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とがびとびより、ロニーの物語。  作者: ヒトヤスミ
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4 〜マラナカン【光道真術学院】編〜

 人影のない【光道真術学院・マラナカン】の正門前。


 出来る限り、学院の関係者とは出会いたくないロニーは、かなり早い時間にこの場所に。

 今日より数日、臨時講師として、この学び舎に通わなければならないのだが、いかんせん気が進まない。


「(……久しぶりだな、ここも。【一般人】として又ここに戻ってくることになるなんて……)」


 詳しい内容は何一つ聞かされていない。

今の段階では、講師という曖昧な立場で、自身が何をやればいいのかさえ分からないのだ。


 学院を眺めるロニーの脳裏には、否が応でも様々な記憶が鮮明に甦る。


 マラナカン【光道真術学院】の日々。


 かつて、ロニーやアンドレアが通っていた頃と何も変わらない外観。

 古めかしくも厳かで、気品のある装飾品が、建築物の格式を何倍にも強調している。

その反面、全体としての佇まいは、恐ろしいほど嫌味を感じさせない。


 創造に関わった、名も知らぬ建築家の凄味を物語る。

まさに国宝といえる建造物。


 石造りの門をくぐり見渡したそこに、理路整然と交わる庭園が広がっている。


 ある種、狂気的ですらある木々や水路、調度品の手入れ具合に、過去だけではなく現在の職人の涙ぐましい努力が垣間見えた。

 その庭園の中心には、象徴のような噴水。

その周りには全体をより引き立てる配置で幾つかのベンチが置かれている。


 ロニーも、よく同級生達とここで休息し、学生なりの甘酸っぱいあれやこれに一喜一憂したものだ。


 一歩、また一歩と歩を進める毎に、哀愁と憂愁が混ざり合った、得も言われぬ感情に支配されていく。


 校舎に踏み入り、最上階にある学院長室を目指す、重い足取りで一段また一段と階段を昇る。

 最後の一段が終わり、見据えた正面に、特別豪華というわけでもない扉が。


 扉の向こうが、この学院の最高権力者である、学院長の私室。

 深呼吸をした後、一、二度軽く扉を叩く……しかし、対する反応はない。


「講師として奉仕活動を命じられましたロニー・ポルトグレイロなのですが、学院長先生に本日の活動内容を聞くようにとの事で、お伺いさせていただきました」


 一応の礼儀として、自身の用件を口にした後、反応のない学院長室に勝手入室する。


 この国の人々の価値観では、マラナカンの学院長という権力は、国王や騎士団の総隊長と並ぶほどであり、おいそれと話すことの出来る相手ではない。


 の、だが……ロニーにとっては、特に緊張する相手では無いらしい。


 ※ちなみにロニーが名乗ったポルトグレイロというのはファーストネームではなく出身地の事である。この国には王族や貴族、もしくは特別な階級を持つもの以外はファーストネームを使用するという風習がない。その代わり格式ばった場合には自身の出身地をファーストネームの代わりに付ける事がマナーとされているのだ。


 あたりを見回してみても、人の気配は感じない。


 だが、部屋の一番奥にある学院長の机の上には茶器があり、茶器には入れたばかりであろう湯気が。


「どこ行ったんだよ、あの婆ぁ……」


「どこを見ているの?ここよ、ここ」


 ボソッと呟いた言葉に反応したかのように、突然の声――初老の女性が、先ほどまでは誰も座っていなかった筈の、机の奥にある椅子に腰をかけているではないか。


「(ちっ。このクソ婆が……趣味の悪い)」


「えー、ロニー・ポルトグレイロ、本日からの作業内容を確認に来ました」


「婆ぁ?悪口かい?この私に向かって」


「……ん……いや……BA・BA-Nバ・バーンです、学院長先生登場の登場BGMです」


「「……」」 


 言い終えたロニーの顔は、耳まで朱い。


「……まぁ、いいわ。それより久しぶりだね、ロニー」


 学院長は、ゆっくりと立ち上がり、背後にある窓のそばに寄り、外を眺める。


 ロニーは、無言でただ立ち尽くす。


 発せる言葉は一つもなく、思いつきもしない。

例えこの沈黙に、どれほどの居心地の悪さを感じたとしても。

只々流れる静寂のなか、学院長の次の言葉を待つしかなかった。


 学院長は振り返り、ロニーを見つめ、軽いため息を一つついた後に、机に戻り腰を降ろした。


「元気そうで何よりだわ。でも、たまには顔を見せに来てもいいと思うんだけどね……あの事件の後、私がどれだけ大変だったと思ってるんだか」


「……すいません」


 申し訳ないと頭を下げるロニー。

現状、これが精一杯の対応であった。


「しょうがない子だよ全く。まぁ、それは置いておくとして、早速本題に入ろうじゃないか」


 学院長は、机の引き出しから、数枚の束になっている紙をロニーに差し出す。


「これが今回の、そして、あんたにとっては、最後の奉仕活動の説明書だよ」


 ロニーは、紙束を斜め読みしながらめくっていく。一通り目を当したあと、学院長に尋ねる。


「正直、今回のこの件は、やりたいとかやりたくない以前に、俺で大丈夫なんですか?一番、不適任だと思いますけど。他に幾らでも、適任な奴がいるのに、なんで俺が?」


 至極真っ当な意見ではある。

マラナカンは基本、部外者が立ち入ることは出来ない。しかも、現在のロニーを関係者と呼ぶのは、彼の立場的に、あまりにも微妙すぎだ。


 学院長は、ロニーが気付かない程度に、表情を曇らせる。


「んー、そうよね。でも、私は適任ではないとは思わないわよ……例え、世間的にはあなたの言う通りだったとしてもね」


 交わる視線、微妙な空気。先に折れたのは年長者である学院長。


「一桁騎士団の遠征の話は?」


「……一応、さわりくらいならアンドレアから聞きましたけど」


「……そう。じゃ簡単に説明するけど、その遠征のために、今、人手が足りなくなってるのよ。うちの学院の教師も駆り出されているのよね、準備に。私の新しい生徒たちが入学してくるこのクソ忙しい時期に、いい迷惑なのよね」


「断ればいいじゃないですか」


「そうもいかないわよ。それに、ジョルカちゃんの為だもの。相手がジョルカちゃんじゃなければ、断っているわ。遠征の準備くらい自分たちでしなさい!って感じに。本当、王宮御用付け真術師の人材不足は嘆かわしい事ね」


 もしかして、講師をやらなくて済むという、ほんの少し抱いていた望みが絶たれたロニーは肩を落とす。


「てゆうか、ジョルカちゃんって。一応、今は女王陛下でしょう。不敬じゃないんですかね教育者として。王宮に聞かれたらまずいんじゃないっすか?」


 その言葉を学院長は鼻で笑う。


「何言ってんのよ、誰かれとこんな事いうわけないじゃない。それに今がどうあれ、この学院の卒業生はいつまでも私の生徒なの。王様だろうが貴族だろうが、この学院と私のやり方に文句なんて言わせないわよ。それとジョルカちゃんは、あんたも知らないわけじゃないじゃない。それが不敬ですって?ちゃんちゃら可笑しいわよ、特にあんたが一番その言葉似あわないわね」


 痛い部分をつかれ、ぐうの音も出ないロニーは、学院長から目を逸らすのが精一杯。


「とにかく、決まった事なんだからグダグダ言わないの、女々しい。今日から一週間の間はうちの学院の講師です。内容はそこに書いてある通り、新入生の相手だから多少は自分の経験も混ぜて話してあげてね、【元】一桁騎士団として」


 半ば投げやりだったロニーが【新入生】という言葉に驚きバッと学院長に顔を向ける。


「新入生!聞いてないですよ」


「書いてあるわよ」


「……ちょ、そういう話じゃないですって。事前に教えてくれるのが普通じゃないですか?」


「言ったところでねぇー、どうにかなるもんでもないじゃない?諦めなさいよ」


 ロニーは、これ以上にないほど大げさな仕草で、不満を表現して見せるが、学院長は無反応を決め込む。

 彼の不満の声に眉一つ動かさず、学院長が机の上のベルを鳴らして人を呼ぶ。


「マクシミリアン教諭、来て頂戴」


「ミリー?駆り出されてないんすか」


「?――当り前じゃない、堅苦しいのとか大嫌いでしょあの娘。優秀だから当然招集もかかったんだけどねー、あの娘が頑なに嫌だって拒んじゃって大変だったんだから。全く王宮嫌いも行き過ぎると周りが大変よ」


 暫くして、コンコンと扉がノックされる。

 開いた扉から、妙齢の女性が現れた。


 その人物は赤い髪をおさげに結い、丸形の眼鏡をひっ掛け、頬に多少のそばかすを落とす。

年齢の割には全体的な空気感が、その女性を幼く彩っている。


「なーに?おばあちゃん」


「コラ!ここでは学院長とお呼びよ」


「えー……」


「えー……じゃないの!言葉づかいも教諭らしくしなさい」


「……そんなこと、学院長には言われたくありませんけどね」


「(……確かに)」


 一番らしくない人物に、らしくない言葉で、責められるのは理不尽なことだよな、と、ロニーは一人で納得する。


 そもそも、マクシミリアンの立場で、そのことに反論できる訳が無いのだが、納得が行かないのか、しかめっ面で学院長を睨んだ。


 ふと彼女は、もう一人の存在に気が付く。


『ロニー!』


 マクシミリアンは、驚きの表情を浮かべ、ロニーを見やる。


「どこにいたのよ三年間……別にどうでもいいけど。連絡くらいしなさいよ……まぁしなくてもいいけど」


 その言葉の言い回しに、懐かしさを感じたロニーは、穏やかな笑みを浮かべた。


「きもっ。なに笑ってんのよ、馬鹿じゃないの?」


「……なんか懐かしくてさ。ミリー少し大人っぽくなったじゃん」


「もっときもっ。なにあんた、私の親戚の叔父さんかなんかのつもり?」


 マクシミリアンの雰囲気が、当時と変わり無いことに、ロニーの頬は懐かしさのあまり緩んでしまう。


 忌まわしい過去より更に昔の楽しい過去は、ロニーの張り詰めていた気持ちを優しくいたわってくれる様だった。


「まぁいいわ、で?学院長様は私に何をしろとおっしゃるのでしょうか」


「突っかかるわねぇ……でも、さっきよりましだから良しとします。要件ですがマクシミリアン教諭、ロニー【臨時】講師のサポート及び観察官としての任務をお願いします……ようはお目付け役ね」


「「げっ!」」


 二人の声が同時に上がる。


 ロニーは眉を顰め、マクシミリアンはあからさまに不機嫌な顔つきになる。


 二人は各々違う理由で、学院長の指示に不満を訴えた。

 彼は、過去の出来事によって。彼女は、単に仕事が増えるのが嫌だった。


「嫌ですよ、めんどくさい!」マクシミリアンの心からの叫びと、

「人選の変更をお願いします」ロニーの心からの叫びが、

 学院長に重なって届くが、学院長は淡々と話を進めてしまう。


「二人とも、勘違いしないで頂戴。マクシミリアン教諭、これは学院長命令です。それにロニー臨時講師に対する措置は王宮からの厳命になります。勿論ですが拒否権はありません……のであしからず。人選も王宮からの指示で私は関与していないことも付け加えておくわ。遠征準備断った腹いせかもね」


 どうしようもない事実に、二人は盛大に肩を落とす。

暫しの後、ロニーは俯いた顔をあげて、学院長に向き直る。


「了解しました。ロニー・ポルトグレイロ、本日より一週間ですが、臨時講師としての任を務めさせて頂きます。よろしくお願いいたします」


 ロニーは、儀礼的な挨拶をした後に一礼し、学院長室を後にした。


「ちょっ、待ちなさいよ。学院長、私も了解しました」

 ロニーが以外にも早く理解を示した事に驚きつつ、すぐに後を追うようにマクシミリアンも学院長室を飛び出していった。


 二人が、慌ただしく部屋を飛び出したのを見つめていた学院長は、静かになった部屋の中で、ため息を一つ。そして数歩下がり、窓の外に見える空に向かい、言葉を紡ぐ。


「――――(あの子に幸が訪れますように)」

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