表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とがびとびより、ロニーの物語。  作者: ヒトヤスミ
7/39

7

「なんなのよ、さっきから。オリエンテーション位静かにできないの?子供じゃないんだから」


 突如乱入したマクシミリアンに、生徒達から【夕闇の魔女】という単語を含んだ騒めきが起こる。


「ロニー、あんたね、これくらいの仕事もこなせない?こんなんじゃ今後の一週間の先が思い遣られるわよ」


 ばつの悪い表情を浮かべるロニー。


「……悪いね。でも、まぁ俺なんてこんなもんだよ……申し訳ないけど」


 マクシミリアンにも、騒ぎの原因が何処にあるのかは予想はついていた。

そして、ある程度その覚悟もしていたのだが、ここまでひどい状態になるとは正直……想定外だ。

 続いた、一人の生徒の言葉に、大方の予想は裏付けされる。


「マクシミリアン先生!バスカマル家のドルマンナと申します。僕らは教壇に立っている男に……たとえ短い期間であったとしても、教わるという屈辱には耐えられません。このままその男が、僕らの講師を務めるというのなら、バスカマル家として、学院に正式に抗議させていただきます」


 マクシミリアンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、その拳は怒りで固く握りしめられていた。

 彼のとった行動は、彼女の一番嫌いな貴族のステレオタイプ。

今回の騒動を抜きにしても、生理的な嫌悪感がこみ上げてくる行為と言えた。


「……はぁ。ロニー、だれよこの馬鹿」


「……貴族……様?」


 ロニーが小首をかしげる。


「だれよ、こんな世間知らずのお坊ちゃんを入学させたのは……」


「いや、あんたらでしょうが……」


 二人の会話は、当事者にしか聞き取れないレベルではあったが、流石に前方に座る生徒には聞こえている。

当人が後方の席に陣取っていたのは、不幸中の幸いといえるのだろうか。


「しょうがないだろ、世間知らずなんだから。世間の事なんて後々、覚えていけばいいんだよ」


 攻撃されているのはロニーなのだが……彼の言葉は無知に対する理解を肯定すした、大人の対応を含む。


「あんたの事でしょ?少しは悔しいとか思わないわけ」


 少々毒気が抜けたのか、マクシミリアンの肩の力も抜けていく。


「別に……そりゃ昔だったら張り合ってたかもしれないけど……今は特には何とも思わないかな?ちょっと……いやかなり、めんどくせーとは思うけど」


「あんたって奴は……」


 ロニーの示した、意外な冷静さに驚きを覚え、少し彼の事を見直すマクシミリアンであった。

 だが、この事態も収拾を付けなければならない。

彼女は再度、当人に事情を尋ねる。


「えーと、バスなんとか家の……」


「バスカマル家のドルマンナ・バスカマルです」


「……ドルマンナさん。えーと、抗議をするならそれはそれで学院側は一向に構いません。あなたの気のすむようになさったらいいんじゃないかしら……それから、この学院の教師としてではなく一個人としての私見でお答えさせてもらいますが、マラナカン【光道真術学院】が貴族に屈することなど有り得ませんので覚えておくと今後の学院生活も楽になるかもしれませんよ」


 皮肉上等、かかって来いや!と言わんばかりのマクシミリアン。


 ドルマンナは、彼女が自分の側に立ってくれると、信じ込んでいた。

が、梯子は簡単に外された。

忌々しいと言わんばかりの表情で、マクシミリアンを睨み付ける。


 彼はもう一人の当事者である、サラーヴァント家の少女に援護を求めるように視線を送った。

少女は視線に気づいたものの……俯き、ドルマンナの視線を流す。


 何不自由なく、甘やかされ育てられてきた彼にとって、現在の自分の置かれている状況を客観的に見ることなど出来る筈がなった。


 彼の(自己中心的な)怒りは、端から見ていても分かる程に。

顔面は紅潮し、小刻みに身体が震え、思考は既に纏まっていないのか、目の焦点が合っていない。

理解不能な酩酊感が、彼の身体と心を支配していった。


 マクシミリアンとロニー、そしてクラウディオがドルマンナの挙動に不信感を抱き始めたその時――事が起きた。


「おおおおオオオオオオオォォォーーーーーーーー!!!」


 咆哮。


「フザケルナ!テメエラ全員ブッ殺シテヤル!」


 瞬間、彼の手に薄紅色の光が集まる。

 常軌を逸脱した光景に慌てふためく生徒達。

一瞬で教室はパニックに陥ってしまう。


 方々から悲鳴が上がり、彼から少しでも遠さかろうと生徒たちが一斉に逃げ出す。

 机上にある私物は転がり落ち、幾人かの生徒は足がもつれ躓く。積み木倒しに重なる生徒。

 そんな、緊急事態と思われる中で、ある一角は全く動じてはいない。


 ロニーとマクシミリアン、そしてクラウディオである。


 前者二人は視線を交わらせ、きな臭くなってきた展開に盛大な溜息を。

 後者に関しては自らの席に座したまま、一連の出来事を興味津々とばかりに観察している始末。


 マクシミリアンが小声で「どうする?」と、ロニーは「任せるよ」と。

 彼女は今一度、溜息をつき肩を落とす、いかにも面倒くさいとばかりの仕草であった。


 軽く一歩踏み出し、両の掌を合わせ口元に。そっと瞼を閉じる。

微かに聞こえるのは何らかの詠唱、そして彼女の目が見開く。


「……静かにしなさい!」


 たった、一言。


 混乱に陥っていた教室の中に、静寂が舞い降りる。

 異常な程、説得力の持つ言葉は生徒達から現実感を奪う。

 静かになった教室に響くドルマンナの咆哮。

しかし、その咆哮に耳を傾ける生徒は既に一人もいない。


 異様な空間が形成されていた。


「皆さん落ち着いてください……それぞれ自分の周りに怪我をした人が居ないか、声を掛け合ってもらってもいいですか?」


 あまりにも不可思議な光景。


 ドルマンナの咆哮は止まず、彼の手に集まる薄紅色の光は確実に大きさを増しているが、誰一人そのことを気にしない。


 着実に最悪な状況に向かっている筈なのに、教室の中は冷静さを通り越し、穏やかな空気さえ漂う。


 穏やかな空気の中、一人の男が奇声を発するという余りに現実離れした状況。


 その光景に、冷静さを取り戻した生徒の一人が笑い声を上げた。

その笑い声は伝染し教室に笑い声が溢れかえる。

 仕方の無い事であろう、客観的にみると余りに滑稽な光景に見えた。


 彼の咆哮が、真面目で危機的で全力なほど可笑しい。

持てる力を有り余る限り絞り尽くそうと咆哮するごとに、笑いが大きくなる。


 ……ただ、その滑稽さを生み出している【異常なほど冷静な感情】を生み出しているものに生徒達は気づかない――異質な力が働いている空間である事を認識できる数人を除いては。


 既に、ドルマンナ自身には恥の感情はない、一切の照れも外聞もなく光道真術の詠唱が始まった。


「おおいなる世界よ。燃え滾る炎よ。この場全てを燃やし尽くさんことを我は願う。その問いに答え――」


「(おいおいおい……新入生が顕現しないでその規模の光導真術を唱えられるのかよ……ずいぶんきな臭い感じになってきやがったな……)」


 ロニーは冷静にそんなことを考えていた。

彼に焦りの色はなく、ただ事実だけを見ている。


 ドルマンナの手に集まった薄紅色の光が、突如として炎に変わる。

半分以上の詠唱が終わり、その力が現実のものに変化し始めた。

 瞬間、今まで教室を支配していた謎の安心感はかき消された。

またもや生徒がパニックに陥ろうかというその時――【パンっ】と手を叩く音が教室中にこだました。


 その音はロニーが行ったものと同類だが、あきらかに質が違う。

 そもそも、今回の音の発生源はマクシミリアンであった。

 音を合図に、まるでマジックショーの如くドルマンナの手の炎は掻き消される。


「(……流石ですねぇ……一桁騎士団でもないのに【夕闇の魔女】という二つ名が付くだけはあります。あの程度の真術なら手を払う位の感覚でしょうか……これは今後の学院生活も楽しめそうですね……)」


 クラウディオは感心する、そして心底楽しそうな表情を浮かべたのを気付いたものはいない。


「はい、騒ぎはここまで。皆さんは続きのオリエンテーションを受けてください。あとドルマンナさん……」


 自然体のマクシミリアンが、続きの言葉を言いかけようとした時--ドルマンナは糸の切れた凧のように身体が揺れ、前方から受け身も取らずに崩れ落ちる。


「お前……」


 ロニーの、やり過ぎだろうという疑惑の目が、マクシミリアンを刺す。


「わ、私のせいじゃないわよ!」


 少しばかり焦り口調で返答してしまうマクシミリアンであった。


「申し訳ないですが、ドルマンナさんの近くの席の人。彼を救護室に運ぶのを手伝ってちょうだい」


 生徒に命じると、マクシミリアンはドルマンナを背負った数人の生徒を誘導しながら教室から出て行こうとした。


「……ミリー」


 その後ろ姿にロニーが声をかける。


「大丈夫よ……いや、状況的には大問題だけど……というか、あんた何を隠しているっていうのよ――」


「……こっちが、聞きたいよ……本当」


 マクシミリアンも去り、残された生徒とロニーは【どうすんだこれ?】的な空気が蔓延している教室の中、散らばったものなどの片づけをしていた。


 その最中、サラーヴァント家の少女に事情を聴こうとしたが――彼女は困惑の表情を隠せておらず、その表情から今回の件には関係ないとロニーは確信を持つ。

 青ざめた表情の少女に、追い打ちをかけられるほどロニーは非情でも性的にサドでもない――いや、どちらかというとマゾ。


 ある程度片付き、生徒達の自主的な行動でなんとなく席に着く。

 所かしこに、生徒達のヒソヒソ話声がこぼれる。


「(さて、どうしたもんかなぁ……)」


 ロニーは、腕を組む恰好で、この事態をどう収拾すればいいのかを考えていた。


「(でもなー、これ……どうも出来んよなぁ……)」


 同じ格好で固まっているロニーが、次に何を喋るのか生徒の注目が集まる。


 勿論、自身に集まる注目の視線には気付いている。

そして、時間が経てば経つほどハードルを上げてしまうことになると分かっていた――のだが……中々に良い説明が思い浮かばず喋り出せずにいるのだ。


 勿論、今回の一軒に関してはロニーも何が何だかという状況ではあるのだが……講師として年長者として流石に生徒を不安にさせたままでいるわけにはいかない。


 そして、覚悟を決めた。


「……えー、次は学院の説明をします」


「((((あ、あきらめたぁーーーー!))))」


 ロニーの第一声に生徒達の心のツッコミがシンクロする。


「この学校は初等部・中等部・高等部と一年ごとに上がっていきます」


「((((完全無視する気だぁーーーー!しかも説明も超ざっくりしてるぅーーーー!))))」


 重なる心の叫び、という名のシンクロニシティ・ツッコミ。


『カーンカーンカーン』

 時間の一区切りの終わりを告げる鐘の音が響き渡った。


「あ、じゃあ休憩です。次の時間も色々と説明しますので宜しくお願いします。では」


「((お、終わりにしたぁーーーーー!))」


 生徒たちは唖然とするしかなかった。


 ロニーはそそくさと、まるで逃げるように教室を後にした。

 その姿を呆気に取られて見送るしかない生徒達であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ