彼が全く連絡をくれないので候
「古泉先輩、今日仕事終わったらご飯食べに行きません?」
事務所で入荷する商品に悩みながらパソコンとにらめっこしていたら、優愛ちゃんが隣から話しかけてきた。
「あ、ごめん。私、今夜はヨガの体験教室行くから」
「えー、今度はヨガですかぁ?」
「内側からも自分を磨きたくてさ。ユアちゃんみたいなキラキラ女子になりたいんだ」
「古泉先輩は十二分に美しいですよぅ。私なんかより百倍千倍万倍億倍も! 謙遜しすぎですっ!」
そう言って優愛ちゃんは励ましてくれたけど、謙遜などではなく紛れもない本音だ。
私がなりたいのはイケメンじゃなくて、優愛ちゃんのようにふんわりとした甘い透明感を纏う可愛くて萌える女の子。
あのイベントの日から、私はもっと可愛くなりたい、女の子らしくなりたいという願望を更に強く抱くようになった。そのために、様々なことに挑戦している。
といっても動画で新たなメイク術を取り入れたり、お試しエステを梯子したり、プロにカラー診断してもらって自分に似合う色をチェックしたり、整体やらヨガやら美容に良さげな体験スクールに行ったりと些細なことばかりだけど。
十哉には、あの日以降連絡していない。恋愛では時に引くのも大事と聞いたので、現在実践しているところだ。
毎日マメに来ていた連絡が途絶えれば、連絡不精の十哉だってハラハラヤキモキして、『側にいるのが当たり前だと思って、これまで甘えていたで候。やっとサク殿の大切さがわかったで候。愛してるで候!』となるに違いない。
……と思ってたのにさぁ、二週間まるっとスルーってどういうことぉ〜?
デスクに置いた鳴らないスマホを見て、私は溜息をついた。
「やっぱり最近、元気ありませんよ。どうしたんですか?」
私の様子を察知し、優愛ちゃんが心配そうに尋ねる。こういう風にさらっと気遣いできるところも羨ましい。
「うん……キュンプリ関連商品が軒並み在庫切れで、どうしたもんかと思ってさ」
本音は誤魔化したけれど、正直これも悩みの一つだった。
映画の情報が解禁されて以来、元々潤沢ではなかったキュンプリグッズが更に入手困難となっている。キュンプリに興味を持ってくださった方のために商品を提供したくても、それがままならないのだ。
前もって式島さんが多めに発注してくれていたものの、数量限定販売でギリギリ保っているという状態。これから続々と新商品が発売される予定だけど、このままではその前に店内在庫が尽きてしまう。
映画公開はまだまだ先だというのに、早くもキュンプリは話題となり、怒涛の勢いで人気が急上昇していた。十年以上前の作品だし、キャストも無名だし、まだトレーラーすら公開されていないにも関わらず、だ。
それが逆に期待度を煽るんだろうけど、誰もここまで急速に流行ると思ってなかったようで、需要に供給がまるで追いつかない。
こうなったら元コスプレ仲間に声をかけて、過去のキュンプリコス写真集の再販をお願いしてみようかな、と考えていたら。
「古泉さーん、お客様がいらしてまーす」
アルバイトの女の子に呼び出しマイクで呼ばれ、私は慌てて店舗に向かった。
「サクさぁん! お久しぶりでーす!」
レジ横のブースで待っていたのは、ぶんぶんと手を振る笑顔のエセ崎こと池崎。
「どーも」
冷ややかな声と目で、私は簡素な挨拶をした。相手の立場を考えたら愛想良くしとくべきなんだけど、何もかもこいつのせいなんだもん。
「PRイベント用の広告が完成したから、サクさんにもお披露目したくて。過去俺史上最高の出来だよ!」
お高そうなビジネスバッグから、池崎は分厚い封筒を取り出した。そして長く綺麗な指で、するりと一枚を抜き出す。
奇声を発してぶっ倒れなかっただけでも自分を褒めたい――だって、ポーズを決めた実写版うぉーりあファイブの背後に、白猫を抱いた理想の神之臣様が佇んでいらしたのだから!
「スチールのボツ案に、岸君を合成したんだ。本当はこの日撮影に来られなかったカタナのみの予定だったんだけど、岸君のヴィジュアルが加われば女性ファンの心も掴めるに違いないからね」
ウソ……これ、十哉なの?
きちんとメイクして衣装を身につけていたから、わからなかったんじゃない。
神之臣様特有の切れるような鋭さにほんのり甘さが加わった、ファンの間ではビタースマイルと呼ばれる微笑み……それが完璧に再現されている。
あの十哉がこんな顔できるなんて思うー!? 思わないでしょー!?
「良い表情してるでしょ? ヒジリちゃんが一生懸命演技指導してくれた成果だよ!」
クソー! これもあの女の仕業かーー!!
彼女に連絡もせず、他の女と笑顔の練習たぁいいご身分だなぁぁぁ……次会ったら必ずしばく!
「いっぱい持ってきたから、お店に置いてもらえると嬉しいな。足りなくなったら声かけて。はい、これ俺の名刺。あ、この辺に設置すると良さそう。よし、今セッティングしちゃおう。邪魔なら避けてくれていいからね」
私に物を言う隙を与えず、池崎はレジの空いた場所に持参したポップスタンドを使ってラミネート済のビラを設置した。
仕方ないから私も手伝い、キュンプリコーナーにもビラを貼る。わざわざ作った特設コーナーだが、商品が少なくて見栄えしなかったのだ。けれど、この広告があれば多少は華やぐだろう。
池崎は美的感覚に加え、商業的に『魅せる』感覚にも優れているようで、彼の指示で微調整しながら広告を足しただけで、寂れたコーナーは見違えるような素晴らしい仕上がりとなった。
作業が一段落したところで、私は思い出したように頭を下げた。
「本当にありがとうございます。恥ずかしながら商品が足りなくて悩んでいたところでしたので、助かりました。これで少しは、来店されるキュンプリファンの皆様に喜んでいただけると思います」
こちらは丁寧にお礼を述べたというのに、
「サクちゃん、やっぱり美人だね〜。せいらはヒジリちゃんよりサクちゃんがやった方が良かったかも。監督、惜しいことしたなぁ」
池崎は人の顔をまじまじと覗き込み、お世辞通り越したバカ発言を繰り出してくれた。
あんな美女と比べるな、くたばれ。お礼言って損した、滅びろ。
「あら、古泉。店舗で何してるの? 何か問題でも……」
罵詈雑言を吐き出したいのを必死に堪えるあまり、接客用スマイルを引きつらせていたら、式島さんの美しいお声が。外出先から、ちょうどご帰還なされたらしい。
「式島さん、おかえりなさい。ワンフォーの池崎さんがキュンプリのPR広告を届けてくださったので、アドバイスいただきながら設置してました」
すると式島さんは、私の隣に立つ彼を見て流麗な眉を顰めた。
「ヨシ、キ……?」
「レ、レイカ!?」
何なにナニ!? この二人、知り合いなの!?
戸惑う私を間に挟み、二人が見つめ合ったのはほんの僅かだった。
「池崎様、お忙しい中わざわざご足労くださりありがとうございます。『雅』の店長、式島と申します。今後とも当店をよろしくお願いいたします」
無言の時間を断ち切ったのは、式島さんの他人行儀な挨拶。彼女は束の間見せた素顔を、営業用のスマイルでさっと包み隠してしまった。
「あ、ハイ……よろしくです……。で、では俺、もう行きますね!」
対して池崎は激しく狼狽えながらさっとバッグを持ち、慌ただしくその場を去っていった。が、店を出るまでに三回転んだ。ついでに自動ドアに反応してもらえず、激突していた。
あの動揺っぷり……非常に怪しい。
気にはなるけれど、上司のプライベートに突っ込むわけにはいかない。
なので何事もなかったかのように振る舞う式島さんに合わせ、私も素知らぬ顔で仕事に戻った。




