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「おばあちゃん!これは……どういうこと?」
窓から差し込む夕日が流れ、学院長の姿があらわになる。
「どうもこうもないわよ、最初から計算づくの事件だったみたいね。そりゃ、私が出し抜かれるはずよ……そうでしょ?レイルちゃん」
信用していた身内の裏切りに、一本取られたと言外に告げる学院長。
「申し訳ありません」
すぐさま頭を垂らすレイル。その様に、今回の一件は彼女の本意ではない、という事は感じ取れた。
「やられたね、納得は行かないが、こうなった流れには乗っあげるわ」
学院長は、憮然とした面持ちで、仕方ないと割り切る。
「すいませんね、俺のせいじゃないですから。そこは宜しくお願いしますよ」
リンギオの発言は、事の責任が自らに向かうのを防ごうとするのが、手に取るようにわかる。
「だーかーらー!何がどうなってるのよ一体。しかも、何このおっさん?あんた誰よ」
置いていかれっぱなしのマクシミリアン。事情を知らない、彼女が苛立つのも無理はない。
やりとりの端で、地味にダメージを受けるリンギオ。曲がりなりにも、一桁騎士団の隊長の一人であり、知らないなどと面と向かって言われる事など、最近では記憶にない。
王宮絡みの事を毛嫌いするマクシミリアンは、勿論、一桁騎士団にも興味はない。だからこその発言なのだが、彼にそれを知る由もない。
「……自己紹介が遅れました。一桁騎士団、四番隊隊長のリンギオと申します、以後お見知りおきいただけるとありがたいものです」
「あ……そ。で、その隊長様は説明してくれるんでしょうね、今の状況を」
「勿論、こんな可愛らしいお嬢さんなら――」
「そういうの良いから。面倒くさい、早く進めて」
ばっさり切り捨てるマクシミリアン。
「流石お孫さんですね、血は争えない――」
「早く始めなさい、私もあなたのそれに付き合う気はないですよ、リンギオ君。しかし、変われば変わるものよね、あの引っ込み思案のあなたが――」
「では説明させていただきます(……だから嫌なんだよこの人と関わるの)」
学生時代の話を持ち出そうとする、学院長の話を遮り、事の顛末の説明を始める。
今回の一件、首謀者は騎士団総隊長のゲルトであり、彼が掴んだ情報から全てが始まった。
なにかしらの誰かが、ロニーを狙っているという事。彼を守るために、ベストな場所として選んだのがマラナカン。
今の彼の実力を確かめつつ、相手側への釣り餌として仕組んだ二つの事件。
選ばれたのはドルマンナとタナシー、実行犯はレイル。
彼女が人材を選び事件の手引きを行った。
説明の途中、学院長とマクシミリアンの顔が強張る。そして、ほんの僅かではあるが、学院長はレイルを睨む。学生達を巻き込んだ事にご立腹なのだ。
レイルは自身の近い未来を憂う。幾らロニーの事で周りが見えなくなったとは言え、巻き込んだ張本人のゲルトを心の中で恨むしかない。
一連の流れを軽妙な語り口で、リンギオは説明を終えた。
「どうですか?これが今までの流れです、学院長、マクシミリアン先生」
「言いたい事だらけだけど、単純に、なにそれ?狙ってる何かしらの誰かって……本当に狙われてるの?貴方達が話を大きくしてるだけにしか感じないんだけど?」
「そう言われましても……正直なところ私もレイルさんも、一つの駒として動かされているだけですからね。それを私達に言われてもどうしようもないです、と言うのが本心ですかね」
彼もレイルも正直なところ、全貌は知らされていない。
「なぜ今なのかしら?」
マクシミリアンの疑問。
「私の予想でも良いでしょうか……」
「ええ、構わないわ。言ってごらんなさい、レイル」
口を閉ざしていたレイルが発言の容認を求めた。
「女王陛下の外遊により、王都の守りが、薄くなり動きやすい、という事もあるんじゃないでしょうか?元々、この期間を狙っていたとしか……」
しかし、その発言はリンギオに否定される。
「んー、どうだろうね。いつ行われるかわからない、そんな不確定な機会をずーっと、待っているものかな?そもそも、遠征の期間は一ヵ月、その間幾らでも猶予があるわけでしょ?」
「確かに、アイツのマラナカンでの奉仕活動は今週いっぱい、騎士団の総隊長が期間を指定した割には辻褄が合わないわね」
黙り考え込む一同。口火を切ったのは学院長。
「まぁいいわ、今回はゲルトの提案通り事を進めましょう。で、次は何をすればいいのかしら」
「そうですね、ジジイにもジジイなりの思惑があるんだろうし……」
学院長とリンギオ、年長組は現実を見るのが早い。考えてもどうしようもないことを考えるのがいかに無駄か、自身の歩んだ経験から熟知している。
「と言っても、もうこちらから何かすることはありませんけどね」
拍子抜けする回答。
「どういうことよ。ここまでしといて、後は何もすることがないとでも?」
「マクシミリアン教諭、正解!」
お茶らけ、指を差すリンギオ。
「ジジイが言うには、後は向うの出方待ちらしいです……んで、俺は今後動き辛くなりますので、せめて奉仕活動期間は学園で、対応お願いしますね」
「なんでよ、あなたが対応すればいいじゃない。遠征外れて、どうせ暇なんでしょ?」
リンギオは暇とは心外だな、と思いつつも、対応できない理由を語る。
「俺も、そう言いたい所なんだけどね、マクシミリアン教諭。外遊で総・副隊長が留守の間、名目上だけど、俺が騎士団の指揮を執らねば、ならないんだよね。申し訳ないけど、おいそれと動けないんだよねぇ。勿論、期間以降はこちらでなんとかしますけど」
「指揮?アンタが〜」
マクシミリアンは懐疑的な目でリンギオを見つめるも、肩を竦めたリンギオは理解を求めた。
「……まぁいいわ。結局のところなるようにしかならないって事、雑な計画だわね。詳しくはゲルトが帰還後に事情を聴くとして……マクシミリアン教諭、レイル教諭、警戒だけは怠らないで頂戴。他にないなら今日はおしまい、じゃ解散」
静観し、耳を傾けていた学院長の一声で、本日はお開きとなった。
早々に立ち去ったリンギオ、マクシミリアンはレイルを連れて部屋を出ていった。
「(リンギオのあの話が本当ならば事はそう簡単にはいかないわよね……)」
学院長はひとりごちる。
事前連絡なしで現れたリンギオが学院長に語った内容。【3年前のクオリティジャッジとロニーの暴走】二人の教諭には教えられない真実。
彼が背負う物の大きさに、行く末の平穏を案じ。




