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ロニーの朝はそれなりに早い。
いまだ夜が明けきらぬ時間に、眠い目を擦りながらベッドから起き上がり着替え外に出る。
明るめな暗闇と暗めな朝焼けが絶妙に混ざり合う光景。
素晴らしい景色を満喫してから、いつものように走り出す。
彼の下宿は王都の中でも工業区と呼ばれる工場地帯の中にある。
まだ人のいない工業地帯を抜け、延々と商店が並ぶ商業区と呼ばれるエリアに到達。
余談ではあるがロニーの仕事場【リリー旬菜工房】はこの商業区にあるのだ。
商業区を抜け、今度は農業区と呼ばれる広大な田園地帯が目の前に広がって行く。
緑豊かな小川沿いを数十キロ、徐々に速度をあげていく。
息が切れ、脈の打つ速度が増し、まるで短距離走の如く自らの持てる力を搾り出す。
力の尽きたロニーは、青々と茂る土手の雑草の上に倒れ込んだ。
しばしの休息。
フラフラと力なく起き上がり、腰を落とし型をかまえた。
次の瞬間。
空気を切り裂く音と共に下段、中段、上段――幾度も幾度も同じ動作を繰り返す。
寸分の狂いもない蹴りと拳が空中に放たれる。
体幹から手足の先、どこにも緩みのない動作。
時折、回転を加えられたそれは、見ていたものがいたのであれば、格闘技の型とは思えないであろう。
一つの究極の舞……まさしく演武。
本日の日課を終え、しばしの休憩。
後、ゆっくりと帰路につく。
農業区から商業区に入った辺りで、ロニーは異変を感じとる。
「……またかよ」
口から愚痴が零れる。
このところ毎日だ。
同じ場所で、同じ視線が彼を刺す。
まだ朝が早いとはいえ、商業区には仕込み等の作業で、仕事を始める人がチラホラと現れてはいるが、あきらかにそのような人達の視線とは一線を画す。
少し前の話になるが、ある程度の当たりを付けたロニーは視線の元を辿った。
しかし、余程の凄腕か、数日で探るのを諦め現在に至っている。
謎の視線は、こちらが気付いた瞬間には霧消した。
まるで気付かれること自体は問題では無いと。
「(あきらめたからって。こう毎日じゃ……気持ちのいいもんじゃないんだよ!)」
そんなことをロニーは考えつつ、下宿先に到着。
寂れた工房と、潰れた工場に挟まれた外観は、完全に倉庫……とも言える。
だいぶ昔の事、隣の工場が稼働していた時代に、そこに務める職人用にと、簡易で泊まれるよう建てられたとのことらしい。
余談ではあるが、現在その工場は工業地帯の一等地に移転し、かなりの大きな企業になっているらしいが、ロニーは全く興味がない。
年季の入った外観からも分かる通り、築年数はかなりのもので、ロニーが借りるまでのしばらくは空き家であった。
また、誰かが借りるという話もなく、そのような場所なので家賃は格安で済んでいる。
一般的に住まいは居住区と呼ばれる場所で借りるのが普通なのだが……とある事情のせいで、居住区を敬遠せねばならなかったロニーは、紹介されたこの部屋に仕方なく住み始めた。
だが、今ではこの寂れ具合に落ち着きを感じ、また近隣の変な人間関係も思いのほか気に入っていたので当分の間ここに留まるのも悪くないと、考え始めてるくらいには気に入っていた。
ロニーは浴室で汗を洗い流し、作業着に着替え、簡単な朝食を済ませて部屋を後にするのであった




