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マクシミリアンは、前を行くロニーの服を引っ張り、足を止めさせる。
「ちょっと、待ちなさいよ」
「なんだよ」
あからさまに不機嫌な返答。
マクシミリアンも少しムッとしたが、感情を押し殺し尋ねる。
「あんたがどこ行こうが私は全然かまわないけど、具体的に何するかわかってるの?」
「……」
「……やっぱり、馬鹿なんじゃないのあんた。三年も経ったのにそういう所全然変わらないわね。理性的なふりだけで都合が悪くなると、その場から居なくなろうとする……昔のまんま」
「……分かったよ、悪かったって。あんまし言わないでくれる……マジで凹む」
「はぁ……まあいいわ。一応今後の説明するから、そこの会議室……空いてるわよね?」
「あぁ、誰もいないみたいだな」
「じゃ、ちょっとそこで待ってて、資料取りに行ってくるから」
「分かった」
マクシミリアンは、そう言い残すと足早に教員室に戻っていった。ロニーは誰もいない会議室に入室するのであった。
《》《》《》
「わかった?大まかな予定はこんな所。別に大変な事なんてのは無いとは思う。後は――必ず講義の後には私に報告書を提出すること。これを忘れたら、その日の奉仕活動は無かったことになる……だって、大変ね」
滞りなく、奉仕活動の内容を説明し終えたマクシミリアンは、自分の手持ちの資料を机に放り投げ「質問は?」とロニーに問い【だらーん】と机に突っ伏してしまう。
「えー、毎日お前と会うのかよ」
対面から発せられたその言葉に、マクシミリアンはガバッと状態を起こしロニーを睨む。
「私だって嫌よ、めんどくさい。そもそも、あなたのせいで私がこの仕事押し付けられたんだからね。感謝されこそ非難される覚えはないわよ」
烈火の如くまくし立てる言葉に、ロニーは言い返せない。
「わかってるよ、悪かったって」
その言葉をきっかけに、ロニーに対する不満が爆発した。
元来マクシミリアンは【竹を割った性格】という言葉がしっくり来すぎるくらい、腹の探り合いや皮肉に対して、異常なほど否定的だ。
そんな性格のせいか、噂話とかは特に興味をもたないのだが。それとは関係なく、自虐的に見える、ロニーの態度が許せなかった。
「わかってないでしょ。じゃあ折角だから言わせてもらうけど――あんたこの三年間何してたわけ?私にすら連絡を取らなかったってことは、ジョルカは……まぁ王様になっちゃったから仕方ないとしても、どうせフィリップにも何も言わずに過ごしてたわけでしょ?三年前に何が起こったのかなんて知らないし、知りたくもない。個人に対してあれだけ大げさな箝口令が敷かれることなんて聞いたことがないとはいえ、伝える手段だってあったはずよ」
その言葉を聞いたロニーは驚きを隠せない、箝口令はその場にいた一桁騎士団にすぐさま発令された。
しかも、そこにいた面子は軽々しく口外するような人物たちではないと知っていたから尚更だ。
「知ってたのか?」
「あたりまえよ、私が誰の孫だと思っているのかしら」
よくよく考えれば、マクシミリアンが知らないという可能性は確かに低い。学院長の孫であり、当時はまだ即位してないとはいえ、ジョルカ【女王陛下】の親友という国の重要人物である二人と、深い関りがあるのだから。
一度燃え上がったマクシミリアンの怒りは、この程度で鎮火するはずもない。
「自分がカッコつけて黙っていれば、私たちも周りの人と同じ様にあんたを非難するとでも思っていたわけ?ふざけないでよ!それほど馬鹿じゃないし、付き合いが浅いつもりもないわ。結局あんたは自分優先なのよ、下らないプライドで自己防衛しているだけよ」
「お前に何が分かるっていうんだ!」
昂ぶり、売り言葉に買い言葉という形でロニーは反論してしまう。
「ハッ!わかるわけないじゃない、当人が逃げているだけだもの。向き合わなかった人が何を言うというの?逆に教えてほしいわよ、言葉なしに真実を伝えられる方法があるのであればね!」
「てっ……」
ロニーは、言いかけた言葉をそれ以上紡ぐ事ができない、握りしめた拳の強さを超える反論が、思い浮かばないのだ。
発しようとした言葉は、只の言い訳でしかないと思ってしまった。
「……別に、私にはどうでもいいことよ。でも、それが私たちを苦しめていないなんて思わない事ね。最低でも私はそう思っているわ、多分みんなも……」
二人の間に強烈な静寂。
それぞれに個人の事情というものがあり、失った時間を解決する為には、それ以上の時間と覚悟が必要であるという事を理解するには、二人はまだ若過ぎるのかもしれない。
「ハイッ!そこまでー」
唐突に響く一声。
現状の雰囲気にそぐわない、軽い言葉が二人の時間を正常に戻した。
二人の視線の先に、学院長が苦笑いしながら立っている。
「おばあちゃん……」
「さっきも言ったでしょ、おばあちゃんではなく学院長とお呼び」
「婆ぁ、いつからここに……」
ロニーの頬は恥ずかしさで赤く、逆にミリアンの頬は青ざめている。感情が発露している場面を身内に見られるというのは、気持ちのいいものではない、はっきり言えばこっ恥ずかしい。
「んー、声を張り上げた瞬間から?ほぼ最初からかしらね。たまたま通りかかっただけですけどね、丸聞こえよ廊下に」
「「!!!」」
「まぁ、あれだけ大きな声で騒げば中にいるのが誰かわかるだろうし……通りかかった人も吃驚するわよ」
学院長は「ほっほっほっ」と笑いながら、自身がたまたま通り掛かったことに加えて、そこには他にも人がいた事を暗にほのめかした。
ダメ押しのその言葉を聞いた瞬間、マクシミリアンの頬は青から赤へと変化する。
「ちょっと、あんたのせいだからね。だから嫌だったのよ。こんな仕事がなければ。もうっ」
声を張り上げたのは自分だろう?と、思わないでもなかったが、それを口にするほどロニーは空気が読めない質では無かった。
「……すまんね」
「だーかーら、それが気にくわないって言ってるのよ。そんな言葉、本心じゃないでしょう」
「(なんと理不尽な……)」
なかば八つ当たり的な言葉にロニーはちょこっと凹んだ。
「学院長、マクシミリアン教諭、自分はそろそろ時間ですので、教室に向かいます。ではっ!」
ロニーはシュタっと片手を挙げ、事務的な口調でこの場所から離れようとする。
「まだ話は終わってない!」
「でも時間がありませんので。続きは報告書を提出に来たときにでも。ではっ!」
これ以上この場所に居ても、彼女からの糾弾は止みそうにないと判断したロニーは早口でそう捲し立てるとスーッと部屋から出て行く。
「何なのよ、もうっ」
マクシミリアンの心の中にある拳は、振り上げたままおろす場所が無くなり、やり場のない怒りに力なくうなだれるしかないのであった。
「ミリー、何をそんなにカリカリしてるのよ、あなたらしくない」
この瞬間は、学院長という立場ではなく、彼女の身内(祖母)として問いかけた。
「してないわよっ!」
「……あなたも意外と可愛いとこ残ってるじゃないの。いっつもあんな感じだからお婆ちゃん心配しちゃったわよ、ほっほっほっ。しっかしロニーってば意外とモテモテね」
「なっ!」
その言葉に、マクシミリアンの頬は更に真っ赤に染めあがる「ふざけないでよ!」と言い残し、肩をいからせながら部屋を後にしていった。
「……若いって、いいわねぇー」
孫娘の微笑ましい光景に、学院長の口から楽し気な口調で、そんな言葉が漏れるのであった。