彼のために守護侍代理を兼任するで候
視界に飛び込んできたのは、銀髪蒼眼の女の子。まだ中学生くらいの幼い顔立ちだけど目付きは鋭く、重く強いオーラを放っている。
クールぶってガン飛ばしやがって生意気な……さて、どう落としてやろうかと考えていたら、聞き慣れた声が耳を打った。
「あ、サク殿、目が覚めたでありまするか? 具合は如何にして候?」
そこで私は漸く、その女の子が天井に貼られた限定物の鏡水せいらちゃんのポスターで――ここが十哉のアパートであることに気付いた。
「あ、死んでなかったんだ……」
「え、縁起でもないことを言うでない! サク殿はちゃんと生きているで候! 陽射しにやられ、か弱き乙女の如く柳のように倒れただけで候!」
真上から至近距離で掴みかかってきたのは、愛しの壇上神之臣様……じゃなくて、どうやら十哉が変身した成れの果て。
見慣れぬ姿に、思わず体が竦む。それを察し、十哉も慌てて飛び退いた。が、その弾みで背後に積み重ねてたアニメDVDの峰に思い切り突っ込む。
割れてないで候!? 傷付いてないで候!? と騒ぎ立てる様はモロ十哉なんだけど……姿形が違いすぎて、すさまじく気持ち悪い。
戸惑うなんてレベル振り切って訳の分からないこの異常事態に、私は寝かされていたベッドの上で呆然としたままその姿を見守るしかできなかった。奴はDVDをきっちり片付け終えると、やっとベッドサイドに舞い戻ってきた。
「サク殿、驚かせてしまって誠に申し訳ない。吾輩も、よもやこのようなことになろうとは思ってなかったで候」
正座して殊勝に詫びられたところで、見た目が神之臣様の十哉が不気味すぎて顔を引き攣らせるしかできない。いくら推しでも、これは萌えにくいで候……って混乱するあまり、私にまで変な言葉遣いが伝染ってきたじゃねーか。しっかりしろ、古泉朔!
この言い分から察するに、どうやら十哉自身の意思で変身したわけではないらしい。何があったのか、私は彼から説明を聞くことにした。
今日は、一ヶ月ぶりのサク殿との邂逅。前回の約束の折は急にイベントチケットが取れたという知らせが入ったせいで、会うことが叶わなかった。誠に申し訳ないことをしたで候。
ということで彼は私へのお詫びに、五時間も前に待ち合わせ場所に行くことにしたんだって。どうしてそうなるのか、それが何の役に立つのか、私には全く理解できないけど。
で、急ぎ足で歩いていたら、人とぶつかった。おまけにそいつが持っていたコーヒーをぶちまけられた。ついでに落ちた眼鏡を踏まれて割られた。
これからデートだというのについてない……と落ち込むより先に、へなちょこ十哉にしては珍しく怒りが爆発した。
何でか知らないけど、オタクって夏でもTシャツにシャツ羽織るスタイルが多いよね?
奴もご他聞に漏れずそのスタイルだったそうだが、今日は特に気合いを入れて某美少女アニメキャラモデルのショッキングピンク✕イエローという目にも痛いカラーリングのミリタリーシャツ、そしてインナーのTシャツは何と鮮やかなブルーカラーが目印のせいらちゃんプリントだったというからね……むしろ着替えてきてくれて良かった、と軽く安心したよ。
『この無礼者め! 吾輩のせいらちゃんを汚すとは鬼の所業に候! 許すまじ、許すまじぃぃぃいい!』
とにかく十哉はブチ切れた。相手の胸倉引っ掴んでガクガク揺らした。
そのくらい大したことないだろうと笑うなかれ。
十哉は身長188センチ、体重78キロ。どんどんキュンプリにのめり込んでいく息子の行く末を心配した親が、近所の水泳教室に放り込み、また大会で良い成績を取るまでアニメの閲覧を禁止したせいで、全国大会でタイトルを獲るほど泳ぎが上手いオタクに成長した。
あの毛量を水泳帽に収めるのは大変だっただろうな、きっと男子の中で一人だけボボンと頭デカくて目立ってたんだろうな……という想像はさておき、つまり競泳で鍛えた見事なマッスルボディの持ち主なのである。
だから殴りはしなかったとはいえ、このガタイで組み付かれた方は結構怖かったと思うんだ。多分、というか間違いなくあのすんごい汚顔がすんごい形相になってただろうし。
案の定、ぶつかってきた相手――十哉曰く、『腐女子の書く下手な夢小説に出てきそうなエセ臭いイケメン』とやらは目を見開いて凍り付いていたらしい。
そして暫く経って解放されると同時に解凍され、丁寧に頭を下げて詫びてきた。
『大変申し訳ございませんでした。完全にこちらの不注意です。お洋服はこちらでクリーニングに出させていただきますので、代わりの衣類と新たな眼鏡をご用意いたします』
わかればよろしいで候と十哉は頷き、のこのこそいつに付いてった。
連れて行かれたのは、小綺麗な建物。十哉は『暴れるビル』と言っていたけれど、恐らくアパレルビルを聞き間違えたと思われる。
エセイケメン、略してエセメンはそこの関係者のようで、皆が彼に挨拶していたそうな。十哉はといえば、そんなとこ入ったのも初めてだったから、ひび割れた眼鏡越しに見る別世界の光景に慄き、俯いて足元ばっか見てたらしい。
『私がお見立てしても構いませんか? ご要望があれば、遠慮なく仰って下さい』
『特にありませんで候。しかしこれからおデートゆえ、美しく素晴らしく魅力的にしていただきたいで候』
謙遜すると見せかけ、とんでもない無茶振りをかましてもエセメンは嫌な顔一つせずに了承し、それから服を選びながら十哉に色々と質問し始めた。
『大切なデートの前にお時間取らせてしまって、益々申し訳ない。お時間は大丈夫ですか?』
『問題ないで候。約束の時間より六時間早く出てきたゆえ』
『六時間も? それだけ彼女さんに会えるのを楽しみにしてらっしゃったんですね』
『うむ、お忙しいサク殿がわざわざ時間を取ってお会いしてくださるのだからな。この上なき僥倖で候』
よく言うよ。二次嫁優先して何回も予定すっぽかしやがってるくせに。
『きっと可愛らしい彼女さんなんでしょうね』
『可愛らしいなどと俗物的な表現をするでない! サク殿は、貴様など足元にも及ばぬ神であらせられるぞ!』
神ならもっと大事にしろ。崇め奉れ。萌え散らかせ。
『どうせなら彼女さんがびっくりするくらい、大変身してみませんか? 大丈夫、私に任せて下さい』
十哉から彼女である私の好みを聞き出すと、エセメンは目を輝かせた。そして館内にあるヘアサロンやらメンズエステやらに彼を連れ回し――。
「斯様な姿にされてしまったので候」
そっかあ……十哉ってば元は悪くないと思ってたけど、やっぱり磨けば光るんじゃん。恋眼鏡だって皆に笑われたけど、やっぱり私の心の目は真実を映してたんじゃん。
って、喜んでる場合か!
私はごくりと一つ息を飲み、肝心要の質問をした。
「で……いくら請求されたの?」
ところが十哉はきょとんとして、首を横に振った。
「請求などされてないで候。タダで候」
「は?」
「元はといえば向こうがぶつかってきてこんなことになったのだから、当然で候」
いやいやいや、当然で済ませられるレベルじゃないって!
私は改めて十哉を見つめた。
まず髪。ただずるずる伸ばしてただけのもっさいロン毛が、長さはそのままにすっきりスタイリッシュになっている。一応は美専卒で、一応の一応で美容師資格を持ってる私の目は誤魔化せない。これは素晴らしく腕の良い美容師の手によるものだ。
ヘアカラーの仕上がりも秀逸。美しいシルバーカラーは、よく見ると何色も使い分けられ、立体的に見えるよう綿密に計算されている。独特のうねりも綺麗に収まっているから、部分的にストパーも駆使したようだ。
束感を出しつつ艶も見せるこのスタイルから伺うに、トリートメントやセットも手抜き一切なし。これで見積もり大体五万。
続いてフェイス。きったない無精髭がまるっと消え、夏でも乾燥して粉吹いてた肌がツヤツヤしてる。脱毛プラスフェイスエステ、私も未経験だからよくわかんないけど低く見積もって五万くらいにしとこう。
それから服。これは高いぞ……だって奴の首根っこ引っ掴んでタグ見たら、ファッションに疎い私でも知ってる高級ブランドだったもん!
ダメだ、もう金額なんてわかんない。計算するのも怖い!
「ついでに鞄もいただいたで候。しかし、こんな小さく狭き容量では何も入らぬで候」
ひい! バッグも高そうで候!!
「ト、トーヤ、他に何かされなかった? 裸で撮影されたりとか、変な事務所でサインさせられたりとか」
「否、何もされなかったで候。ああ、名刺を頂戴したで候。クリーニングが完了した際には、この番号で電話をかけてくると言っていたで候」
慌てて奪い取った名刺には、『EKグループオーナー 池崎芳樹』の文字と携帯番号。池崎だからEKか……センスわっる。
「ねえ、そいつと会うことになったら私に連絡して。私も一緒に行く」
名刺を突っ返し、私は強い口調で告げた。
「しかし、サク殿はお仕事が忙しいのであろう? 吾輩はフリィダムな学生の身の上、一人で大丈夫でそうろ……」
「バカ! 一人で行って、今度こそ怖いお兄さんに囲まれたらどうすんだよ!? よく知りもしない奴に簡単に気を許しやがって、それでも『うぉーりあ』の一員か!? キュンプリ二期第十四話の悲劇を思い出せ、平和ボケお間抜けクソ野郎!」
ちょっと素が出ちゃったけど、彼氏を危ない目に遭わせるわけにはいかない。
その一心で訴えた成果が実り、十哉はアニメの神之臣様そっくりの切れ長で美しい目を見開いた。
「はっ、二期十四話! 確かに吾輩が置かれている状況は、うぉーりあの一員、花菱みるか嬢が親友を人質に取られ、単独で敵地に乗り込み儚き命を散らしたあの魔回と酷似しているで候……!」
「わかったら一人で行っちゃダメだよ? みるかは守護侍の東條小春の魂と同化して奥義『サム・ラ・イルミナ』で生き返ることができたけど、トーヤにはそんな優秀な守護侍ついてないんだから」
「吾輩、うぉーりあとしてはまだまだ未熟者であるからな……我が守護侍代理、サク殿に助力いただくで候」
守護侍代理じゃなくて彼女だっつうの!
取り敢えず、一人で行くなということを理解してくれただけで良しとしよう……。
問題が解決したところで、改めてデート開始。しかしもう夜の七時過ぎだったため、一緒にご飯を食べるだけというショボい内容に変更を余儀なくされた。私は朝から仕事だし、十哉も明日は早めに大学に行かなくてはならないそうなので。
せっかくだから英司と卓がバイトしてるレストランに行こうと誘ったんだけど、
「サク殿はお倒れになったのですぞ? 無理をしてはお仕事に差し支えるで候。ご自愛くだされご自愛くだされ!」
と断られ、十哉が家にあるもので食事を作ってくれることになった。
付き合い始めて以降、二人では一度も行ってないから、今日こそはと思ってたのにな。今も四人で遊ぶことは多いけど、デートしてるところを友達に見られるのはやっぱり照れ臭いのかしら? 可愛いのう、萌えるよのう。
こんな具合でキッチンに立つというレアな神之臣様(十哉)に見惚れてる間に食事が完成。
神之臣様を前にご飯食べるなんて幸せすぎて『サク、頬にご飯ついてるよ? ペロリ』なんて妄想して最初はニヤニヤしたけど、その日のメニューはパスタだった上に、麺を啜りながらDVDで例の十四話を観てた十哉は『みるかちゃあああん!』と泣き叫ぶのに夢中で私なんて眼中になかった。
帰り道は帰り道で、いつも家まで送ってくれる十哉と今夜こそ手を繋ごうと勇気出して頑張ったのに、手と手が触れ合う数センチ! というところで奴が特大の屁をぶっ放してくれたおかげで実行に至らなかった。
ったく、何食ってどんな消化酵素が働いたらあんな激臭の屁が精製されるんだよ! 息できなくなったし目まで痛くなったし!




