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教室を抜け出したロニーは、ドルマンナの様子を見に行く為に救護室に向かう。
辿り着いた救護室の扉を二、三度ノックして入室する。
救護室の奥に並んだ数台の簡易ベッドの一つに彼は寝かされていた。
そのベッドの前では、マクシミリアンと白衣を着た救護医と思われる女性が何かを話している。
ややあって、二人はロニーが来たことに気づき話を中断した。
「やっと来たわね」
話しかけてきたマクシミリアンの表情や態度から察するに、ドルマンナの症状はそれほど酷いものではないらしい。
「貴族の御坊ちゃんの容体は?」
「レイル先生に診てもらったけど、【身体には】異常無しみたいね」
「そうか、そりゃ良かったな――レイル先生?」
ロニーはマクシミリアンの横に立つ女医を見た。
女医の隣に立つマクシミリアンの身長が女性の平均的身長より低いせいもあるとはいえ、レイルと呼ばれた女性の身長は高くみえる。長い脚に引き締まった体は、悪く言えば女性的ふくよかさが足りないともいえるが、そのスレンダーといえる立ち姿には凛と言える美しさだ。
黒いショートのボブカットは彼女のスレンダーな体系に色を持たせる。
「あぁ、ロニーは初対面だったわね。マラナカンの救護医で年齢的に言えば私たちの二つ下の後輩だった子よ。しかも、かなり優秀」
マクシミリアンは紹介を終えると横の女医に微笑みかける。
女医は少しはにかみ、その頬は照れか、ほんのり朱く染まっていた。
「レイル・ホラントと申します。在学中の先輩の逸話にはいつも驚かされていたので……お会いできて光栄です」
レイルは右手を差し出し握手を求める。ロニーは――少々苦々しい顔つきになったが、ゆっくりとその握手に答えた。
「じゃあ、その後で幻滅させちまったかな……」
頭を掻き、ばつの悪そうな表情で答える。
「いえ!私は先輩と直接の面識があったわけではありませんが……先輩が噂されているようなことをする人には思えません。私は私の見ていた事を信じます」
「……見ていたこと?」
ロニーは、その言葉尻に疑問を覚えたが、横からマクシミリアンが二人の会話に割って入ってきた。
「レイルはね、物好きだったのよねー」
マクシミリアンはレイルに向かって片目をつぶる仕草をした、いわゆるウインクだ。
「先輩!」
頬が朱みが取れぬままのレイルは、マクシミリアンにそれ以上言うなという意志の籠った強い口調で制する。
じゃれあう二人に、意味が解らないと首を傾げるロニー。だが今はそんなことを話している場合ではないと話を元に戻す。
「その【身体には】異常がないっていう意味は?」
「はい、【身体には】異常はありません……しかし、微かにですが操られていた痕跡……というか精神的な攻撃を受けた形跡が見られます」
「ミリーの攻撃の余波じゃなくて?」
「おい!」
「いえ、ミリー先輩のではありません。先輩が同じことやるのであればもっと意地の悪い方法でやるでしょうし……」
「え?あんた私のことどう見てんの!」
「それは置いて置くとしても……根本的に光道力が足りないのか、もしくは――」
「もしくは、わざと気づかせたか?」
「……はい、その可能性の方が高いと私は踏んでいます」
あらかた予想通りではあったが、望ましくない展開にロニーの肩は落ちる。
「一応聞くけど、どの段階で攻撃を受けた可能性があるかは分かる?」
「一時間以内ではあるんじゃないかと、それ以上は……」
ロニーがマクシミリアンを見やるが、彼女は首を左右に振る。
「私にも……分からないわ。あの瞬間に何か光導真術が使われたのだとしたら――私たちよりも……という事になるわ」
「はぁー、考えたくもねえな……そんなこと」
三人の間に重い空気が漂う。
『カーンカーンカーン』と鐘の音が鳴り、強制的にその空気の終わりを告げる。
「じゃあ、俺は行くよ。また何か分かったら教えて」
ここに居たところで問題は何も解決もしないだろうと判断し、二人にそう伝え足早に救護室を後にした。
「まって、私も行くわ。じゃレイルまた来るから」
先に出たロニーの後を追いかけてマクシミリアンも救護室から出ていく。
レイルは二人が出ていくのを最後まで見送り二人が完全に視界から消え救護室にはドルマンナとレイルのみ。
「さて、次は……」
残されたレイルの呟きが静寂に包まれた救護室に響くのだった。