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とがびとびより、ロニーの物語。  作者: ヒトヤスミ
11/39

11 王宮にて①

 王冠の移動後、初の大規模な遠征。


 連日連夜と、王宮の中では人がせわしなく動き回り続けている。


 遠征当日まで、日が浅くなってきているので仕方がない。

 忙しく動き回る人込みを掻き分け、数人の男女で構成された一団が、王宮を進む。遠征準備で動き回る文官とは、明らかに異質な空気を身に纏い。

 一団は、王宮の中央にある女王の執務室【王接室】に向かっている。


「おお、やっと帰ってきたな、懐かしいことこの上なし!何年ぶりだ王宮は」


 集団の先頭を歩く男の声が響く。

 その男、見た目はスマートに見える。だが、その軽甲冑の下に蓄えられた肉体は、筋骨隆々であり、焼けた浅黒い肌に刻まれた傷跡は、彼の戦歴を十分に物語る――無造作に伸びる無精髭と、サイドが刈り込まれトップを長く伸ばし後ろで結う髪型は、男の容姿をより獰猛に彩っていた。 


「……三ヵ月ぶりです。隊長」


 男の声に応えたのは、そのすぐ後ろを歩いている少女。

 先ほどの男に比べると、父娘といった程の年齢差があるように見えるのだが、その返答は年上に対しての礼儀を伴っているとは言い難く、声音はあまりに冷淡であった。


「わかってるよ、イルちゃん。ていうかね、もう少し気の利いた答えを返せないもんですかね」


「私の名前はイルシオニスタです【隊長】。それと隊内で愛称は控えるべきだと進言致します」


 飄々とした男の台詞に、負けじと少女が言い返す。


「俺の事もリンギオいやリンちゃんって、気軽に呼んでもいいんだぜ【副隊長】さん」


「……」


 自身を、イルシオニスタと名乗る女性は、これ以上の会話は堂々巡りと諦めたのか、言葉を紡ぐのをやめてしまう。

 少女は、清流のごとく滑らかな銀髪の長い髪を揺らし、その華奢な身体つきは、冷淡な口調に比例し、無機質な美を表現する。

 イルシオニスタと呼ばれる少女の年齢を鑑みると、年相応と言える範囲ではあるが、置かれている環境にそぐわない自身の容姿は、少なからずコンプレックスを持たせていた。


「……相変わらず、固いなぁ。三か月も一緒に旅して来たんじゃない。しかも、同じ屋根の下で寝た仲なんだからさぁ、もっと肩の力抜きなよぉ」


 隊長と呼ばれた男は、ニヤニヤと下衆い笑顔を浮かべながら少女を揶揄う。


「任務ですから。あと、その表現はやめてください、セクハラで訴えますよ」


「そんなの隊長権限で揉み消しちゃうから」


 イルシオニスタは「はぁ」とため息をつくと、おもむろに次の言葉を紡ぐ。


「……では奥様に」


「すんませんでした!」


 瞬間、【ズガンッ】と音がするほど、額を地面にめり込ませる、土下座をキメる隊長。

 壊れた機会かくや、何度も謝罪の言葉と動作を繰り返す。

 イルシオニスタは、先ほどよりも深いため息をついた後、隊長に早く立つよう促すのであった。

 このようなやり取りは、遠征の最中に頻繁に行われていた為、一団の後ろを歩く三人の隊員は、我関せずと一切無視であったが、その中の一人の男が二人に近づき口を開いた。


「しっかし、ラッキーでしたね隊長。俺たちの遠征と入れ替わりで大規模遠征なんて、女王の御守りなんてめんどくせえ事しなくてすんで良かったぜ」


 イルシオニスタは苦い顔を浮かべた。


「おいおい、ボクパ君よ。そういうことは余り大っぴらに言わないでくれよ」


 リンギオの表情に変化はない。心中どう思っているかは分からないものの、変わらぬ軽い口調でボクパと言われた男に軽く釘を刺す。


「そんなこと言われたってな。みんな思っている事でしょう?つーか数年間の、繋ぎの為の戴冠なんだから、おとなしくお姫様してればいいんですよ」


 ボクパは「なぁ」と隣を歩いていた隊員に同意を求め――瞬間、ボクパの首元に刃が突き立てられた。


「そこまでです。言っていい事と悪い事の区別もつかない馬鹿なのですか?あなたは」


 イルシオニスタの持つ優美な細剣が、ボクパの首筋をなぞる。


「チッ、いい子ぶりやがって。おめえのそういうとこが昔から気にくわなかったんだよ」


 切先を喉元に突き付けられ、微動だにできない状態で、イルシオニスタを忌々しく睨みつける。


「気にくわない?万年二位だったあなたが私に何か言えるとでも?」


 その言葉で、ボクパの頭の血が逆流する――何故なら二人は学生(マラナカン)時代、同学年であり、共に天才と呼ばれていた。だが、イルシオニスタは三年間主席の座を誰にも渡す事はなかった。つまり、彼は三年間一度も彼女に勝てなかったのだ。


「てめぇ!後悔させてやる」


「いいでしょう。あなたの獲物を構えなさい」


 一触即発の空気が流れる――しかし、その空気は長くは続かない。


「はい、そこまで〜。二人とも武器をしまいなさい」


 割って入ったリンギオの表情は、明らかに面倒くさそうだ。


「あ?なんだよ隊長」


「隊長、止めないでください」


 両者、リンギオに構わず事を続けようと――瞬間、彼と彼女の背中に大粒の冷や汗が溢れ出す。


「なに?俺の言うことが聞けないのかい」


 口調は打って変わり怒気を含む、二人の戦意は急速に萎んだ。


「わかれば宜しい。同じ隊の仲間なんだから仲良くいこうや」


 一転して、先ほどまでのへらへらとした雰囲気を醸し出すリンギオであった。


「チッ」


「……」


 二人とも思うところはあるのだが、リンギオに逆らってまで続ける事でもないと自分を納得させるしか出来ない。

 そんなこんなしつつ、一団は目的の王接室の前までやってきた。

 荘厳な造りの扉の前に二人の門兵が見張りとして立っている。

 門兵に要件を伝えると一人が合図の為の鐘を鳴らした、一人がゆっくりと扉を開いていった。

 扉にあわせてリンギオ、そして隊員は敬礼をしていく。

扉が全て開け放った後に一礼、中に居るのは年若い女王、座る玉座の両脇に、一人ずつ老齢の男性が立つ。

 女王に一礼をした後、形式通りにリンギオの口が開く。


「四番隊隊長、リンギオ・エルポリオ以下四名、南部の【救災害】討伐より、先ほど無事帰還いたしました」


 女王はすっと立ち上がり、リンギオらに向け言葉を返す。


「ご苦労様でした。リンギオ隊長、以下四名は女王ジョルカ・パッロの名において、次の任務拝命まで暫し休息を認めます」


「「「「「はっ。ありがとうございます」」」」」


 四番隊総員の返答。


「ゲルト総隊長、ジョゼ参謀長、あなた方から何か伝える事はありますか?」


 ジョルカ女王が両脇の男性に話を振り、両脇に立つ男性達からは形式通りの労いの言葉が。

 後、退室を許可された四番隊の面子が最後に一礼をし、王接室を出ていった。


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