25
夕暮れの中を一人歩くロニー。
今自分が置かれている状況に納得出来るはずがない。
自らのせいで巻き込まれる生徒達、しかし自ら解決できるだけの力は今の彼にはない。
やるせなさと無力感に蝕まれ、いっそ全てを投げ出して【リリー旬菜工房】に戻れればとすら考える。
だが、無理だろう。
彼の恩師である、おやっさんことミューレンがそれを許すはずがない。
天を仰ぎ空を見つめる。なにも思い浮かばない自身に嫌気がさす。
せめてもの反抗として、予定を変更し急遽、学院に戻ることが決まった学院長に今回の奉仕活動の停止を懇願しようと。
その結果、課せられた奉仕活動が増えようが構うまいと、そう心に決めたのであった。
――その時彼の横を一陣の風が吹き抜けた――
砂埃に目を瞑ってしまったロニーが、その瞼を上げた時に見えたもの――眼前に立つ一人の男と女。
その男に、そして女にも見覚えがある。
特に男は、ロニーにとって懐かしく、また意外過ぎる人物だ。
「……久しぶりっすね、なんか用すか?……隊長」
訝しむ目で、そう挨拶を口にしたロニーの前に立つのは【一桁騎士団・ナンバーズ】四番隊隊長リンギオ・ガソルとマラナカンの救護医であるレイル・ホラントであった。
「……よう、久しぶりだな」
余りにそっ気のない返事、ロニーの知るリンギオだとするならば、その表情はすでに臨戦態勢だ。
カツッという地面を蹴る音。
左足に重心を置き深く躰を落とす、溜めた力を吐き出しながら足を延ばし、そのままの勢いで放たれた右の上段蹴りがロニーの顔面目掛け襲い掛かる。
しゃがみ込み避ける。とっさの反応は――戦友といえるほど、いくつもの戦を共に駆け抜けたからこそわかるリンギオの空気感を感じ取っていたからこそ出来た芸当であった。
だが、空を切るかと思われた蹴りがロニーの頭上で急停止、そのまま垂直に振り落とされた。
防御は間に合わないと悟り、しゃがみ込んだ勢いを利用しリンギオの軸足を狙う。
早かったのはロニー……体重が掛かったリンギオの軸足を払った。
しかし、上回ったのはリンギオ……軸足をずらされ倒れこむも背中で着地の衝撃を殺す。そのままブレイクダンスかくやという技に繋げる、肩で回転し遠心力を加えた蹴りが倒れているロニーに突き刺さった。
舞い上がる粉塵、一瞬の攻防、リンギオはすでに立ち上がり体に付着した砂を払っている。
相対するロニーもゆっくりと立ち上がり、顔面につく血を手の甲で拭い、リンギオを睨みつけた。
「おい、おっさん……とんだ挨拶だな」
「ロニー……随分なまったねぇ」
「あたりめえだろ、一般人なんだよ俺は」
「まぁでも……怠けてはいなかったようだね」
「あたりめえだろ……健康第一なんだよ俺は」
ロニーの現役時の力を知るリンギオにとって、今の彼の動きは物足りなさすぎるが、長いこと前線から遠ざかっていた割には彼は動けていたと評価出来た。
日課として続けていたトレーニングは彼の力の減少を最小限に留めていたようだ。
「つーか何が言いてえ、今更あんたが俺の前に現れるなんてどういう風の吹き回しだよ」
「冷たいねぇ、それが元上司に対する態度かな?ぼかぁ寂しくなっちゃうよ」
「うっせえ、バカ隊長。遠征帰りなんだろ?こんなとこで油を売ってないで、早く綺麗な姉ちゃんのお店にでもいけよ」
「俺も出来ればそうしたいんだけどねぇ、宮仕えは色々と大変なのさ……」
そう言うと今一度構え臨戦態勢をとるリンギオ、仕方ないとロニーも構えなおす。
一触即発、ロニーの身体からは大量の汗が、反面リンギオは涼しげな表情のままだ。
圧倒的な実力差、ジリジリと詰め寄られる距離、そして今まさに戦いのゴングが鳴らされる、その瞬間――
「リンギオさん、もう大丈夫そうであるのならば……そろそろ」
二人に割って入ったのは今の今まで傍観者を決め込んだレイル・ホラントであった。
「あんた……喋る気はあったんだな」
この場でレイルが何かを口にするとは思っていなかったロニーは流された戦闘に、ほっと一息ついた後、顔の汗を手で払った。
「……すいません」
心の底から申し訳なさそうに頭を下げるレイル、その姿にロニーの思考は猜疑を通り越して気重にすらなる。
「……そうだね、行こうか。もう大体は分かったし」
そう言うとリンギオはレイルの肩を叩き帰ろうと促す。
唖然とした展開にロニーは茫然と立ち尽くしていたが、徐々に離れ行く背中に思考が回復し声をあげた。
「おい、理由くらい説明していけよ!」
「……あのねぇロニー、敵が攻撃対象に理由を告げるなんてことはないだろう」
離れた距離から振り向いたリンギオは応えた。
「ちっ、【敵】なのかよ」
「いや、違うよ」
「(違うんかーーーーい!!)」
ロニーの声にならないツッコミが響く。
「まぁその辺はどうでもいいよ。でも一つだけ、レイルちゃんの事は嫌わないで上げてね!いい子だからさ」
「なっ、リンギオさん」
頬を朱に染めレイルがリンギオをポカスカ。
「そうだな、恨むんならジジィを恨めよ……じゃあな、がんばれよロニー」
すでに日は沈み込んでいた。
暗くなった街のそのまた暗い路地に……二人の姿は消えていった。
「(ジジィ?まさか、な……)」
圧倒的不安感に苛まれ、肩を落とすロニーは、トボトボと家路につくしか出来ないのであった。




