表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

はじまり

『ぷ・・・ぷぅ~ん・・・ ブチッ・・・ ブチブチブチブチぃぃぃ!』

重たい二人の空気の口火を切るみたいに天使がラッパを吹くような音が鳴り響く。それを合図に次は天地を真っ二つに引き裂くような強烈な爆発音が発せられた。


いや、まじかよこいつ・・・・

ほんの少し冷えた密室。もちろんこの汚染された空気の出口などどこにもない空間で奴のケツの穴から生まれた悪魔、またの名を『おなら』。

その卑劣な悪魔はまるでここにある全てを飲み込むかのように体を大きく膨らませていく。


・・・・・・・くっっさっ‼

いやいや、なんでなん⁉ どうして今なん⁉ そしてなんで満面の笑みなんぅ⁉

奴の顔に張り付いたまるで子供が太陽に描くようなシンプルな笑顔、目と口が同じように180度の曲線を描く屈託のない笑顔・・・ いや、屈託の一つや二つぐらい持ってくれよ。

ついテンションが上がりすぎて関西人でもないのに関西弁を使ってしまう。関西の皆さんごめんなさい。いや、まあでもイントネーションがどうとかってのは正直うるせえよって・・・

いやいやそんなこと今はどうでもいい。そんなことより現状だ。現状は理解不能を極めて停止したまま二人の間で図々しくも肩ひじをつきながら横になっている。

ど、どうしてくれんだこれ・・・

俺はなぜだか匂いが目の中に入りこんだからのか、頭がパンクしたからなのか涙が不思議とつーっと頬を流れていた。

俺が目から産み落とすこれは果たして悪魔なのだろうかそれともはたまた天使なのか?

奴はそんなこともお構いなしに表情を少しも動かさず180度の口だけを崩し言う。


「あれやろっか、あの、おならバトルってやつ」

小学生が考えそうなひたすらに陳腐なゲーム名が奴の口から発せられた。


痛い。いてぇ・・・

はぁっ・・・・ うぅ・・・・・ あぁ・・・・・・ くっ・・・ くぁ・・・

声が口から上手く出ていかない。しかしこんな情けない喘ぎ声でも出さなくちゃ痛みは身体から出てかない気がした。腰のあたりから途方もない痛みが湧き出て止まりそうにもない。全五感がすべて痛みに侵食されて意識が朦朧としてきた。苦し紛れに見上げているといつもより空が高く遠く手の届きそうもない場所にあった。必死に手を伸ばしてみるも虚しく虚空をさまようばかりで何も解決に繋がらない。


ああ、今日も何気ない日々が続いていくんだと思っていた。いつものように登校をして。いつものあいつらと今日放送する深夜アニメ「マジカルプリティここみちゃん」の戦い方が楽しみだとか死んだまいちゃんは生き返るのだろうかとかそんな会話をして、休み時間が終わって、席に着いて、ハゲ散らかした担任の顔拝んで、授業が始まって、そして・・・

「あの! 大丈夫ですか‼ ・・・ってあれ⁉ ら、らいだ君⁉」


う、嘘だろ・・・ お願いだから嘘ってことにしてくれよ、神様ぁ・・・

今にも泣きだしそうになる。激痛と、恥ずかしさで。

大変マズかった。一番見られたくない人に人生最大の痴態を見られてしまった。

身体中を灰にしてしまうように燃え上がる痛みと恥と後悔とで気が狂いそうになる。

もういやぁ・・・ いっそこのままコロしてくれぇ・・・

そんなことを心中で嘆いていると突如目の前がブラックアウトして視界は深い深い闇に呑まれていった。


あ、

まじで?

ほんとに死ぬんだ


おい待て、よく考えたら死ぬのもそれはそれで糞恥ずかしいじゃ・・・



~数分前~

朝の8時ちょうど。7月の朝の空は凛として清々しい。玄関で靴を履き替えてなるべく静かに家を出る。が、今日はいつもと少し違った。寝室からショッキングピンクのパジャマを着た母親が顔を出す。というか我が母ながらよくそんな寝間着で寝れるよなぁ。

「ふぁ、おはよ~。あれ? らいちゃんもう学校行っちゃうの?」

そう言って寝ぼけ頭を掻きながら俺が用意した朝食へと一直線に向かっていく。

「もうって言っても朝の八時だぞ。ああ、そういえば今日降水確率60パーだからもし雨降ってきたら洗濯物取り込んどいて」

「ふぁいよ~」

久々に朝の母さんを見る。テンション馬鹿も朝はふわふわしていてやたらと聞き分けがいい。いつもこんな感じならいいのに・・・

「よしっ、それじゃあいってきま」

「ああぁーーーー‼」

前言撤回。ふわふわしすぎだ馬鹿野郎。寝ぼけたマッマが用意してあった牛乳を盛大にカーペットにこぼしてしまっていた。あーあ。俺は急いで台所からタオルを持ってきて拭きに向かう。

「えへへぇ、すまんね~」

母さんは赤子のような憎めない笑顔を浮かべて笑っている。こいつってやつは・・・ つくづく・・・ はぁ、まあいっか。今日は諦めることにしよう。

「ん? あれ? なんか楽しそうだねぇ」

油断していた。俺は久々の朝のごたごたに対して無意識に顔が少しにやついていたらしい。馬鹿は俺もか。

「いや、母親がこぼした牛乳を這いつくばりながら拭きふきするのが楽しいわけないだろ」

「ありゃ、そういった趣味じゃなかったっけ?」

「はぁ⁉ だ、誰か助けてー! 自分の息子を特殊性癖の変態にしてくる母親がいるんですけどー!」

「タスケテー! 息子が自分のドMを私のせいにしてくるんですけどー!」

こいつ・・・ 俺が休日に少し過保護にし過ぎていたからって調子に乗りやがって。さっきまでは楽しんでいたそれも次は本当に怒りを覚えてくる・・・

「く、く、くっ・・・ そんな減らず口をいう子にはもう卵焼き作ってあげません!」

「えー‼ そんな~、らいちゃんのあま~くってとろとろぉ~んぬの卵焼きがなきゃお母さん生きていけない~ 死んじゃ~う。このー! ひとでなしー! 腐れ外道ー! くそドM~‼」

こ、このアマ・・・ 平然と罪を重ねやがった。絶対明日の卵焼きはしょっぱしょっぱにしてやんよ・・・関西人も喉仏枯らすぐらいの塩分をお見舞いしてやんよ・・・

そんなしょうもない会話を続けながらもこぼれた牛乳の大体を拭き終わり後の作業は母親に任せて急いで家を出た。「いってらっしゃーい」そう後ろから聞こえる。計画は総崩れしてしまったが不思議といつもより気持ちがいい朝だった。自転車に乗り約15分のいつものコースを走らせる。もし計画通りに進んだいつもの朝ならあの交差点あたりから眠気も気怠さも吹き飛ばしてしまうような聖なる大天使の後ろ姿が見えてくるはずだった。

その天使の名は高橋茜。俺の同級生で同じクラスの少し伸びたショートヘアがやけに似合っている美少女。どんな人間にも等しい優しさで接し、天使のような笑顔を絶やさず常に誰かの心配をしているようなこの高校のマザーテレサ。高一の頃に初めて廊下で出逢ってからというもの気が付くといつも目で追いかけてしまう。容姿端麗で多少抜けてて天然なところもあるがそこも隙を感じさせて魅力にしてしまうような素敵な女性。そして佐藤礼(らい)()の好きな人である。

佐藤礼(らい)()。17歳。どこにでもいるような普通の高校2年生。うーん、なんか自分で自分のことを普通っていうのはなんかイカれたヤバイ奴みたいだから正直に言わせてもらうと割かし地味で平凡以下の学園生活を送る高校生だ。クラスカーストは下から大体二層目ぐらい。いつも俺を含んだ同じ三人組でつるみ、青春の半分以上を現在進行形で深夜アニメと家事に費やしている。

今は母子家庭で父親はいない。父親は警察官だったらしいが俺が物心つく前に小さい女の子を助けようとして車にひかれてあの世を去った。まさに【正義】を象徴するかのような人だったと母さんは毎回嬉しそうに目の奥を輝かせながら父さんのことを話す。

二人の恋は深夜の街中当時バリバリの不良少女だった母さんを警察官だった父親が補導したところから始まり、身寄りのない母を家でかくまい当時の傷や不安、性格、服の趣味まで変えてしまったのだという。そのわりには今も結構派手目の服を選んで着ている気がするけど・・・ 前はこれよりもっとひどかったのかよ。それとも逆に淑女のような服装で暴走バイクなんかを乗りこなし街中を闊歩していたとか。いや、なにその超ロックな女子高生。

そんな母親も今や昼間にスーパーのパートをして、夜にはスナックでしょうもないオヤジたちの相手をして家計を支えてくれている。女手一つで俺をここまで育ててくれたことは本当に感謝してもしきれないことだ。

ちなみにこの『らいだ』なんていう変な名前も父親が仮面ライダーみたいな男になってほしいという理由でつけたと聞いたが、正直勘弁してほしい。この名前のせいで本来ウキウキであるはずの入学式の前の日は憂鬱で寝れないし、初対面の人には大体馬鹿にされるし、その上誰も得をしないようなムチャぶりをされる。

でもそんな父親を憎んだりすることはできなかった。なぜなら今も昔の思い出で母を優しい顔にしてくれるような人だったからだ。俺はそういった母の優しい顔を見ているときっとまだ二人の恋は終わってなどいないのだという風に思えてくる。そんな二人を見ていると俺も愛やら恋やらを信じてみたくなったりもする。

でも少し、ほんの少し思うところもあるんだ。見知らぬ一人の人の命と父親の命が本当に等しいものだったのかって。母さんと俺を置いて、俺たちの幸せを無くしてまで助ける必要があったのかって。俺はまだ付けてもらった名前のようなヒーローになんてなれないよ。クズ人間そのものでむしろ敵キャラ、寂しがり屋の化け物なんだ。


なんてことを考えていたら学校までの最後の交差点の信号に捕まってしまう。遅刻が視野に入ってきて少し焦っていると俺と同様に遅刻に焦る人の気配が後ろからした。後ろをちらりと覗いてみるとそこにはまさかのあの大天使がいて、自転車に乗りながら寝癖を気にして肩くらいまでしかない短い髪をいじっていた。

あれ?いつも決まった時間に登校しているのに、今日は何かあったのか?

本来ならクラスメイトなんだし話しかけたらいいんだろうけど、僕らはまだそこまでの仲ではなかった。たまに目が合ったりはするけど、ただの知り合い、いやもしかしたらそれ以下かも。それでも俺はこの子が好きだった。明確な理由なんてないんだけれど。女子との会話に慣れていない自分にも優しく話しかけてくれたり、俺の名前も馬鹿にしないでかっこいいって言ってくれたり、こんなやつにも笑顔を向けてくれたり救いの手を差し出してくれたりみたいな数えきれないほどの小さな理由ならあるけど、俺が茜さんだけを好きになる、二人を結びつける絶対的な何かは無かった。だから俺は毎朝彼女が登校する時間を狙って登校し後ろから程よく引き締まった健康的な太ももを拝んで・・・ っていやいや、そんなキモいことは圧倒的紳士な俺がするわけがない! し、失礼しちゃうよ!

た、たたた、単に会話が出来たらいいなって思ってるだけだし! 淡い男子高校生の恥ずかしい青春の一ページなんだから! 全然キモくなんてないんだからね! か、勘違いしないでよねっ‼


・・・・・って、うん。まあ、どんな言い訳しても普通に、十二分に、気持ち悪いよね。


そんな救いようもないキモ男の戯言を頭の中でつらつらと述べていたら天罰が下ったのか、腹の奥から最悪の感覚がしてきたことに気がついた。

うそぉん・・・・ まじかよ・・・

その感覚は毎朝犯している罪への断罪に向かって次第に速度を上げ、いつのまにか今にも産声を上げようと腸内全体を埋め尽くしていた。この生命の神秘を感じさせるヤバイ奴。君の名は

『おなら』


英語で言うところのgas、スペイン語ではpedo。ほら見てみろ、外国語にしたとてこれっぽっちもかっこよくならない、害悪、汚染物質、人類の敵。

そうそう、まだ説明はしてなかったけれど地味な俺にもたった一つの特徴があったんだった。そう、それはおならが出やすい体質だ。

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ

非常にヤバイ。もしここで屁なんか出してしまったら控えめなストーカー気質の高校生が害悪変態変質者になってしまう‼ そうとは分かっていてもタイムリミットは刻一刻と迫るばかりだ。だがぁ! 諦めるにはまだ早い! まだ一つだけ俺には秘策があるぅ!

『諦めたらそこで試合終了ですよ』雲一つない青空に投影された安西先生だってそう言ってくれてる。少々使うのはためらわれるが、悠長にそんなこと言ってられる場合じゃない。

ええぃ! ままよ! やってやる~‼

秘儀!【すかしっぺ‼】発動ぅ!

腰をサドルから少し浮かせ、ケツの穴をうすーくうすーく縮ませていく。これは長年、屁との死闘を続けてきた者にしか取得出来ない匠の技だ。そして俺は至極慎重に悪魔との示談を始める。まるで新喜劇の乳首ドリルかのように少しづつ出して押し返してまた出しての押し問答を続けて絶好のチャンスを伺う。すると今頃になってようやく信号機が青になるのが見えた。

分かってる。分かってるとも。ここで焦ってはいけない。ここで追い抜かれて顔を見られてもいけない。だからって勢いよく漕いで色んな意味で発しゃしてもいけない。ゆっくりゆっくりと慎重に。針を糸に通すような作業だ。失敗は許されな・・・

いいぃ‼

スルッ  しまった! 踏み外してしまった! そう思った時にはもう遅い。ペダルから右足が落ちていく。

ヤッッバァァアア‼

そして次の瞬間、緊迫状態にあったお尻が思いっきりサドルにぶち当たった。

『あぁ~ん!』心中で乙女ボイスが出てしまったところで、現実の方では人生史上最強最悪の身体のデスボイスが鳴り響く。

『ぷぅ~~ーーーーーん』

人生終了の音。青春のビター&ビターなサウンド。

終わった・・・



もう終わったんだ・・・・



時が止まったようにも感じた。本当に俺がDIO様みたいにザ・ワールドれたら三秒間で教室まで全速力で行こう。そして何食わぬ顔でラノベなんか読んだりして・・・

まあできないんですけどね。もうどうしようもできないんですけどね。

あぁ、このままおならしたやつが俺ってばれて翌日からおなライダーとかくっさイダーとかってクラスの皆に裏で呼ばれて、変態屁こきストーカーなどといった業を背負い、友達も俺に関わんなくなったりするのだろうか。クラスでぼっちになって、茜さんからも避けられて・・・・

でもあの茜さんなら許してくれるかもしれない。また笑ってくれるかもしれない・・・




いやっ‼ まだだ! まだ終わらんよぉぉぉ!

左足でペダルを思い切り漕ぎ回し、回り切ったペダルが右足のすねにガンっ!と当たる。うぎぃ! 思わず悶えてしまいそうになる痛みを必死に噛み殺し、根性で思いっきりスタートダッシュを切る。全速力で、この場からいなくなろう。

学校にこのまままっすぐ行ってもいいけれどそれでは校門に入る際の左折で顔を見られてしまう恐れがある。高校の一歩手前の路地に入って裏門から行くことにしよう。彼女がどんな顔をしているのかとても怖くて気になったけど絶対に後ろを振り向いていけなかった。とにもかくにもひたすらに急いで走らせるしかない。肺をカラカラ鳴らしながら車一台分程度の幅の路地を左折する。あ、馬鹿だ。結局左折するやん。そんなことも気がつかないほど冷静さを失っていた。完全にパニックになっていた。

だからあんなに大きく危険喚起していた看板にも気づかなかったんだ。頭はおならに関することで埋め尽くされてまさに『屁ヴン』状態。って誰がこんな時にうまいことを言えと。

まだ少し怖くて不安だったが、全力で漕ぎながら後ろを振り返ってみた。

その時だった。あんなに車輪のタイヤを押し返してくれた地面の感覚が突如無くなる。

・・・・・ん?

次の瞬間、アニメみたいに一瞬だけ宙に浮いていた自転車はついに重力に負けて俺の手を引き寄せて奈落へと落ちていった。穴だった。ちょうど自転車一台分ぐらいの大きさの。道路工事で掘られた穴のようだった。いつもはこの道通らないから工事してるだなんて知らなかった。

「あ、アァーーーーーー‼」

まるで、ほmに掘られたかのような悲鳴をあげて落ちていく。もしこれが最期の言葉だったら最悪だ。あぁ、最悪だ。

ガシャガシャガッシャーーン‼ とあまりにも大きい音を出して俺は落ちた。

誰かの仕掛けた二つの罠にまんまと引っ掛かり、惨めな俺は捕食される。

俺でとった出汁は旨かったろうか? さぞかしうまかろう。でも、皆揃って表面上では苦い顔をして飲み込むんだ。「かわいそうな人だったね」と。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ