。
『カーンカーンカーン』
本日の講義終了の鐘の音が鳴る。
「今日はこれで終わり。一応明日から少しだけ授業っぽくなるのでそのつもりで。お疲れさま」
軽く挨拶をしてロニーは教室を出る。
「(やっと一日目が終了かぁ……先は長いな)」
……そんなことを思いながら。
その後、マクシミリアンに報告書を提出した際に、ドルマンナがバスマルク家お抱えの医者の迎えで、帰宅したと告げられた。
その時点で彼は目を覚ましていたらしいが、当分はベッドの上から起き上がれないだろうという話だ。
早くても二、三週間の療養が必要とのことで、彼には申し訳ないが、奉仕活動期間に顔を合わせなくて済む事を嬉しく思う。
そうして、この一件も流れに身を任せる事を決め、半ば投げやりな気分になりつつ、彼にとって長かった一日が終わる。




